二十五 昔の女
舞踏場と言っても、単なるパーティ用の大広間ってだけである。
普段使いしない部屋でもあるが、普段は中央に大き目の応接セットが置かれ、部屋の壁際には何客かの椅子が置かれている。
また、ここだけ他と内装が違うのは、俺の母親によってこの部屋が作られたからである。
「あら、あなた。結婚したばかりは勿論の事、孫を迎える時にだって大き目のお部屋が必要よ。孫とは言わずにね、あなたの子供のお披露目にだって、子供の誕生会だって、舞踏場があるないでは全く違うのよ!子供に舞踏場はもったいないって食事室でお誕生会をやったばかりに、大事にしていた飾り皿どころか、棚ごとひっくり返される目に遭ってしまうのよ!」
母は長男の六歳の頃の誕生会が未だにトラウマであるようだ。
そして、俺は彼女から何が起きたのかを聞いて、俺の屋敷に兄達がやって来た場合も考えて母に舞踏室の内装を頼んだのである。
子供を良く知っている彼女ならば、奴らが騒いでも大丈夫で、尚且つ、奴らがここはつまらないと別の部屋に移動しようとする愚挙を押さえる内装を考えてくれると期待したからである。
期待した俺は馬鹿だった。
はりきった彼女は自分の趣味を展開しただけである。
どうしてここだけグルグルした貝だらけなのかと、どうしてロココ調なのかと、母を手厳しく問い詰めたかったが、彼女は俺にありがとうと涙を流した。
「初めてお部屋を自分で作れたわ。公爵家は全部そろっているもの。一からお部屋を考えるなんて、物凄く楽しかった。」
そんな母は実際に出来上がった自分の舞踏室は目にしていない。
彼女が死んだわけではなく、業者にあれこれと指示をして思い通りの部屋を作る過程で満足したようで、彼女がこの星にやって来ないだけである。
全く。
俺が憤懣やるかたない気持ちで舞踏場を見回しているのは、痛めつけられた後に殺されたと一目でわかる死体がシャンデリアからぶら下っているからだ。
何をしたのだとイアンに尋ねたかったが、シャンデリアの真下となる応接セットに、イアンだけでなく、見たことが無い女性と良く知っている女性が座っていたことで俺は俺の招かれざる客達を睨むにとどめた。
ゴージャスさを表すためか褐色に肌を焼き、茶色だった髪色を白に近いくらいに色を抜いて金髪にした女性は、俺に気が付いて左の頬骨の辺りをピクリと引き攣らせた。
「久しぶり、レイン。それで、隣のお友達は誰なのかな。それから、君達を我が家に呼んだ覚えは無いけれど、どうやってこの家に入って来たんだい?」
レインは隣の女性を紹介するどころか、乱暴にソファを立ちあがって俺の下へとかつかつと足音を響かせながら近づいてきた。
大学で付き合っていた頃の、彼女自慢の好感度の高い笑顔と、自称、誰をもポジティブな気持ちにさせる喋り方ってやつで。
「あら、いいじゃない。あなたと私の仲なんだから。あなたは私との失恋が痛手で、まだこんな辺境の星で独身なのですってね。そんなに辛いなら連絡してくれれば良かったのに。私はまだあなたを愛しているわよ。ええ、ここがお好きなら、私だってここに住んであげてもいいわ。だから、あなたを許してあげる。いつだってやり直してあげるわよ!」
俺は彼女のこの押しつけがましさは嫌いだったなと、久しぶりの彼女の口上によって思い出してウンザリしてしまった。
「いや。君とは大昔に終わっているじゃないの。俺が大学の卒業後にはグリロタルパに入植するって言ったら、君は俺を振ったよね。先のない男とは一緒にいられないって。」
「あなたこそ私に嘘をついていたんじゃないの。どうして公爵家の四男だって教えてくれなかったの!」
「え?俺が話を続ける前に俺にお茶をぶっかけて二度と連絡してくるなって消えたのは、誰?俺を振った翌日にはスポーツマンで、物凄い富豪とかいう婚約者との婚約発表だったじゃないの。」
「あなたが引き留めてくれれば私はあなたの所に戻ったわよ!大体、仕方がないでしょう。あなたが二年も不在で、戻って来ても私は就職だけど、あなたは学生。そして、夢物語しか語らない。私はあなたと違って、生きていかなければならないの。少しでもいい暮らしを望んでどこが悪いのよ!」
