無実の罪で処刑される令嬢の血が美味しすぎたために、吸血鬼によってお持ち帰りされるお話
「ねえ、どうせ処刑されるなら……血を頂戴?」
わたしの前に姿を現した女の子は、優しげな笑みを浮かべてそう言った。
牢獄に繋がれたわたしの運命は――処刑。
女の子の言った通り、わたしには未来がない。
王族への暗殺未遂。それが、わたしに掛けられた嫌疑だった。
全く身に覚えのない罪であり、勘違いであるのならば、すぐに解放されるだろう。そう思っていた。
……だが、違った。
わたしは嵌められたらしい。
貴族として生まれ、いずれは領主になる――そんな決められた人生がわたしにはあるのだと思っていたけれど、気付けばただ処刑される日を待つだけであった。
すでに両親は処刑されたと伝えられた。
あとはわたしだけ――それなら、別に好きにすればいい。
「……わざわざ、許可を取るの?」
「もちろん。勝手に吸うのは私の流儀じゃないの」
「……吸血鬼なのに?」
「あら、心外ね。吸血鬼なら皆――人間なんて食料だと思っていると?」
くすりと笑顔を浮かべて、女の子は言う。
見た目はわたしと同じくらいなのに、どこか大人びた雰囲気を感じさせるのは、彼女が人外であり、人よりも長く生きているからだろうか。
――吸血鬼は、人間よりも長生きで、しぶとく、そして強い。
もしも彼女がわたしを助けてくれるのだとしたら……きっと国単位で追いかけてきても助かるのだろう。
けれど、そんな希望はない。彼女はただ、わたしの血が吸いたいだけなのだから。
「いいよ。全部、あげる」
「……全部?」
ピクリと、女の子がわたしの言葉に反応した。何か気掛かりなことでもあるのだろうか。
「全部もらっていいの?」
「……あなたが言ったんでしょ。どうせ、わたしは処刑される身だから」
「ふふっ……そう? それなら、遠慮はしないわね」
女の子はわたしの傍に立つ。
長い銀髪。月明かりに照らされる純白の肌。
そして、赤い瞳。改めてみると、可愛らしい女の子であった。
女の子はわたしの横に座り込むと、首筋辺りに手を伸ばす。そっと触れられると、少しくすぐったい。
「大丈夫……痛くしないから」
死ぬ前に痛い思いはしたくない――そんなわたしの気持ちを汲み取ってくれたかのように、女の子は言う。
――次に感じた『刺激』に、身体が震えた。
チクリとしたが、痛いわけではない。どちらかと言えば、心地がよい。
そこから徐々に、血が抜けていくという感覚が伝わってきた。
ああ……今、わたしは血を吸われているんだ。
そしてこのまま死ぬ――
「……っ」
そう思っていたのに、バッと女の子が、わたしの首筋から離れる。
驚きの表情を浮かべながら、わたしのことを見ていた。
「……? どうしたの?」
早く全部吸えばいい。それで楽になるのなら……そう思っていたのに。
「貴女の血……」
「わたしの血……?」
もしかして、不味いのだろうか。
女の子の反応を見る限り、そんな不安を感じさせる。まさか処刑される前に、こんな不安感を覚えることになるとは――
「美味しすぎるんですけどー!?」
「うぇ!?」
わたしの不安を一蹴したのは、女の子の歓喜の声だった。
口元を赤色に汚しながら、嬉々とした表情で語り始める。
「口のなかに広がる豊潤な味わい……それなのに後味はスッキリとしてる。旨味が凝縮していて突き抜ける感じと言えばいいのかしら……こんなに美味しい血液は初めてよ!」
「あ、ありがとう……?」
お礼を言えばいいのかどうか分からなかったが、勢いに負けて言ってしまう。……最後に、こんな風に感謝されることになるとは思わなかった。
相手が吸血鬼でも、少し救われた気分には……なるような気がする。
「……決めたわ」
決意に満ちた表情で、女の子が言う。
「何を?」
「貴女の血は全部、私がもらったんだものね? それなら、貴女の人生は『私のもの』ということになるわ。それなら、私は貴女のことを連れていくことにしたの。一度で終わりなんてもったいないもの」
「……? えぇ!?」
すぐには理解できなかったが、すぐに女の子が何をしようとしているのか分かった。
壁には鎖で繋がれていたが、女の子はそれをいとも容易く引きちぎる。
およそ女の子とは思えない力を持っているのは、さすが『吸血鬼』というところだろう。
軽々と、わたしの身体を抱き上げる。
「ちょ、ちょっと待ってっ!」
「なぁに?」
「え、だって……わ、わたしを連れていくって、食料、に?」
「そういう考え方もあるわね。でも、貴女が私に全部くれたんでしょう?」
「そ、それは、そうだけど……」
処刑される――それでおしまい。そう思って覚悟はしていた。けれど、吸血鬼によって生かされて、食料にされるというのは全く想定していなかったことだ。動揺くらいする。
そんなわたしの心を見透かしたように、また女の子は笑顔を見せる。
「食料が嫌なら、『パートナー』でもいいわよ」
「……パートナー?」
「そう。貴女が血液を私にくれるのなら、私は何でもしてあげる。貴女を嵌めた人を殺したいのならそうするし、他に憎い相手がいるなら殺してあげる」
「――」
女の子の提案は、ある意味ではわたしにとってメリットしかないことであった。
ここから脱出もできるし、わたしを陥れた相手に復讐することができる。
まさか、血液が美味しい――そんな理由で、全てを覆すことができるとは。けれど、
「……そういうのは、いいよ。復讐とか……わたしは、恨まれるようなことは、したくない」
「そう? なら、何がしたいの?」
「……自由に生きられるのなら、それでいい、かな」
――生きるという道を、わたしは選んでしまった。
女の子はわたしの言葉を聞いて、笑みを浮かべる。
「そう。それならそうしましょう。貴女に自由をあげる――その代わり、貴女は私に血を頂戴ね?」
それが、わたしと『吸血鬼』の初めての契約であった。
こうして牢獄から脱出したわたしは、吸血鬼の女の子と一緒に暮らすことになる。
吸血鬼に血を与え、その代わりにわたしは――一つの国を超える大きな『力』を手に入れた。
それでも望むことは、もう誰かに恨まれたりするような生活ではなく……ただ自由に生きること。
(お父様、お母様……ごめんなさい。でも、二人なら……わかってくれるよね?)
自由を手に入れたわたしは、すでに処刑されてしまった二人に心のなかで謝罪をする。
わたしの新しい生活は、こうして始まったのだ。
***
彼女はとても優しい性格をしている――私にはよく分かる。
人間の中にはそういうタイプが稀にいて、理不尽を受けたのに復讐はしないなんて口にする。
彼女がそれを望むのなら、私はそれでいい。
けれど――
「ふふっ……私の意志でするのは、自由だものね?」
血まみれになった部屋の中で、私はすでに人でなくなったモノを見下ろす。
彼女を嵌めた張本人の貴族は、すでにこの世にはいない。
「下手に狙われたりすると困るものね? あの子は――私が全部もらったんだから」
もらったものは、私の全てを以て愛する――それが、吸血鬼である私の流儀だ。
だから私は、全霊を以て彼女を愛する。彼女の『敵』になりうるものは、全て排するのだ。
処刑予定の令嬢と吸血鬼ちゃんの百合です。
後半ちょっとヤンデレ要素がありますが、たぶん連載したら真っ当にヤンデレで恋愛してほしいなと思ってます。
こういう百合が好きなんだ!!!