三十七 シュバルツコフの冒険
カーンは小さな足音に目を覚ました。
小さな足音の持ち主は、カーンの上に何かを置くと、小さな体のくせに立てかけてある大きな脚立を動かそうとしているのだ。
彼の腹の上には見覚えのある彼の領地にしかいない大フクロウが乗せ上げられ、カーンはガタゴトする音にあれが自分に倒れたら死ぬなと覚悟を決めた。
バセラ侯爵、着ぐるみの中で死ぬ。
ハハハ、最高じゃないか、と。
「あら、動かない。人を呼んできた方が早いですわね。はあ、でも勝手な自由行動を制限されるのも面倒だわ。あ、でも、ここの領主様に頼んだら私の自由行動こそ認めてくださるかもしれないわね。」
「どうしてそう思うんだい?」
彼こそ行方不明な自由行動を知られたくない領主様であり、小さな子供の余計な行動を抑制するべき声をかけていた。
当たり前だがぬいぐるみからの声に小さな子供はあからさまにびくっとし、けれど、叫び声をあげて逃げるどころかカーンに駆け寄ってきた。
「まあ、あなた怪我をなさっているの?起き上がれないのでしたら人を呼んできます。最後にお水を飲まれたのはいつですの?」
彼を心配そうにのぞき込む少女は、水色の綺麗な瞳がとっても印象的な妖精のような美しい子供だった。
「いえ、昼寝をしていただけです。」
「まあ。でも、その昼寝をされるのはどのぐらい前でした?ぬいぐるみの中で昼寝だなんて、脱水症状になったらどうなさるおつもり?」
妖精のような少女は自分の母親よりも母親臭かった。
「一時間、くらいかな。うん、そのくらいなら大丈夫。それよりも君は脚立を動かそうとしているけれど、何がしたいのかな。」
「あなたのお腹に乗せてしまったその子を巣に帰したいの。寝ぼけて木から落ちちゃったみたいね。まだ飛べる羽も生えそろっていないから、一人で飛んで帰れない。」
「――この子が住む森は君達林間学校の子達が入ってはいけない場所だったのでは無いかな?」
「あら、まあそうね。でも大丈夫。その格好って事はあなたは軍部の方でしょう。それならばご存じよね。私はミモザと申します。伯父のイアン教官とムスファーザ少佐に私は森歩きの指南は受けておりますの。ですから、私は一人で二日ぐらいは森に住めるのよ。」
カーンは妖精だと思っていた少女が悪鬼の子供だったと脅え、凄いねと言って彼女の頭を撫でた。
子供らしくさらっとした彼女の黒い髪の毛は、先の方だけクルンと巻いている可愛いものだった。
そして彼女の頭をなでながら、森の奥から戻って来たにしては汗をかいてはいないと奇妙に感じた。
それどころか、重たい脚立を担いで一人で森の中に入るつもりなのかと、カーンの頭には疑問ばかりが湧いていた。
「あの、お疲れの所申し訳ないのですけど、脚立を運んで下さる?」
「森まで?」
「あら、いいえ。電動カーがあるでしょう。この倉庫の前に止めてあるの。そこまでお願いできるかしら。あとは私が全部やりますから。」
「電動カー?」
カーンは敷地内にある車両に電動カーは確かにあるが、子供達の敷地に乗り上げているものはいないはずだと眉根を潜めた。
「ええ。早くしないと。盗んだのがバレたら事でしょう。」
「盗んだのか。そっかあ。」
彼は脚立を担いでミモザの言う通りに倉庫前にある電動カーに脚立を乗せ、しかし、彼女には言われていない電動カーの同乗は自分の判断で行った。
運転席の状況を見れば何が起きているのか一目瞭然だ。
車の配線を弄ってキーの無効化をした人物が、大フクロウのヒナを抱き抱えながら荷物倉庫から可愛らしく出てきた少女なのである。
その少女は自分の車に勝手に乗り込んだカーンに対して、ひょいっと片眉をあげてみせた。
「あら、勝手な行動は軍規を乱すと処罰されるのでは無くて?」
「君こそ。」
「うーん、そうね。そうだ。あなたはここの領主様とお話しできるかしら。」
「たぶんね。」
「良かった。彼のベッドに入る順番決めの紙を持っているの。凄いわよね、公平さを出すためにくじを引いて順番を決めて。この紙があれば私とあなたの自由行動なんか領主様が簡単に許して下さると思いません?」
「ああ、絶対に許してくれるね。」




