二十八 猫はそっと忍び寄る
俺はしゃがみ込んでいるミモザに対し、初めて見せた彼女の弱気な姿に心が痛み、そっと彼女から目線を外すしかなかった。
そして、幸せが一瞬だっただろう哀れな恋人同士を再び眺めるや、デトゥーラなどブランズウィックの腕の中にすっぽりと納まって、うわ、何たることか、ブランズウィックはデトゥーラと心中になっても構わない顔をしているとは。
俺達はここでお終いだという事か。
俺は再びミモザを見返した。
怖い思いをさせてすまないね、という気持ちで。
しかし、ミモザは、なんとミモザは、自分にぶち当たった虫の死骸袋を覗いてしくしくと泣き出しているのである。
「ああ、私、環境保安課になんて働けないわ。」
「大丈夫だよ!君は大学に行く。そして、環境局に入局できる!俺が保証する!こんな所で死なせやしない。絶対に君は大丈夫だ!」
うわ、ミモザは俺の励ましに信じているわと瞳を向けるどころか、なんと両手に毒蜘蛛を掴んで俺に向けて翳したのだ。
「そんなの当り前でしょう。それよりも、見てよこれ!この子たちはコバルトブルータイガーじゃ無かった。無毒の絶滅危惧種のソーラレイだった。青い模様が放射線状だもの。タイガーじゃない!うわああああ。私が見間違えたばっかりに、絶滅危惧種をこんなにも殺してしまったあああああ!」
俺はミモザに笑い声を立てながら、無防備に俺の隣に立っているレインの足を払ってバランスを崩させ、無防備になった首を左腕で絞めて気絶させた。
空の右腕は何をしたか。
もちろん早撃ちだ。
西部劇が大好きな俺が早撃ちを練習しないはずは無い。
俺の銃から出た弾丸は戸口の敵の銃を……弾き飛ばせなかった。
ひょいっと銃を持つ手が後ろに下がり、その後は可愛らしいの一言で済ませておきたい怖い男がぱちぱちと手を叩きながら姿を見せたのである。
「すごーい。プリンちゃんはなかなか動けるようになったんだねぇ。」
能天気に俺を褒めたたえてきたムスファーザは、俺の部屋の箪笥の引き出しに入っていただろう新品のルームウェアを着ていた。
俺よりも小柄な彼だからこそ上半身が大きすぎるのは当たり前だが、ズボンの丈がぴったりという所がかなり気に障った。
「あなたは何をしているのですか?」
「普通に仕事よ。公爵襲撃の麻薬組織の壊滅。とりあえず、麻薬基地の一つであるあなたの星のクリーンアップ作戦ね。ミモザの婚約の付き添いって言えば、私達がこの星に来ていても誰も不思議に思わない。」
死んだふりをしていた大女がすくっと立ち上がり、事態の急変に目を丸くしているだけの元女優を後ろ手に縛った。
「縄で縛るって前時代的だけど、あなたは体が半分以上機械だから電子錠は使えないのよね。」
「え?」
「可哀想な子なのよ、この子も。利用されて利用されて、薬でボロボロになった肉体や脳に機械を補充して生き永らえているのよ。彼女がアカシア・ディルベータであるためには、一番良かった時代、デトゥーラを虐めていた時代に生きるしかないの。可哀想よね。」
「全然。」
イアンの言葉を否定する人でなしの台詞を言い切ったのは、イアンこそ可愛がっているミモザだった。
彼女は死んでしまった虫への後悔の涙をぐいっと腕で拭い、それから鼻水を大きく啜ると、アカシアをきつく睨みつけた。
「可哀想って言ったら、彼女のせいで死んでしまった人がもっと可哀想じゃないの!みんな忘れているけど、アカシアがデトゥーラの侍女に成りすましていたってことは、罪のない侍女が一人殺されているんじゃないの?」
俺も含めて全員が、あ、と頭を抱えるしかない。
デトゥーラが侍女を大事にしていたのは、侍女が伯爵家に長く奉公していた恩義のある相手だったからではないのか。




