備忘録―2/27 日本の名曲の話
備忘録―2/27 日本の名曲の話
バラナシ駅から、予定の安宿へとオートリキシャーを走らせていたときのことである。二十歳すぎくらいの若い快活な運転手が、日本の曲を教えてくれとせがんできた。日本のヒットチャートに全くの興味がない私は歌えられないと固辞したが、相手も全く引き下がらないため、仕方なく適切な歌謡曲の脳内サーチを初めたのだった。
『もってけセーラーふく』ではハイセンスすぎるし、『恋愛サーキュレーション』はインドで歌うには甘すぎる。ならば『ワールド・イズ・マイン』……駄目だ、説明を求められた時の解説が面倒くさすぎる。
というか、なんで浮かんでくる音楽が、どれもこれもとらのあなの臭いがするもんばっかりなんだ。こいつらを日本の代表者として紹介しては誤解を生みかねない。
もっと古典へ目を向けるべきである。この青年が求めてるのは単なるポップミュージックではない。おそらく、日本ならではのメロディで、かつ日本人なら誰でも知ってる、そういった時代を超越した音楽性を求めてるはずだ。ならば2、3年で消える話題作よりも、往年の名曲を教えたほうが喜ばれるというものだ。
でも困った、往年の名曲なんてますます知らない。飛んで飛んで…違うなあ。ズン、ズンズン…駄目だ、一部層にしか受けない。
あるのか?もっと普遍的で、世界的に認められた日本の歌謡曲…それは――
「SUKIYAKI」
「What?」
「SU KI YA KI」
スキヤキ、日本人のDNAに染み込んだ心象風景。そして、現在においても日本人のみならずアジア圏歌手唯一となる米国シングル週間1位を会得した(wiki調べ)坂本九の名曲である。別名「上を向いて歩こう」。
シンプルだが味わい深いメロディだ。そして日本の歌謡曲はインド音楽とも相性がいいのではないかと常々思っていた。きっと彼も楽しんで歌ってくれるだろう。
その年の2月27日、たしかにインドのどこかで、リキシャーに揺られながらSUKIYAKIを歌う二人の若者が存在した。