武技
「よし。次は……。
アイテム!!!」
じつはこれはもう今私が着ている装備がドラゴンズリング内で、最終ログイン時に着ていたボス攻略用装備のクリムゾンシリーズだった時点でなんとなく結果が予想できるのだ。
私は無造作に空中に手を突っ込んだ。
「お…。」
どうやら成功したようだ。
私が試しているのは、いわゆるアイテムボックスというやつだ。
虚空にモヤモヤした穴があいて、そこから取り出したい物をイメージして掴んで引っ張り出す。使ったことなんて無いはずなのに、どう使うのか直感的に理解できていた。
「鏡なんてあったかな……。
……あった!」
そう言って取り出したのは簡単な装飾をあしらっただけのシンプルな手鏡だ。ゲーム内の生産系のクエストで作った粗悪品だが、要は足りるだろう。どうやら、ドラゴンズリング内で私が使っていたアイテムボックスと中身は同じようだ。
そんなことを考えながら、私は取り出した手鏡で今の自分の身体の状態を確かめる。やはりドラゴンズリングのアバターそのものだ。
透き通るような白い肌。丹精で整った印象の小顔。瞳の色は真紅。若干ジト目なのが春夏のこだわりである。実に自分好みの見た目だ。
装備はやはり最終ログイン時に着ていたクリムゾンシリーズ装備だ。
10時間かけて作り込んで良かった。
これでネタに走ったアバターだったら目も当てられない。なにしろ、この世界で見た目が変えられるとは思えないし、変えられるとしてもその方法が分かるまでの間、幻術やら変装でごまかし続けなきゃならない訳だ。
ちなみに、私はサブキャラで|タンク(盾役)用に作った筋肉ムキムキゴリマッチョ♂の獣人を思い出していた。
あっちじゃなくて良かった。
◇
「よし、次!!
……やばい!ワクワクしてきた。」
そういって、ふっふっふと笑いながらアイテムボックスに手を突っ込む。
春夏としては、実はこちらが本命だ。
「出せた!!!」
取り出したのは、地獄の炎で鍛えられたかのような真紅の刀身と護拳を持つ刀だ。刀身の根本部分には禍々しく光る丸い宝珠が埋め込まれており、切先から柄頭までは私の身長ほどもある太刀と言っても良いサイズの魔剣『鬼喰』だ。刀身は鋼などの金属できれいな曲線に仕上げたような形ではなく、やや無骨な造形なのだが、これは魔物の素材から作られているからだ。この無骨さがまたこの魔剣の良さを引き出している。ドラゴンズリングでは怪しげなオーラも出ていたが、こちらの世界ではオーラは出ていないようだが……。
「ああ、綺麗……」
春夏がうっとりした表情で鬼喰を見つめてつぶやく。
春夏はかなりの武器コレクターでもあった。
親友かつネトゲ友達の友奈曰く、アイドル好きな女の子が推しの男性を見るときと同じような恍惚とした表情で、刀の画像や動画を見つめている事がしょっちゅうあるようだ。春夏の武器好き(特に刀系)はゲーム内でも有名で、あるボスモンスターから奇跡的にドロップした伝説級の刀を公式運営主催のオークションで、一等地に城が建つ程の大金で落札したという逸話がSNSを中心に話題になっていたことがあった。
「……はっ!」
私は、ぶんぶんと頭を振って気持ちを切り替える。危ない危ない。
刀を見つめて気づいたら夜になってしまっていたなんてのはごめんだ。
◇
「よし、次は武技ね。」