「悪くないし、あの彼と幸せならいいじゃない。」
「とっくに離婚しているわよ!」
俺は天井を見上げて、変わらずにプラプラしている死体に溜息をついて、そして死体の下で平気で十年近く前の終わった話ができる女性を見つめ返した。
「帰ってくれないかな。俺は公爵家四男では無くてね、ハルベルト個人として見て欲しかったんだよ。あの日に君にプロポーズした言葉には嘘は無かったんだ。俺はグリロタルパに行くけれど、破産してしまうかもしれない。君には貧乏な暮らしに耐えてもらうかもしれないが、ついて来てくれるかな、ってのはね、本当の気持だったし事実だったよ。数年は貧乏暮らしだったさ。」
「最初にこんなお屋敷を作っておいて?」
俺は茶々を入れてきたブランズウィックの腕を肘で突いた。
それから、パシンと大げさに両手を打ち付けてから、牛を追い払うような両手の動きをレインに対して行った。
「さぁさぁ、帰った。夜も遅い。宙港にはホテルもあるでしょう。さあ、帰った。ホテル代も帰りの切符も持ってやるからね。帰ってくれ。」
「いいいいやあぁああああああですぅうううううううう。」
レインの代りに答えたのは、ソファに座ったままの見ず知らずの女である。
よく見れば見覚えのある黒いドレスを着ている彼女は、俺に人形のようなしぐさで顔を向けると、にやりと口を大きく歪めた。
「レインはこの星のじょおおおうさまになって、あたしはギルガメシュの王女さまとなるのですうううううう。」
ううううを最後まで言い切った女は、アハハハハと大きく笑い出した。
「ああ、この喋り方は本当に疲れた。バカなデトゥーラの侍女の振りをするのも疲れた。本当にあの女は抜け作よね。落とすはずの男どころか、金も名誉も無い男に惚れてしまうし、あたしが年寄りだと思って炊事洗濯と小間使いのように勝手に動く。それなのに、ああ!全然死にやしない。さっさと自殺でもして死んでくれないと、アールベインが結婚に踏み切れないじゃないのさ!」
俺はブランズウィックの服毒や、ミモザへの何度かの襲撃が、デトゥーラの自殺を煽るためだったのだと思い当たった。
何もないデトゥーラに残された、自分を信じてくれる二人、だ。
「……いや、俺は君の方が馬鹿だと思うよ。俺の婚約者は簡単に死なないし、彼女によってデトゥーラに関する俺の見方は一八〇度変わったんだ。ブランズウィックが死んでも俺とミモザはデトゥーラが寿命を全うするように見守るさ。いや、落ち込んだデトゥーラならば今すぐ手に入れられると、君の想い人がこの星にやってくるかもしれないね。君がどうしてアールベインとの将来を夢見れるのか知らないけれど。」
「え、知らなかったのですか?アカシア・ディルベータですよ。半年以上前にパパラッチで王子との密会をすっぱ抜かれて干されたために引退した、元女優です。ちなみに、デトゥーラ様のご学友でした。」
俺は隣のブランズウィックを見返した。
再生カプセルで目が使えるようになった彼だが、怪我をして包帯だっただけで数か月前は目が見えていた人だったな、そういえば。
「あ、そうか、君は知っていたか。俺は最近のドラマも映画も見ないからね。でも、どうして干されるの?彼女は王子様の恋人なんでしょう。」
「王子側が完全拒否して、仕組まれたと会見をしたからですよ。学生時代からのディルベータの素行不良まで持ちだしての涙の会見です。自分はディルベータによって貶められて失うこととなった恋人の行方を知りたかっただけだという、王子の言い草にも反吐が出ますけれど。」
俺は最後に吐き捨てる様に言い切ったブランズウィックに驚いたが、要人警護をしてきた彼は王子のご乱行を数多く見て来たのだろう。
「だから、行方を教えてあげるのよ!死んでましたってね!あいつこそデトゥーラを嵌めた張本人だって証拠もあたしは握っている。市民は王子よりもあたしの味方で結婚を望んでいるじゃない!階級主義への批判デモが各所でも起こっているじゃないの!デトゥーラさえ死ねば、あたしは結婚できるのよ!」




