魔法 ~アイカ(Aica)の場合~
「アイカ……。近い。」
私の顔、胸、お腹、お尻、そして足の順にまじまじと観察するアイカ。
その視線を浴びて、背中に冷たいものが走るのを感じ、思わずゴクリと喉を鳴らす私。
「マスター……。もっとよく見せてください……!」
「ちょっ! もう終わり!」
無理、これ以上は耐えられない。
「え、そんなぁ~」
どこか物足りない様子で不満の声を上げたアイカであったが。
「もう良いでしょ!早くどうだったか教えて!」
「そうですね……。とても綺麗でした。」
「アイカ……。」
「ひっ!!!」
最初は苛立って怒っていた春夏の表情が、冷たい無機質なものに変わる。それと同時に背後に禍々しいオーラが出現した。そんなふうにアイカの目には写ったのだろう。もちろん錯覚なのだが。
アイカは真っ青になり、元から小さい妖精の身体を更に小さくさせてプルプルと震えていた。
「で! どうだったの?」
春夏が幻想のマガマガオーラを引っ込めてアイカに再び問う。
「ごめんなさい!マスター!
ドラゴンズリングでのマスターのアバターで間違いないと思います。」
「やっぱりそうだよね……。」
アイカの見立てに同意しつつ、腕組みをして思案する。
「はい。装備もゲーム内のクリムゾン装備ですし、容姿は間違いなくマスターのメインアバターですね。」
と補足するアイカ。
「でもLv1になった上にステータスめっちゃ弱くなってたよね。」
「それについては申し訳有りません。まさか、転生で弱くなるとは思わず……。」
記憶の彼方に追いやっていた自分の弱さを再び思い出し落胆する私に、アイカが謝る。
アイカの言も当然ではある。ドラゴンズリングにも転生システムはあり、Lv99になると転生を行える。その場合、転生前のステータスをそのまま引き継いで上位種族になれるのだ。そのため、転生してステータスの種族補正で強化されることがあっても、弱くなることは無いはずなのだ。
「仕方ないよ。アイカは気にしないで。元はと言えば私が悪いんだし。」
「ですが……。」
「それより、アイカも魔法とか試してみてよ。」
「良いんですか?」
「もちろん、早く見てみたい!」
そう言われると張り切ってしまうのは、従者や執事、使い魔など主人に使えるものの性なのだろう。アイカもその例に漏れず、
「分かりました!」
と意気揚々と答え、私の前まで移動し、近くの大木に狙いを定めた。
「行きますよ!マスター!」
アイカはそう言うと、両手を天に向け目を閉じた。
アイカから凄まじい圧力を感じる。同時に周囲の温度が一気に下がった。
「(寒っ。)」
息が白い。私は思わず身震いし腕を抱いた。
その時、アイカの頭上で何かが煌めく。アイカの力の高まりと共に、その輝きの数がみるみる増えていく。その何かはアイカの周囲で、陽光を反射し無数のキラキラとした輝きを放っている。目を凝らしてみると、いくつか大きな物も見える。透明な何かの結晶だ。
「(……氷?)」
直後、アイカは閉じていた目を大きく見開き大木を鋭く睨みつけ……
力ある言葉を唱えた。
──咲き誇る氷華
刹那、アイカの周囲を漂っていた無数の氷の結晶が集結し鋭い氷の刃が生まれた。
「多い……!」
思わず私は感嘆の声を上げ、数歩後ずさった。
2本や3本ではない。20本だ。私の腕くらいもあるその氷の刃は、生み出されたままの状態でアイカの周囲に浮いている。
その研ぎ澄まされた切っ先は、強力な磁石を近づけた方位磁針の様に瞬時に向きを変え、1m以上もの太さの大木に狙いを定めた。
「穿て」
アイカが両手をその大木に向けて素早く振り下ろした。
突如、氷の刃は弾かれたような速さで、その場に風切り音だけを残し大木に襲いかかった。
ザクッ!
はじめの1本が大木の中央に深々と突き刺さり、大穴を開けた。大木の向こう側から、美しく輝く氷の剣先が顔をのぞかせている。
1本目の着弾から間を開けずに残りの19本の氷の刃が連続して大木に深々と突き刺さる。
ガガガガガガ!!!
寸分違わずに解き放たれた氷の刃は、1本も乱れることなく縦一直線、等間隔に並び、大木の中央を次々と穿っていた。
「強い……!」
速さ、威力、命中精度と、三拍子揃っている。それに、水晶の様に透き通った刀身の刃が、一糸乱れぬ統率された動きで大木に向かっていく姿は、見ているものの目を引き付ける美しさがある。
強い上に美しい攻撃魔法だ。
アイカの言葉が続く。
「咲け」
直後、大木に深々と刺さっていた氷の刃がピキピキと音を立てて、太くそして大きく成長していく。突き刺さった氷の刃はみるみる大きくなり、上下の氷ともつながりその規模を増していく。ついには大木が丸々一本飲み込まれるほどにまで成長した。
「綺麗……。」
私は思わず息を飲んだ。
先程の大穴を開けた時と正反対だ。あちらが動の美しさなら、こちらは静の美しさだろう。
大木を包む氷は、まるで咲き誇る氷の花のようだ。透き通る透明な結晶がキラキラと輝き、より一層その幻想的な美しさを引き立てている。
その表層の美しさとは裏腹に、内部では穿った穴を起点に大木が内側から押し広げられ、その幹には縦に大きな亀裂が入っていた。
だが、まだこれで終わりではない。
「爆ぜろ」
ピシッ……ピキピキ…バキンッ!!!!!
瞬間、氷樹となった大木が轟音と共に倒れていく。幹は中央で真っ二つに裂けパックリと別れてしまっている。宙を舞う無数の煌めきと共に、砕けた氷が降ってくる。
ダイヤモンドダスト。
例えるならまさにそれだろう。
そんな無数の煌めきの中に、鱗粉のような光を薄らと残しながら、アイカは私の方に向き直ってゆっくりと近づいてきた。
「マスター!どうでした!?」
わくわく。
アイカが太陽のような満面の笑顔でこちらに聞いてくる。
私の視界には、無残にもボロボロと崩れ落ちる、先程まで立派にそびえ立っていた大木の残骸を背に、満面の笑顔で微笑む妖精の姿が映っていた。
私は引き攣った笑顔で答えた。
「アイカ……。
やりすぎぃぃぃいいいい!!!!!」