魔法
「んにゃむにゃ・・・」
泣き疲れたのか、妖精の姿となったアイカは私の手のひらの上で寝てしまっていた。
この世界に来て妖精姿になったアイカは、まるで子供のようだ。
以前のアイカの思考プロセスは、様々な情報を一定の条件で検討し、発言が必要かどうか判断して必要なら発言するといった機械的なアルゴリズムを組んでいたのだが、今はそこを感情で判断するようになったようだ。
もしかしたら、女神様がアイカの願いを汲み取ったのかも知れない。私は手のひらサイズのかわいい妖精の頭をそっと撫でながら、以前彼女が『マスター、人はなぜ泣くのですか?・・・なぜ笑うのですか?・・・』と言っていたのを思い出していた。
それにしてもこうして見ていると、本当にこの子が私の作ったAIだったなんて信じられない。
サイズ感とかはティンカー○ルそのものなのだが、見た目に関してはアイカのほうがよっぽどかわいいと思う。穏やかな寝顔を見ているとこちらまで幸せな気分になってくる。
まぁ、魂がつながっているからアイカが感じた幸せが私に流れ込んできているのもあるのかもしれないが。
「本当にかわいい。」
きっと第三者が見ても好ましく思ってくれるに違いない。
二十歳にして親ばかな春夏であった。
◇
しばらくアイカの寝顔を堪能した後。
さて、ずっと手のひらの上という訳にもいかないので、近くの適度なサイズの葉っぱを見つけて、そこにアイカをそっと寝かせた。柔らかい草をまるめて枕にする。
良かった、起こさないですんだようだ。
安らかな寝顔で寝息をたてている。
「さてと…やりますか!」
何をやるかと言うと、現状について色々と確認がしたいのだ。
ここまでの経緯を振り返ってみる。
私はアイカのせい、もといアイカ先生のおかげでこの世界にきた。その際に女神様によって魔王になってしまったらしい。そして、図らずも私は将来の夢『魔王になること』を叶えてしまった。こんな馬鹿な将来の夢は、今となっては完全に黒歴史なのだが、当時の私が今の状況を知ったらどれほど喜ぶだろうか。
だが、こうなってしまったからには今の状況を全力で楽しもうと思う。
全く知らない地に来てもなお、春夏は何処までも前向きだった。もしかしたら、アイカが一緒だからかも知れない。
父さんも言っていたではないか『人生、楽しんだもの勝ちだ。』と。
──父の場合は楽しみすぎてハメを外してしまって、母にしょっちゅう怒られていたのだが、そんなことはすっかり忘れてしまっている春夏であった。
「まずは魔法!」
試しに魔法を使ってみるようだ。
ちなみに、春夏はまだこちらの世界の自分の顔すら確認していない。『顔より魔法が先なの!?』というツッコミが何処かからか聞こえてきそうなのだが……。
どうやら春夏の能天気さはこちらの世界でも健在なようだ。
「ふう。」
私は大きく息を吐き、自分の身の内に意識を集中させた。
……感じる。湧き上がる力を感じる。
魔力の錬成から現象の具現まで、何をどうすれば良いか私はなぜか知っていた。
「これが魔力……。」
私は右手を天に突き上げ、練り上げた魔力を集める。すると突き上げた手の先からマジックサークルが出現し、無数の光となった魔力がその周囲で踊る。
「(おおお! かっこいい!!!)」
魔法だ。私、魔法を使えているんだ。すごい。
やはり魔王というだけはある。魔王と言ったら強者の代名詞だ。
きっと、すごく強い魔法が使えたりするんだろう。
私は力をもっと高めようと、更に魔力を練り上げる。制御するのが中々に難しいがやり方は分かっている。右手に意識を集中させると、集まる魔力が徐々に増大していくのを感じた。そろそろ十分だろう。
「(よし! これならすごいのが撃てそう!)」
私は初めて目にする魔法の発動に目をキラキラと輝かせながら……
力ある言葉を唱えた。
──ファイアーボール
瞬間、マジックサークルの色が煉獄色に染まった。
すると周囲を舞う魔力の光もその輝きを紅蓮に変え、転に掲げた掌の先にゆっくりと収束し始める。集まった紅蓮の煌めきは徐々に形を形成していく。
火球。
この表現が最もしっくりくるだろう、それは周囲を漂う紅蓮の魔力を取り込みぐんぐん大きさを増していく。火球の中では灼熱の炎が燃え上がり絡み合い淀みなくその球体の内側で渦巻いている。やがて周囲の魔力をすべて吸い尽くした火球の成長は止まった。
球体となった渦巻く炎を見ていると、その猛威を振るう瞬間を今か今かと待ちわびているような気さえしてくる──
──私はそれに応えた。
「行っけぇええええ!!!」
叫ぶと同時に手を大木めがけて振り下ろす。
すると、火球もそれに応えるように放たれた。
──しかし、遅い。
その動きは驚くほど緩慢だった。炎の勢いも目に見えて衰えていく。私の手元を離れた瞬間から火の粉が舞い散り、霧散しながらゆっくりと大木めがけて飛んでゆく。
ようやく木に命中する頃には、とても火球とは呼べないほどの弱々しい灯火となっていた。手元を離れたときは荒々しく渦巻いていたサッカーボールくらいの火球が、着弾する頃にはピンポン玉サイズになっていた。
命中した大木の樹皮には薄っすらとこぶし大の焦げ跡が付いているだけだ。
「弱い!