私は太さ1m以上もある大木の前に相対した。鬼喰を腰溜めに構え、発動する武技をイメージする。不思議と身体をどう動かせばよいのかは分かっていた。
「知っている。この動き……。」
腰溜めに構え鬼喰の柄を握り、力を溜める。すると身体から青白いオーラが立ち昇り、自身の中で力が高まっていくのを感じた。
もっと、もっとだ。
私は目を閉じ集中した。力を練り上げ、自身の身体に纏わせる。やはり知っている。
この感覚──闘気だ。
構えている鬼喰にも、纏った闘気を、ゆっくりと探るように流していく。すると私の闘気を喰っているのを感じた。
私は自身の闘気を爆発させるように身の内で一気に練り上げ、鬼喰にどんどん流し込んでいく。次第に、鬼喰が赤黒い禍々しいオーラをまとい始めた。次第にそのオーラははっきりと目視できるほどに力強さを増していき、ついには春夏の闘気と一体となった。
「鬼喰いくよ。」
「……。」
鬼喰の柄を更に力を込めて握ると、刀身が怪しく光った。
「今だ!」
私は、大木に向かって横一直線に鬼喰を振り抜いた。
──斬撃
刹那、大木が切り株だけを残しスパッと切れた。
そう、折れたでも砕けたでもない。切れたのだ。
バターを切るようにとはよく言うがまさにそんな手応えだった。硬い大木の幹の切り口は不自然なほどに綺麗で、その表面は鉋をかけたようにつるりとしていて滑らかだ。
大木はゆっくりと傾き、周囲の木を巻き込みながらバキバキと音を立てて轟音と共に倒れていく。
武技の発動は問題ないようだ。
かなり武器の性能に頼っている感は否めないが、これならゴブリンどころかオーガくらいなら一撃で両断できるだろう。
そもそも、この武器はゲーム内でもチートと言われてしまうくらいのぶっ壊れ性能を持っており、バランスブレイカーと某掲示板サイトで叩かれていた。まぁ、あれだけ苦労して手に入れたんだからちょっとくらいゲームバランスをブレイクしてくれないと困るんだけどさ。そんなことを考えていたのだが。
「マスタァアアアアアーーーーー!!!」
先程まで寝息を立てていたアイカが、慌てて飛び起き血相を変えてアワアワとした様子で春夏の元まで飛んでくる。比喩的な意味ではなくて実際に飛翔している。しかし羽を羽ばたいてはいないようだ。魔法的な何かの力で飛んでいるのだろうか。
春夏はと言うと、ふふふ。と声を漏らし満足気な表情で鬼喰を納刀している所だった。
「ご無事ですか!?」
「ああ、ごめんアイカ。起こしちゃったね。大丈夫だよ。
いやースパッと切れるもんだからびっくりしちゃったよ。バターみたいとはよく言ったもんだね。魔法は大したこと無かったからぶっちゃけかなり落ち込んでたんだけど、剣なら大丈夫そう!でも何か身体が勝手に動くと言うか、自然に武技が発動できるのって不思議な感じだよ。それに闘気を纏うのって何か独特の中毒性があるね。高まっていくのを感じるっていうか・・・・・・。」
よほど嬉しかったのか春夏のマシンガントークが止まらない。
武技が使える感覚を例えるならば、1年ぶりに自転車に乗るような感じだった。スキルなんて使ったことないはずなのに、自然と使える。女神様のおかげなのかな。
アイカはひとまず安心した様子だった。先程まで張り詰めていた表情が緩んでいく。
「音がしたので見てみたら大木が倒れていたので本当に驚きましたよぉ。能力の検証を行っていたのですね。とりあえず何ともないようで安心しました!
