二十七 敗北
親友の恋愛成就には感動どころではない。
従弟ともなるアールベインは中身がヒヒかと思う程の発情男であり、そんな男の妻にならなくて良かったねと、俺はデトゥーラにお祝いの言葉こそ捧げたい。
そして、ブランズウィックが俺の星に送られてすぐ後に、デトゥーラが婚約者として母に手配された事実から、彼等の再会が我が両親によってお膳立てされていたのだろうとウンザリと考えた。
首都星での出来事を全く知らない俺だからこそと、彼等は考えたのかもしれないが、俺はとんだ猿回しの猿である。
「さて、皆さん。いや、招かれざる方々。いい加減に帰ってくれませんかね。」
「いやよ。ここは私達の家だもの。帰る必要など無いわ。」
俺はレインに大きく溜息を吐いた。
「君との結婚どころか、君に恋をする事は無いね。」
「本当に馬鹿な男よね。私があげた最後のチャンスを台無しにするなんて。」
レインは偉そうな素振りで俺の脇に立つと、そっと右手を上にあげた。
すると今まで舞踏室の大扉前にいた筈のミモザがとことこと室内に入ってきたが、彼女の後ろとなる戸口の暗がりには銃を構えた男の影が見えた。
「私の旦那さぁ、麻薬密売で捕まっちゃって、それで離婚よ。ぜーんぶあなたのせいだと思わない?ハルベルト。」
「あれは、その旦那の置き土産か?」
「もっといるわよ。私は今朝この宙港についてから部下を全員呼び寄せたのだから。この家は良いわよね。雇ったばかりの傭兵が、防犯センサーを無効化しておいてもくれたのだもの。ふふ、気が付かなかった?」
俺とブランズウィックは目線を交わし、そして、今まで静かだったイアンがミモザが人質になっていても動いていないという事実に気が付いて、俺達はゆっくりとソファに座ったままのイアンを見返した。
彼は寝ているのか?
「イアン?」
「ふふ。死んだわよ。一瞬で。コバルトブルータイガーは本当に良い子。あなたが殺したのよ。ハル。あなたが死骸をこの部屋に持ってきたばっかりに、きっと仮死状態の一匹があなた方全員を殺してしまったのね。ああ、悲劇ね。ああ、私も悲劇。再会した私達はすぐに結婚したのに、その日のうちにあなたは死んじゃうのね。」
「うふふっふ。デトゥーラが自殺じゃなくても、こんな虫のせいで死んだんだったら、私がアールベインに疑われる事は無い。さすがですわ、レイン社長。」
俺はこの状況の打破を考えるよりも、この二人の関係が事務所社長と所属タレントなのかと納得していた。
「ああ、そうか。芸能事務所だったら、興行だって星々を廻れるね。麻薬のルートを開拓できるね。もしかして、麻薬組織は富豪の旦那のものじゃなくて、君が構築したものなのかな。」
レインは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、そうよ。私は生きるために必死なの。あなたと違ってね、たっかい奨学金を返さなきゃいけなかった。給料をもらうために私よりも頭の悪い上司に頭を下げたりしなきゃいけなかった。富豪たって、普通よりも金があるってだけだった癖に、俺と結婚したきゃ奨学金という借金を返してからだって捨てられたのよ。だから、稼いでやった。借金も返して、あいつよりも金持ちになってやった。そしてあいつから結婚したいって言って来たから結婚してやって、あいつに罪を着せて離婚したの。獄中で死んだそうよ。いい気味。全部あなたのせいよ。どうして自分が星だって所有できる公爵家の息子だって教えてくれなかったのよ!そうしたら、こんな生き方をする必要は無かったもの!」
「そうだね。でもさ、俺は言った事があるけどね。というか、自己紹介をしたでしょう。僕はハルベルト・アルティミシアプリンセプス君ですってね。アルティミシアプリンセプスって姓は公爵家しか名乗れないんだけど、知らなかった?」
ブランズウィックが咳払いというか、咽た。
「大丈夫?」
「ハル、それ貴族階級での公然の秘密。一般庶民は知りません。」
「うっそ。知らなかった。」
レインは奇声を上げると、俺の足元に忘れ去られていた虫の死骸袋を蹴った。
真っ黒い虫の死骸たちの多くが蹴られたことで四方八方に飛び散り、まだ袋に残った分は袋ごとミモザにぶち当たり、ミモザはへたっとその場にしゃがみ込んだ。




