二十九 天然という残酷さ
私は考え無しだ。
殺されただろう侍女への正義感だけで叫んでしまったが、その結果を私は考えていたのだろうか。
せっかく幸せになれたはずのデトゥーラなのに、侍女の死に対して優しい彼女が自分の責任だと落ち込まないはずが無いのだ。
落ち込むだけじゃなく幸せになってはいけないと、デトゥーラが思い詰めたらどうするつもりだと、私は自分を責めた。
私はデトゥーラを守ると誓ったはずではないのか。
「はぁ、ははははは。」
私と同じ思考を辿った女、侍女の死の真相がデトゥーラの未来を潰せると踏んだアカシアが、イリアの腕の中でけたたましく笑い出した。
「あんたの侍女は宇宙の藻屑よ。殴りつけて気絶した所を、ダクトに捨ててやったのさ。はは、今頃船のゴミと一緒に宇宙空間に漂っている事だろうさ。」
アカシアの言葉にデトゥーラの肩がびくっと震えた。
ブランズウィックは自分の腕の中のデトゥーラを抱きしめ直した。
自分の体の中に彼女をすっぽりと隠して、彼女を全ての最悪から遮ってしまいたいという風に。
しかし、デトゥーラはブランズウィックの胸元から顔を上げた。
上げただけでなく、ようやくそこにアカシアがいると気が付いたような表情でアカシアを見つめ、そして、あら、と、小石を踏んづけた貴婦人ように呟いた。
「まあ、アカシアさん。まあ、まあ、あなたがジョジーアナの真似を今までなさっていたって事なの。まあ、やっぱりあなたは素晴らしい女優だったのね。わたくしは今まで全く気が付きませんでしたことよ。」
彼女は衝撃によって完全に常軌を逸してしまったのか?
「で、デトゥーラ。ええと。そうね、すごい女優だと思うわ。ええ、そうね。あなたは疲れていると思うから、ええと、寝室で横になりましょうか。」
私は支離滅裂な物言いしか出来なかったが、ブランズウィックは私のデトゥーラへの心配を察知してくれたようで、きらりと青い瞳を輝かせるや私に軽く頷いて見せた。
私はデトゥーラをブランズウィックから受け取とろうと彼等の所に近づいた。
が、デトゥーラがブランズウィックの腕から飛び出て立ち上がる方が早かった。
アカシアに彼女が襲いかかる?と私達は身構え、しかし当のデトゥーラは、ありがとう!とアカシアに叫んだのである。
え?侍女を殺されていて、お礼?
「まあ。捨てて下さったの?宇宙空間に?ああ!ありがとう。あれは処分に困っていた自動機械人形でしたの。ほら、わたくしの家は貧乏でしょう。召使なんて一人も雇えないのに、貴族の娘である以上侍女無しで外を出歩けませんの。私が幼い頃は母が侍女の振りをして私を学校に送って下さったものよ。母が体を壊して、私も学院に行く事になった時に困りましてね。ほら、侍女がいなければ妹達は公園に遊びに行くどころか学校への登校も出来ませんでしょう。ですから、不法投棄されていたジョジーアナを修理して侍女に仕立てておりましたのよ。でも、元々壊れていたものでしょう。最近はおかしな動きばかりで困っておりましたのよ。でも、捨てたくとも、不法投棄は見つかったらかなりのペナルティでしょう。そこで、この星に私の侍女として連れてまいりましたの。この星は色々と未開の部分がありますでしょう。それを、ああ、あなたが処分していてくださっていたなんて、本当にありがたい事ですわ。ありがとう。アカシア。」
口元に手を当ててコロコロ笑いながら、くどくどと内情と礼をアカシアに述べるデトゥーラは、私の母が時々見せる底意地の悪さを思い出させてくれた。
母は毎回自分がやった陰険な行為に対して悪気が無かったと口にするが、それは本当に彼女には悪気はなかったのかもしれない。
こうやって悪気なく自分の宿敵を踏みつぶしているデトゥーラの姿を見ると。
「おい、お前!俺の星にアンドロイドを捨てるつもりだったのか!それも、ジョジーアナって、人前で口に出したらいけない人形の名前じゃないか!」
あ、デトゥーラの攻撃の余波はヒューにこそ、だったらしい。
いや、ブランズウィックもだ。
ブランズウィックは変な声を上げるや、苦しそうに咽せ始めたのだ。
デトゥーラは不思議そうな顔でブランズウィックを見下ろした後に、今度はヒューを見返した。
「ジョジーアナって言ってはいけない名前でしたの?ハルベルト様はジョジーアナの事をよくご存じでしたのね。もしかして、あなたがお捨てになったの?我が家の家の裏に毛布で巻かれた姿で放置されていましたのよ。」
「捨てるか!あれは性しょ。」
イリアがヒューの返答に対してすかさず低い咳払いをした。
ヒューはぴたりと口を閉じると、人形になったような動きをしながら私に振り向いて来た。
私は取りあえず右手の親指を立てていた。
深窓の令嬢でない私は、なんとなくジョジーアナが何専用のアンドロイドなのか理解したので、ヒューが捨ててないのはわかっているぞ、という意思表示だ。
彼は耳まで真っ赤にさせて私に吠えた。
「だから、俺のじゃないって。そんなもん使わずとも一人で出来る!」
「そうですわよね。男の人は一人で何でも出来て羨ましいですわ。」
ブランズウィックは激しく咳き込み、深窓の令嬢は恋人の体の具合が悪くなったと思い込んでブランズウィックにかがみこんだ。
「まあ、まあ、大丈夫ですの?」
取りあえずデトゥーラは傷ついていないとほっとはしたが、イリアの腕の中の哀れな女は完全に傷ついて崩壊してしまったようだ。
「うわあああああ、畜生!あたしがした事は何だったんだよ!」
「良い事ですわ。私はあなたのお陰で今とても幸せですもの。ですからあなたが落ち込むことはなくってよ。」
私はツツツと動いてヒューの横に立つと、彼にこそりと囁いた。
「デトゥーラは完全復活すると怖いのね。」
「もっと上手に相手をコテンパンにする、君の言った通りだね。そして君は、意外と世慣れしているんだね。」
私を責めているどころか、揶揄うような彼の口調だ。
私はつんと鼻を上げて彼に言い返した。
「中身は三十五歳ですもの。」
ヒューは少し屈むと、自分の肩で私の肩をトンっと突いた。
まるで男友達にするように。
「嘘つき、出会った時の君の中身は四十代だった。もう五十代だね。」
「ふふ。ヒューったら。」
気軽な彼が本当に嬉しいと彼を見返したら、なんと、彼が浮かべている表情は不機嫌この上ない。
あら、ほんの数秒で一体どんな気持ちの変化が起きたのだろうか?