魔王なのに!!!」
これだと最弱モンスターのゴブリンにすら当てられるか怪しいところだ。仮に、当たったところで軽い火傷程度のダメージしか与えられなそうである。
魔法メインで戦うにはかなり拙い。
魔力を練り上げて火球を形成するところまでは、自分でもかなりの手応えを感じていたが、正直これは予想外だった。
以前見た漫画では、ここでとんでもない力を発揮して一つの森を消し飛ばしたりしていたけど、どうやら私の場合はそんなことは全くないようだ。
一瞬だけ思案し自分の中での回答を得る。
「練習が必要なのかな……?」
試しに先程の肯定を再度行ってみた。すると1発2発と繰り返す度に火球のスピードと威力がほんの僅かに上がっているような気がした。しかし、5発ほど魔法を試したところで急に倦怠感や疲労感のようなものに襲われる。
身体がだるい。
「まさか魔力切れ……?」
魔力の量が非常に少なかったようだ。
あと一発くらいならなんとか放つことができそうではあるが、魔力を使い切るとどうなるのかもわからない。あとでアイカがいるときにでも試してみよう。
それにしても、こんな貧弱ファイアーボール5発で限界なんて駆け出し魔法使い以下の雑魚だ。もちろん、ドラゴンズリングでの感覚なので、この世界ではこれでも伝説級ということがあるかもしれないが。そもそも、常人は魔法なんて使えないのかもしれない……。
魔法がものすごく弱い上に、練習して腕をあげようにも練習するだけの魔力もない。
完全に積みだ。
でもまぁ、別に魔法が使えないだけで死ぬなんてことはないだろうし。
それにどうにもならないことを考えても仕方ない。
今は忘れよう。
「よし。次は……。」
あっという間に現実から目を背ける春夏であった。
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おまけ。
─ 能天気な春夏 ─
私は、自分の魔法の才能の無さを知ってしまった。
このままでは『異世界に転生したら魔王だったけど最弱でした』という展開になってしまうのでは無いかという考えに頭の中が支配され、最弱魔物のゴブリンに蹂躙される未来を想像し、鬱になり、自らの手で……
……となることはなかった。
なぜなら春夏は能天気な人間だからである。
春夏の親友で、ネトゲ友達で、春夏に恋してしまった乙女の友奈が語るエピソード。
◇◇◇
友奈視点。
中学2年の夏休み。
私──友奈は、春夏の家で一緒に格ゲーをやっていた。
結果は私の1勝10負。
兄と勝負したときは私のほうが強かったのに、春夏には全然敵わなかった。たった一回だけ勝てたのは、春夏がくしゃみをした瞬間に私の必殺技が決まった1戦だけだ。
拗ねた私の様子を見て、春夏が『かあさーん、クッキーの材料ってまだあるー?』と言い出し、春夏と彼女の母さんと私の三人でクッキーを作ることになった。私と春夏はやり方を教わりながら、交代で生地を捏ねていた。
その時の春夏がとても印象的だった。
春夏は──
──腕をぐるぐると回しながら『足がいたぁ~い!』と言ったのだ。
短い静寂の後に、大爆笑する春夏の母さんと私に、
春夏ははにかんで笑った。