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備忘録―2/26 血なまぐさいお寺の話


備忘録―2/26 血なまぐさいお寺の話


 その日私はカルカッタの地下鉄で街の郊外へと足を運んでいた。なんとか目的地の最寄り駅に降り立ったが、持ってる地図は簡素すぎてそこから先がわからない。到着した場所は完全な下町で、案内の看板も立っていなかった。


 駅の周囲をうろうろしていると、中高生あたりの少年の集団と目があった。2、3秒ほど硬直した後、少年のひとりがピンとある方向を指差した。なるほど、そっちに行けということか。少年に手振りで礼を言って、指された方向に向かう。すぐに迷った。


 するとこんどは腹の出かかった中年のオッサンが、またある方向を指差している。なるほど、あっちか。タヌキかなにかに化かされているような一抹の不安を覚えつつ、現地住民の指差すまま足を進めていくと、たしかに目的地にたどり着いた。ありがとう。



 ごった返すインド人の波を潜り抜けると、目的の建築物が目に入った。歩いて2、3分で周回できそうな小さい寺院で、その中心にはポツッと可愛らしい塔が生えるように立っている。周囲を厚い塀が真四角に囲んでおり、塔以外は内部の構造を伺えない。


 寺院に近づくと、教団の人間だろう、ヒンドゥーの女性が、人差し指で、私の額に赤い朱を描き込んだ。ヒンドゥー教徒が額につける装飾をティラカと言う。別に信者じゃないんだけども。でも、こんな寺院を見物しにやってくる観光客というのも、珍しいのかも知れない。


 この寺は名前を、カーリー寺院という。



 カーリーという神様をご存知だろうか。最近はスマートフォンゲームの影響で知った方も多いかも知れない。ヒンドゥー教の女神であるが、単なる神ではない。血と殺戮を好む戦いの女神である。その姿は、全身が青みがかった黒色で、左右にそれぞれ複数の腕を持ち、そして何よりおぞましいのは、彼女が首から掲げてる、生首を数珠繋ぎにしたネックレスだろう。


 ヒンドゥー教にも宗派というのがあって、特に三大神であるヴィシュヌ派とシヴァ派は信者も多い。カーリーは、神の位としてはその2つには及ばないが、彼女を礼拝するシャクティ派はその2つに次ぐ勢力を持つ。こんな血なまぐさい神様を信奉している宗派があると知ったときは驚いた。


 さらに、この女神は生贄を要求することで悪名高く、少なくとも19世紀半ばまでタギーという、御供を目的とした暗殺集団が確認されている。インドの山奥では未だに人身御供が行われているとかいないとか…。


 もちろん大都市のカルカッタで人間が捧げられるような事件はないが、その代わり、このカーリー寺院では毎朝10時に生贄として、ヤギの断頭が行われている。そう、今日わざわざ早朝の地下鉄を乗り継いでやってきたのも、すべてこの儀式を見るためだった。私は悪趣味が好きである。



 靴を脱ぎ、素足で寺院に入るとその荘厳な空間に圧倒された。塀の内側は小さな庭園のような作りになっており、空を遮るものは何もない。壁も地面も白のタイルに敷き詰められ、天空から降り注ぐ光源がそれに反射し、寺院全体が神々しく白銀に光り輝いている。それでいて、内部は不思議なほど穏やかな風が流れていた。


 真っ白に染まった空間に心が吸い取られそうになる。

 なるほど、神様の住処とは確かにこういうところなのだろうな、そう納得させる説得力を持っていた。

 血生臭さとは程遠いその空間に惹かれた私は、中を何周もして回った。



 寺院の一隅に、信者がお参りをする箇所がある。そこにカーリーの御本尊がある。その姿は墨を垂らしたように真っ黒で、横に開いた両眼と、縦に開いた額の眼だけが、例外的に赤く塗り染められている。黒い肌に赤い目だからかなりのインパクトだ。けれど、不思議と不気味という感情は浮かばなくて、むしろチャーミングだとさえ思った。ひょっとしたら、彼女の人気はそこにあるのかもしれない。



 さて、いよいよ儀式の時間である。寺院の片隅にある儀式所へいってみると、もう生贄用のヤギがスタンバイされていた。信者たちはしきりにヤギに祈りを込め、一礼後に首に花輪を掛けていく。彼ら・彼女らが祈っていたのは、カーリーへの伝言か、これから散りゆく命への慈悲か。


 ヤギの足元には、草花をカラフルに彩った、ヤギ用の豪勢な食事も用意されていた。そういえば、アメリカの死刑囚は最終日に好きなものを食べさせてもらえると聞く。最後の晩餐というわけだ。


 そしてヤギというのは意外と繊細な生き物で、なにか直感的に自分の死期を悟ったのだろう、断頭台に連れて行かれそうになると、物々しい鳴き声をあげて抵抗し初めた。


 きっとヤギにとってヒンドゥーの神様なんか知ったこっちゃないだろう。私だってそうだ。

 それなのに、カーリーのためにこれから命を絶たれるこの一匹の生命に、同じ異邦人としてシンパシーを覚えていた。せめてこいつの最期をしっかりと見届けてやろう、それが異邦人としてのせめてもの礼儀なのではないだろうか、なぜだか私はそう思った。


 ヤギの抵抗虚しく、首は台にセットされ、そしてナタが振り下ろされた。バスン! ヤギの頭が胴体から離れ落下した。純白のタイルに赤い液体が広がっていく。これからカーリーのもとに旅立っていくヤギの最期を、私は直視し続けた。瞳を覗き込む。ビー玉のようにキラキラと輝いていた。最期の彼の目に写っていたのは、私だろうか、それともカーリーだったのだろうか。

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