一 こんにちは!
首都星からハルベルト・アルティミシアプリンセプスが支配する植民星までの旅は、宇宙船で三日もかかってしまった。
いや、三日程度で済んだと喜ぶべきであろう。
凄いぞ!人間の技術!
ただし、私は前世で大好きなアニメの世界に行きたいと思っていたこともあったが、実際に宇宙空間に宇宙船で出ても、ふうん、という感慨しか湧かなかった。
前世で飛行機に初めて乗った時もそうだったな、と思い出した。
確かに飛行機の小さな窓から見える空という風景は綺麗だと素直に感じたが、エコノミーの席が狭くて空の旅を堪能するどころじゃ無かったのである。
「パパがお金持ちで良かった。豪華な船旅をありがとう。」
下船してから待ち合わせの場所までコロコロ鞄を引きながら、私は金持ちな父親にほんの少しだけ感謝を捧げた。
「そうですわよ。感謝して感謝しすぎることはありませんわ。お父上とお母上の為に、公爵家四男はものにしなければ!」
私の隣で自分のコロコロ鞄を引いている貴婦人の相槌としての言葉である。
上品そうで下品な物言いしかしない大柄な金髪美人は私のお目付け役であり、伯父のはずが伯母になったイリア・リリオペさんである。
元軍人の彼、いやいや彼女、ならば私の護衛もでき、そして、私が傷物になることも防げるだろうとの両親の目論見だ。
お目付け役を付けたのは、私が公爵四男に婚約破棄された時、私が純潔でないと見做されたら一生他の男から求婚はされないだろうと誰でも想像できることだからだ。
ここは未来だったはずじゃ無いだろうか。
だが、自由恋愛は許されても婚前交渉は許されない、のがこの世界の絶対的なルールでもあるのだから仕方がない。
数世紀前に自由過ぎて新たな性病で沢山の人が死に過ぎたかららしいが、私はタイムマシンがあったら、最初にそんな新たな性病を手に入れた患者第一号に、お前は一体何としたんだと尋ねたい。
「でも、懐かしいわ。軍隊で泣きべそだったあの子が、植民星で王様ごっこをしているなんて。これはもう揉んでやらなければ。」
コロコロと笑いながら最後の一言だけ男性の低音で言い切ったイリアは、部下であったムスファーザ・リリオぺと結婚した人だ。
大柄で金髪に金目のイリアは、写真によるとイアンだった時代は物凄くハンサムで神様のような姿をしていた。
同じ金目に金髪の父が細くて中肉中背の普通の男でしかないのに、この遺伝子の暴走はどうしたものかと思う程のこの元美男子は、現実社会でも暴走したのである。
とっても可愛いと想っていたムスファーザが、イアンと結婚できるのであれば女性になると告白してきた事で、イアンは自分が女性になったのだ。
ムスファーザの外見は変えたくない!というイリアの強い意志があったと聞くが、私はムスファーザに出会う度、こっちの方が女性化の方が良くないか?と個人的に思う。
癖のある黒髪に温かい茶色の瞳というあまり背が高くないムスファーザは、童顔だからかとっても可愛らしく見える男性なのである。
そこで私はイリアの人物評価をあまり信用できないと思ってもいたが、それでも婚約者には興味があるからと彼女に尋ねていた。
「ハルベルト・アルティミシアプリンセプスってどんな人なの?」
「うん?ただのお馬鹿さんよ。十八になったら兵役があるでしょう。彼は免除できるはずだったのに、本物の馬に乗って本物の拳銃を持ちたいって軍隊に進んで入隊したのよ。ほら、騎馬兵がいるでしょう。お祭りや観光客相手にこんにちわ!している。あれになって見たかったのですって。」
「まぁ、あれになりたかったの?」
私はちょっと婚約者に興味が湧いた。
私はその騎馬兵が素敵だと、幼い頃に恋心を抱いた事があるのだ。
明るい茶色の髪に緑がかった薄茶色の瞳を持つ、騎馬兵の白を基調にしてブルーを印象的に配置された制服を着ていた憧れの人。
十代ぐらいの若々しい彼は、迷子になっていない迷子の私を両親の車まで連れて行ってくれたのだ。
ちゃんと私は彼に言ったのだ。
「ママとパパがはぐれちゃったの。待ち合わせの場所ぐらい決めてからはぐれてくれればいいのに。全く困ったものよね。」
彼は私に優しく微笑むと、一緒に探そうと私を馬に乗せてくれた。
そして教えてくれたのだ。
カオルーン大学の生物教養学部に恋人がいるって。
僕も二年の軍務が終わったら大学に戻るんだよ、って。
私は彼のような男性に会いたかったのだ。
でも、いいか。
私は父の事だって大好きだ。
「まあ、あら。ちょっと待っていて。ファーファから電話!」
イリアは足を止めるとくるっと私に背を向け、私の時代にもあったスマートフォンと同じ形で中身だけ進化系の携帯電話で夫と話し始めた。
聞き漏れる言葉の端々からイリアの甘い生活が伺い知れ、私は少し結婚生活とやらに憧れも抱いてしまった。
だって、両親も凄く幸せそうだし、イリアとムスファーザのイチャイチャぶりは素敵だなって思うもの。
でも、カオルーン大学で星々の生物の生態を学んで、それらの生態を守る仕事、環境保安課に勤務してみたいとの夢もある。
私は生き物が好きなのだ。
前世の記憶を持っているがために、私は同年代の子供達と馴染む事が出来ず、そんな私をプーディカの名前のせいで一人なのだと思い込んだ両親によって、犬や猫などの動物を友達として与えられた。
どの子も寿命で最近亡くなったばかりだ。
ああ、それで両親は気分転換も兼ねて他星に私を送ったのだろうか。
あるいは、ペットロスな私に新たな婚約者という生き物を可愛がれという事なのだろうか。
私は死んでしまったルイルイとピピカの思い出を振り払うように首を振り、その行為によって視界が広がり、私を待ちくたびれていた男性の姿が目に入った。
まあ、アメリカの保安官みたいな恰好をした、あの日の騎馬兵さんが立っているわ!