十七 魔女裁判
真っ青な顔をしたデトゥーラが私の元に辿り着いた時、デトゥーラが何かを言う前に青年による大声がその場に響いた。
「申し訳ありません!」
豚小屋の戸口で両手を組んで懺悔をするように立ち膝姿になっている男は、私を殴りつけて気絶させた男である。
謝って済むなら軍部も星間パトロール隊もいらないと、私はその男を殴って、いや、心行くまで蹴り倒してやりたい気持ちだったが、ヒューは私にそんなことをさせたくない気持ちだったらしい。
私はがっちりとヒューに抱きしめ直されたのである。
「大丈夫だ。」
「でも。私にひと殴りぐらいはさせて!」
彼は一瞬眉毛が一本になる変顔をしたが、またすぐにぎゅむっと、私をもっと抱きしめ直した。
「どうどう、どうどう。」
だから馬じゃない!
「聞いてください!僕はそんな事になるとは知らなかった。デトゥーラ様の言う通りに、僕はミモザ様を連れて来ただけです。まさか、ああ、まさか、こんな目にミモザ様を遭わせるなんて!」
私は、こいつ馬鹿じゃね?と、彼の言い分に頭がすっと冷えた。
私以外のヒューもデトゥーラもそうだろうとヒューの胸から顔を上げると、ヒューよ、何を騙されているんだ。
ヒューは物凄く怒った眼つきでデトゥーラを睨んでおり、デトゥーラは、無実だろうデトゥーラは、本気で犯人だという風な覚悟を決めた顔をしているのだ。
「ええ!」
驚くのは私だ。
「ちょっと待ってよ。デトゥーラが私をこんな目に遭わせて何か良い事があるの?普通に、ってか、お前は何を自分のやった事を人のせいにしているのですか。恥を知りなさい!恥を!」
埒も無い事を言い出した男に対して、私はヒューの腕の中から怒鳴り返した。
「ですから、こうして罪の告白をしているのではないですか!」
「罪を告白したいなら、真実だけを唱えなさい!デトゥーラにどうして罪を擦り付ける必要があるのよ!」
「あなたと彼女は恋敵では無いですか!」
「恋敵でも、ポイント制にしたら私の方がポイント低いでしょうが!」
「え、低いの?いや、まあ、そう、かな。」
私はなんとなく胸の事でヒューが納得したような気もしたので、取りあえずヒューの足は踏んづけた。
そして、小さいが、大きく胸を張ってやった。
「デトゥーラはその気になったらもっとうまく悪さをするわよ!こんなこれ見よがしの死人が出るような方法じゃなくてね!女はもっとうまく相手をコテンパンにできるものなのよ!ねえ、デトゥーラ!」
なんとデトゥーラは両手で口元を覆って、大きな目から涙を零しながら私をまじまじと見つめていた。
「どうしたの?」
「信じて……くださるのね。」
「当り前でしょう。」
「もっとうまく悪さだなんて、ひどい言いざまだけどね。」
私はヒューを両手でとんっと突いた。
あ、全然びくともしない。
でも、嬉しそうに微笑んでいて、ほとんど茶色い瞳がいつにもまして緑がかって輝いて見える。
やっぱり、彼はハンサムだわ!
「騙されないでください!いえ、僕は騙されました。僕の恋心をデトゥーラ様に利用されたのです!」
悲壮な声は、何も知らなければ信じてしまいそうなほどに苦痛に満ちていた。
そばかすがはっきりと浮き出る程に血の気を失った顔であり、私達に必死に訴える男の言葉には説得感を与えていた。
だが、私こそ被害者であり、奴に鳩尾を殴られた哀れな少女だ。
私は自分のシャツを捲り上げた。
よし、腹にはちゃんと殴られた痕が残っている。
「見てよ!あいつはこんな、こんなことを私にしたのよ!私のお腹を殴ったの!」
ヒューは私に見せつけられた腹をまじまじと見た。
だが、しっかりと傷を確認したはずなのに、耳まで真っ赤にして怒ったようになったくせに、彼は私の訴えにすぐには同調しなかった。
私が捲り上げたままのシャツの裾を私の手から奪い、なんとシャツをとっても丁寧に元通りにしたのである。
まるでお母さんが幼児の洋服を直すようにだ!
それから大きく息を吐くと、おもむろに私を彼の胸に抱き上げた。
「きゃあ!」
「医者だ!すぐに医者に診せるぞ!」
勢い勇んでくれたヒューには感激だが、これはお姫様抱っことは少し違う。
私のお尻は彼の腕に腰かけるような感じでの抱きしめられ方で、自分が大型の飼い猫になった気がする。
私はピピカをこんな感じで抱いていた。
私もピピカみたいに彼の肩にしがみ付いて肩に頭を乗せているので、尚更にお姫様どころか幼児か猫になったようだ。
でも、彼の肩に頭を乗せているって、なんて安心感のある体勢だろう。
「おい、ベンジャミン、お前は首だ。荷物をまとめて今すぐ出ていけ。それからデトゥーラ。俺の屋敷にミモザを連れて行くにはミモザには付き添いが必要だ。お前も一緒に屋敷に来い!」
デトゥーラはヒューの言いざまに怒るどころか、信じて貰えたことに感謝を込めた目でヒューの背中を見つめ、ヒューの言葉に返事をするようにして何度も何度も頷いていた。
ヒューはずんずん歩いているのでデトゥーラの顔は見えていない。
よって、私がヒューの代りにデトゥーラに対して右手の親指を掲げた。




