二十二 蜘蛛追い人
蜘蛛の駆除には意外と時間がかかった。
ミモザの部屋だけで済めばよかったが、当り前だが殺虫剤から生き残った蜘蛛は小さな隙間を見つけては大型のくせにするりとそこから逃げ出してしまった。
また、他の場所でも放たれている可能性もある。
そこで屋敷のクリーンアップ作戦だと、俺は時間短縮も兼ねて使用人全員で一気に全室を見回るという人海戦術を行いたかった。
だが、執事のアレン・シュミットは俺ににっこりと微笑んで、うやうやしい素振りで俺に大型害虫専用の電磁棒を手渡したのである。
「どうぞ。使用人一同ハルベルト様を信じております。使用人の監督はおまかせあれ。」
彼は自分の言葉通り、使用人全員を台所に集めてそこに閉じ籠った。
確かに、使用人の中にベンジャミン以外の裏切り者がいると考えれば、監視なしにふらふらと屋敷内を歩き回らせることこそ危険だ。
俺は一人寂しく徹夜で蜘蛛追い人になるのかと黄昏たが、俺の友人であるブランズウィックは自分もやると名乗り出てくれた。
まあ、再生中という無防備な状態で彼が人質か何かにされた場合を考えて、俺が無理矢理にカプセルから引きずり出してしまったのであるが。
「ごめん。君をまだ再生機に入れてあげられなくて。」
「いいよ。侵入者への排除行為はいつだって楽しい。たった一時間でもかなり体は楽になったからね。平気。」
ブランズウィックの毒に関しては、半時間程度で浄化はし終えている。
俺はこの土地での未確認生物に使用人や入植者達が襲われたらと、最新式の浄化再生カプセルを購入していたんだ!
知ったか、イアンめ!
「誰が無害な蜘蛛に毒を持たせたんだろうね。可哀想に。君の屋敷に遊びに来た蜘蛛達は情け容赦なく皆殺しにされてしまった。」
ブランズウィックがモニターの画面を見つめてたまま呟いた。
彼は屋敷に仕掛けられているセンサーを使って、蜘蛛を完全に駆除できたかの最終確認をしているのだ。
俺も彼の手の中のモニターを覗いてみれば、画面には毒蜘蛛を現わす蛍光グリーンの小さな点は見当たらず、画面上にもオールクリアの表示が出ている。
生物、それも大きさや種族によって振るい分けも出来るというサーチ機能がこの屋敷には備わっているのだ。
麻薬密売組織の人間の侵入や攻撃に対する備えというよりも、虫も鼠も大嫌いだ、という俺の気性によって、大昔の木造建造物にしか見えない邸宅でも内部構築は最先端なものにしてあるのである。
「ああ、やっと終了か。これで君はカプセルに戻れるね。」
「ははは。まだまだ。もう一働き必要みたいですよ。」
俺はもう一度ブランズウィックの手の中のモニターを覗き込み、動かないでね、と強く強くお願いした方々がふらふらと出歩いている事実を突き付けられた。
「お菓子が足りなかったか。塊り肉でも置いておけば良かったか?」
「違うでしょう。向かっているのは使用人部屋。」
「ああ、君もわからないって言っていたものね。彼女達もそうか。」
「わからない者同士、合流しましょう。」
俺達、いや俺は取りあえず虫の死骸袋と電磁棒を持ったまま、使用人部屋ではなく舞踏室へと移動することにした。
ミモザたちは使用人部屋だろうが、彼女達の目指す相手がイアンによってそこに連れて行かれたようなのだから、そこに向かえば全員が一堂に会せるだろう。