・・・ですが念の為、お身体を見させていただきますね。」
そう言って小さな妖精姿のアイカは私の人差し指を両手でもち、目をつむってなにかに集中する。
「ん?なにかするの?」
「マスターの体の状態を解析してみます。」
「え!?」
アイカが宣言した直後、私の頭にステータスの情報が流れ込んできた。
不思議な感覚だ。なぜアイカが解析した結果を私が認識できるのか。
名称:朝比奈春夏
年齢:20歳
種族:魔王種
職業: -
ステータス レベル:1
HP:13/13
MP:1/6
腕力:21
体力:6
敏捷:5
知力:4
魔力:1
器用:3
「マスター、見られますか?」
「うん。やっぱり魔法を使ったからMPが減ってるね。」
私の言葉にほっと胸を撫で下ろすアイカ。
「ってえええええーーー!!!」
「きゃぁあああ!」
私の突然の絶叫に、アイカがビクリと肩を震わせ驚く。
おかしい。
私のステータスがおかしい。いくらなんでも低すぎる。腕力だけはまだマシだが、それ以外の項目なんてドラゴンズリングのキャラメイク直後の1/10くらいしかない。
「まって!ステータスが低すぎじゃない!?これじゃあ、ゴブリンにすら一撃でやられちゃうよ!!!」
「・・・ええと。ステータスがなぜ低いのかは分かりませんが、きっと大丈夫ですよ!レベルを上げれば強くなれますよ!それに私だっているんですから!!!」
主のあまりの落胆ぶりに、優しいアイカが私の手を取ってと言うか指を取って元気づけようとしてくれた。
「でも、アイカって妖精なんじゃないの?」
ドラゴンズリングでの妖精はとても弱いのだ。滅多に人前に姿を表さないのも、体力がとても低くて虫程度の強さしか無いので何かの拍子でプチっと死んでしまいかねないのだ。
・・・と思っていたのだが。
「今の姿は妖精ではありますが、私の感覚ではもっと上位の者だと思います。私も自分の状態を解析するので見てください!」
名称:アイカ
年齢:3歳
種族:大精霊
職業:妖精
ステータス レベル:50
HP:1399/1399
MP:10004/10064
腕力:297
体力:243
敏捷:1741
知力:3177
魔力:2242
器用:1257
「(・・・・・・あれ? こんなに強かったんだ・・・。)」
「強ぉおおおおお!!!!!」
・・・・・・虫は私の方だった。
「えっと、そのあの・・・。」
ステータス値が異常に高い。腕力と体力が他と比べると低く見えるかも知れないが、これでも前衛の攻撃職の平均値くらいはある。あとHPも低いが、俊敏がかなりあるので攻撃を当てることすら難しいだろう。そう、当たらなければ意味がないのだ。
攻撃面で言えばドラゴンズリングで言うところのメインクエストのラスボスに匹敵するレベルだ。それに特筆すべきはやはりMPの多さだろう。1万を超えているので、通常の戦闘であればMP残量を全く考慮せずに立ち回ることが可能というのはかなり優位に運ぶ。MP残量が減っているのが気になるが、恐らく飛んだり鑑定を行ったりでMPを消費したのだろう。
これほどの強さになると一般的なボス攻略パーティーでは、瞬殺されてしまうだろう。それこそ、春夏の所属していたギルド:アーセナルのメンバーが集まれば倒せるだろうが。
いや、別に戦いたい訳じゃないんだけどね。
強者と知るとつい倒す方向で考えてしまう春夏は戦闘狂を思わせることがしばしばあった。
「はぁ……」
そんなラスボス級のチートな大精霊様と比べたら、私なんて虫以下の存在だ。アイカのあまりの強さにショックを受けて、魂が口から半分出ていってしまいそうになって放心していたところ、アイカ先生が説明と言う名の言い訳を始めた。
「マスター、このステータス値は・・・その・・・女神様によって・・・」
ジト目で見つめていると、アイカの言葉が尻すぼみになり最終的には泣きそうになってしまったので、気持ちを切り替えることにした。
昔、私の母も言っていた。『人は人、自分は自分だ。』と。
よし、私もう大丈夫だよ、母さん。
◇
「アイカ、一つだけ聞きたいんだけど良いかな?」
「は、はい……。何でしょうマスター。」
アイカは別になにも悪くないのに、小さくなって恐る恐るといったふうに身構えている。叱られる前の子供のようだ。アイカには悪いけどちょっとかわいいと思ってしまった。自分よりよっぽど強いはずなのに保護欲を掻き立てられる。これが母性本能なのだろうか。
思考がそれたが、今は疑問の解消が先だ。
私はアイカに尋ねる。
「いやさ…その……
……妖精って職業なの??」