十八 可愛い臍
ミモザの臍は可愛らしかった。
俺の気を引くために胸や尻を使ってくる令嬢はごまんといたが、臍を見せつけられたのは初めての経験だ。
幼稚園児のように「お腹が痛いの」と服を捲り上げて来られて、俺はその脂肪のない引き締まった細い腰と、ぽつんと体の真ん中にある小さな臍にノックアウトされたと言ってよい。
俺がミモザを守らねばと、俺はあの臍によってミモザに対する責任感やら愛情やら、そうだ、愛情までも湧き出でてしまったのだ。
また、愛情が湧き出たほかに、俺の脳内において小劇場も開演された。
俺のベッドルームにピンクのぴらぴらレースのキャミソール姿のミモザが現れ、あの水色の瞳で俺を上目勝ちに伺いながら、お腹が痛いの、とキャミソールの裾を捲り上げてくる、といういかがわしい脳内映像である。
死にかけたばかりどころか、ブタの餌塗れでボロボロの少女に対して俺は何を考えているのかと自分を叱ったが、俺の脳内は反省するどころか、男物のシャツ、それも保安官のシャツだけを着たミモザ、という別バージョンの映像を返してきたのだ。
ちなみに、キャミソールの時にはキャミソールとお揃いのタップパンツであり、保安官シャツの時には淡い水色のシンプルなパンツを履いていた。
俺の脳だけあって俺の趣味を熟知した映像を脳が送ってきたことに対して、俺は撥ね退けるどころか素直に受け入れてしまうしかなく、そのために再びいかがわしい気持ちに襲われることとなった。
つまり、俺がミモザの臍を目にしてから、ずっと、俺の脳内の繁殖行動を司る部分がミモザに突き進みたいとがなり立てており、十も違う小娘に何を劣情を抱いているのだと俺は頭を抱えているのである。
ああ、俺は丸裸が確実だ。
「で、私の可愛い子を怖い目に遭わせた男を、あなたは簡単に許しちゃったわけなのね。」
俺は俺の思考がミモザの臍問題に逃避していた理由に対して顔を向けた。
俺は俺の家の俺の書斎にある応接セットで、なんと一人掛けの椅子という一番の下座に校長室に呼ばれた生徒のようにして座らされ、座卓を挟んで向かいにある、三人は座れそうな上座のソファに優雅に座るイアンから尋問を受けているのである。
俺の役に立ちたいと言ったはずの、親友らしき病弱な男はどこに消えたか。
彼は消えてはいない。
彼はイアンに膝枕をしてもらいながら、その長身な体をソファに投げ出して横たわっているのである。
さらに、ブランズウィックは事の顛末を聞いて笑い声を立てるだけであり、用心棒を生業にしている軍部の精鋭のくせに俺の防御壁になることも、友人として俺を弁護する事も一切放棄している。
そう、ミモザが服を捲ってお腹を俺に見せつけた、という場面を俺が語ってから、彼はクスクス笑いが止まらないようなのだ。
俺の目の前の黒衣の死神だって、その場面はクスリと笑っていた。
そこだけね。
それ以外は恐ろしい軍隊の上官そのものの威圧感をむき出しにして、新兵な俺に事の顛末を正確に、一片たりとも漏らさずに報告することを強要しているのである。
ああ、怖いったらない。
兵役で二年軍隊でお茶を濁しただけの殆ど一般人の俺に、精鋭のブランズウィックや告死天使と名高いムスファーザと同じレベルを求めるのは如何なものか。
俺は金持ちの道楽息子でしかないのだと、素直にイアンに返答していた。
「許していませんよ。彼は今日限りで馘にしました。紹介状も出しません。一か月の猶予が無い代わりにそれなりの退職金と今日までの給料を今経理に計算させています。明日には出て行かせられますよ。」
イアンは左眉をピクリと痙攣させた。
「甘いわね。私の可愛い子を殺しかけた男など、バラして、それこそブタの餌にしてやれば良かったのよ!」
「そのブタを誰が食べるんですか。あれは趣味で飼っているのでは無くて、普通に出荷用の食肉予定のブタさんです。食肉衛生法を何だと思っているんですか?」
「あなた。ミモザとブタとどっちが大事なの?」
「あなたはブタとミモザを同等に語るんですか。ミモザが泣きますよ。」
あ、イアンが見るからに言葉に詰まった。
不敗の彼の弱点はミモザであるらしい。
「でもねぇ、俺は意味が分からないよ。」
ようやく笑いを止めることにしたらしきブランズウィックはそう言うと、彼を見返した俺に対して、考えろ、という風に悪戯そうに両眉を上げてみせた。




