三十二 気持ちはわかるわ
当たり前だがデトゥーラが行きたいのはトイレではなく、ブランズウィックやヒューがいない場所での内緒話が出来る場所であるので、私達は自分達が与えられている客室の一つ、デトゥーラの部屋に入って彼女のベッドに腰かけた。
レイン達が逮捕された後でも私達は最初に案内されたあの家々に戻ることなく、ヒューの家に留め置かれているのだ。
私はイリアがいるから良しとしても、デトゥーラからは侍女という存在が消えたのだし、私とイリアとデトゥーラが常に一緒に行動するのはデトゥーラの今後の評判には大事であるし、彼女自身常にブランズウィックに会える場所というこの家から立ち去りがたいのだから仕方がない。
そして、私の部屋は未だに蜘蛛がコンニチワした部屋のままである。
蜘蛛が毒蜘蛛のコバルトブルーではなくソーラレイだった事から私は別に平気であるが、私に部屋移動を望んだ癖にヒューがこの部屋がもう使えないと嘆くので、事故物件にならないように私が使い続けることにしたのだ。
だっていい部屋なのに勿体無いじゃない。
デトゥーラが与えられた部屋を見回して、尚更に私の判断には称賛だ。
私が与えられた部屋はデトゥーラの部屋よりも広く、女性向に装飾もされていた上等な部屋だった。
あんな素敵な部屋を開かずの間にしてなるべきか。
「ねえ、わたくしを侍女にして下さらない?」
あ、私は友人を放ってしまっていた。
「え、どういうことなの?」
「だって、王子には会いたくない。」
「あの、まだ……好きなの?」
そうだ。
デトゥーラとあの第三王子は婚約者だったのだと、私はデトゥーラの気持ちは複雑だろうと思いやった。
「好きだった事は無いわ。」
「あ、そうなの?」
「ええ。アカシアから私への嫌がらせが彼主導と聞いて納得したくらい。しつこいくらいに自分に頼ってくれって言っては私を彼の寮部屋に連れ込もうとしていたのだもの。」
「あら、聞きしに勝るヒヒ王子だったのね。それなら普通にブランズウィックとイチャイチャしていればいいと思うの。あなたなんて目に入らないって。それでもあなたに執着して来たら、うーん、一応王子様よね。そっか、面倒が嫌ってだけなのね。」
「ええ。この先ブランズウィックは社交界にも出入りする事にもなるでしょう。この先に無意味な禍根は残しておきたくないわ。彼はまっすぐな人だもの。」
「うーん。彼はまっすぐだけど、デトゥーラ限定というか、まっしぐらにデトゥーラが好きなだけで、軍部の暗部とか政治的なことは意外と平気なんじゃない?」
「そうかしら。」
「そうだと思う。イリアがあんなにもお気に入りの人だもの、絶対よ。」
「それなら。」
「心配なら、ブランズウィックと結婚しちゃえば?完全に彼のものになったら外野がぐちゃぐちゃ言えないでしょう。」
デトゥーラは両手で自分の口元を押さえ、目玉が飛び出るほどに驚愕した顔で私をまじまじと見つめてきた。
「ええと。そういうのは嫌かな。ええと、あなたがドレスを着て披露宴ってのは後日に改めて、うん、友人として手配してもよくってよ。」
私の両腕はがしっと万力のような力でデトゥーラに捕まれた。
「ああ、あなたは最高よ。ええ、ええ。私はいつだってブランのものになりたいし、彼と結婚という最高なハッピーエンドが欲しいと思っていたの。」
「では、善は急げね。」




