二十四 あなたはどうしたの?
私はベンジャミンがいる場所へ案内するムスファーザの背中を見つめながら、彼の服装はなんて適当なのだと考えていた。
少し大きめの灰色のトレーナーと同じ素材の灰色のズボンという、適当すぎる程に部屋着でしかないくつろぎの格好なのだ。
私が彼に会う時は雑誌に載ってしまいそうなほどに彼の魅力が最大限になる格好をしていたが、それはイリアに着飾らされていただけなのだろうか。
でも、ここは他人の、それも公爵家の子息の家だ。
「そんな部屋着を着てらしたって事は、伯父様はこの屋敷にずっといたの?」
「ううん。頼まれ仕事をしていたの。だから、ずーと野宿。疲れちゃった。」
「頼まれ仕事?」
「うん。それで手持ちの服はみーんな汚れていたから、適当な服を借りただけ。機能性重視過ぎて僕の趣味じゃないよ。これは。僕の趣味だったらもう少し肌触りの良いモコモコだね。」
「やめて。伯父様がネコかクマの着ぐるみを着ている姿を想像したわ。」
「ふふ、いいね、猫さん。君の想像の中の僕、似合っていた?」
すっごく似合ってました。
でも、絶対に言うものか。
何か大事な私のイベント時に、彼が猫の着ぐるみを着て現れそうだ。
彼はピタッと足を止め、私に対して振り向いた。
絶対に似合っていると言って欲しい顔つきだったので、私は別の話題、というか、私達が歩いている理由について彼に尋ねていた。
「どうして舞踏場にイリアはベンジャミンを連れて行ったの?」
彼はぷうっと頬を膨らませたが、再び前を向いて歩きだし、私の尋ねた事については答えてくれた。
「踊らせるなら、舞踏場が一番でしょう。」
聞くんじゃなかったって言葉だが。
「まあ、イリア様はダンスがお好きだったの?」
ああ、ここには深窓のご令嬢がいた。
ムスファーザはピタリと足を止めて振り向くと、恐らくは彼の笑顔を見た十人中十人が彼に夢中になりそうな笑顔をデトゥーラに向けた。
「うん。イリアはダンスさせるのが大好きなんだ。僕もどれだけ踊らされたか。」
「まあ、それなのに、ムスファーザ様は置いてきぼりだったの?」
「そう!可哀想でしょう!僕はね――。」
「さぁ、行きましょうか!舞踏場に少しでも早く行きましょう!」
私はデトゥーラとムスファーザに腕をからませ、二人を引っ張るようにしてずんずんと歩いた。
ベンジャミンがイリアのリンチによってぼろ雑巾のような姿になっていないといいなと思いながら、とりあえず早足でずんずんと歩いたのだ。
そこからすぐに辿り着いた舞踏場の大きな扉を開くために私は彼等の腕を解いたが、私が開く必要もなく扉の方が勝手に開いた。
この館は古めかしい外見のくせにどこもかしこも最新式で、実は私が前世で大好きだったテーマパークのアトラクションの一つにも思え、楽しいが、ヒューの目指した西部劇とは違う気もしている。
いや、あそこにはウェスタンな場所もあって、そここそこんな感じで楽しい所だった。
もしかして、彼は本当のアメリカの歴史を知らないのではないのだろうか。
あ、またヒューと彼の事を考えてしまった。
なんだか、私には彼がハルベルトとどうしても受け入れられないのである。
私はハルベルトの部下としてヒューを見ていて、ヒューとの未来を想像して悩んだりもしていたのだから、今更公爵家四男と言われても、という感じだ。
「あの、入らないのかしら?」
「ああ、ごめんなさい、デトゥーラ。ちょっと考え事をしてしまった。」
「そうね、自分を殺そうとした人と対面するのは怖いものね。」
「あ、ううん。ヒューのバカヤロって考えていただけ。そうだ。あなたはブランズウィックとのことを考えた時、やっぱり悩んだのかしら?爵位の無い相手を好きだって言ったら、両親が社交界から追い出されるかもって。私はヒューに出会って考えたのね。大好きだけで突き進んで良いのかなって。凄く考えたのに、彼はハルベルト様ですって言うでしょう。がっかりよ。」
「ふふ。彼が公爵家四男本人で良かったって考えない所があなたらしいわ。そうね、私も悩んだわ。悩んで、家の為にハルベルトとの結婚を決意して、でも、学院時代のように私は糾弾されて婚約破棄の流れになった。私ね、実はその時だけは自分の身の上を喜んだの。これで誰かを傷つけることも無く、私の意思が貫けるって身の上になれたのだもの。私は勘当されて家を失ったわ。でも、だからこそ、彼の手をいつまでも握っていられるのよ。傍にいられなくても、彼を想い続けることはできる。」
うわ、私は涙で前が見えなくなった。
前に進むどころではない。
そんな私はムスファーザに押しのけられた。
「素晴らしい、君。僕は君も守るよ。君の敵は全部消してあげよう。」
ムスファーザのお陰で私の涙は引っ込み、私はデトゥーラをムスファーザの手から奪い返した。
やばいぞ!
認めたら身内による大量殺人が勃発しちゃうじゃないの!
「だめ!伯父様!デトゥーラは私のお友達なの。私が守るの!」
「まあ!ミモザったら。ええ、ええ。私もミモザを守るわ!お友達ですものね!」
ぷうっと、頬を膨らませたムスファーザに私達は微笑みあい、そして、デトゥーラと私は幼稚園児のように手を繋いで舞踏場に一歩踏み出した。




