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第9話 いざ対決!

 お昼休み、私は自然と屋上へと向かっていた。


 いつものグループでお昼を食べたくないわけじゃない。


 沢渡と同じ空間にいたくないし、同じ空気を吸いたくないからだ。


 屋上に入ると、直後に誰かが入ってくる。


 振り返ると、八王子が立っていた。


「なんでジャージなんだよ」


「うっかり、お茶こぼしちゃって」


「ふーん」


 八王子はそう言うと、小さくため息をついて続ける。


「体育って一時限目だろ。朝、お茶なんか飲んでた? ってゆーか、水筒持ってたっけ?」


「え? うん……」


 私がそう言って八王子から視線をそらそうとすると。


【嘘つけ】


 八王子の額には、そう本音が浮かび上がっている。


 助けてくれるかもしれない。


 そう思ったけれど、今まで無視していた人にこんな時だけ『助けて』なんて、虫が良すぎる。


「別に、お前が言いたくないならいいんだよ。でも、何か困ってるなら言ってくれ」


 その言葉に、鼻の奥がつんとしたけどぐっと涙をこらえた。


「ありがとう」


 もう八王子に頼ってしまおうか。


 きっと助けてくれる。


 そう思って、すべて話そうとした直後。


 八王子の額に、こんな本音が浮かび上がる。


【明日が萌の手術じゃなかったら、もっと心に余裕を持っていられるんだけど】


 え? 明日、萌ちゃんの手術なの?


「ねえ、萌ちゃんの手術って、その、大変なの?」


「うん。その手術が成功すれば、萌は助かる」


「え?」


「ま、そういうことだ。だから俺は明日、萌に付き添うから休むよ」


「そっか。そばにいてあげて」


 私はそう言ってから、ぐっと拳を握る。


 ダメだ。八王子にも頼れない。


 萌ちゃんが手術だっていう時に、私のイジメのことなんか話せないよ。


 かと言って、皐月も忙しそう。


 じゃあ、頼れるのは……。


「私しかいない」


 それだけ言うと、私は急いで教室に戻った。



 沢渡に直接文句を言ってやろう。


 そう思ったけど、汚い手をつかう奴は、嫌がらせのことなんて認めないだろう。


 じゃあ、どうすればいのか。


 通りすぎる生徒の額の本音を見て、ふと思いつく。


 そうだ、私にはこの能力があるんだ。


 有効活用してやろーじゃないか。


 そう考えた途端、ふと名案が思いつく。


「あれを借りられれば、計画は完璧」


 私はそれだけ呟いて、八王子の姿を探した。


 八王子の姿を見つけるなり、こう聞いてみる。


「ねえ、ちょっと教えてほしいことがあるんだ、その演劇部について」


 自分にも武器があるとわかった途端、なんだか防御力の高い鎧をまとっているような気分になれた。



 放課後に沢渡の首根っこを掴んで、誰もいなくなった教室に引っ張りこんだ。


「ちょっと! なにすんのよ!」


 沢渡が怒鳴りつけてくる。


「いや、それこっちの台詞なんだけど」


「はあ? なに言ってんの?」


【まさかイジメが私の指示だってバレた?】


「うん。バレてるよ」


「え?」


【なんで? 声に出してないよね、私】


「声に出してないよ」


「なに? どういうこと? 気持ち悪いんだけど」


 沢渡の表情が少しだけ緊張したように見える。


【なんなのこいつ】


「なんなのこいつ、は私の台詞」


「……さっきからなに? まるで私の心、読んでるみたいな」


「読んでるんだよ」


【頭おかしくなったの?】


「おかしくなってないんだよ。残念ながら」


「そんなわけない。心が読めるなんて嘘でしょ」


【どんな手をつかってるの?】


「どんな手もつかってないっつーの」


「やめて!」


 沢渡はそう言って私から後ずさる。


 その顔には恐怖の色が浮かんでいた。


 額には、こんな本音が浮かび上がる。


【こんな不気味な奴と八王子君が仲がいいだなんて……】


 それを見て私は、一気に畳みかけることにした。


「あのさ、勘違いしないでほしいんだけど、私と八王子君のこと」


「勘違いって、別にあんたみたいなのを八王子君が相手にするわけないでしょ」


「そうね。というか、まあ、ここだけの話」


 私はそこで言葉を切り、わざと教室の外を見てからめいっぱい声のボリュームをしぼって続ける。


「私のお客だから」


「は?」


「八王子君は私のお客なのよ」


「お客ってなによ」


「私、心が読めるだけじゃないのよ。ちょっとした薬もつくれたりするのよね」


「薬? なに言ってんの?」


【やだ、こいつヤバいこと言いだした。逃げなきゃ】


 私はスカートのポケットの中に忍ばせておいた物を取り出し、沢渡に見せる。


「ちょっといい材料が入って、久々に惚れ薬をつくれることになったんだけど、あんたもどう?」


 私の言葉に沢渡は、「惚れ薬だなんて存在するわけ――」と言ったきり、黙りこんだ。


 その視線は、私の右手に、正しくはプラスチックのケースに注がれている。


 静かな教室で、ごくりと沢渡が生唾を飲み込む音が聞こえてきた。


 プラスチックのケースの中の物を目玉だと判断した沢渡は、その場に尻もちをつく。


 顔が真っ青だ。


「もちろん材料が高いからタダなんてわけじゃないからね。おまけにあんたは私をイジメてたから本当は材料と使いたいくらいだけど」


「やめて、もう、本当に」


 ガタガタと震えながら、蚊の鳴くような声で沢渡が言う。


「だけど、私にこれ以上関わらないって誓うなら、材料にしない」


「しない、しない」


 沢渡はこくこくと頷く。


「ついでにこのことも内緒ね」


 私の言葉に頷く沢渡の額には、【死にたくない!】と書かれてある。


 かなり怯えているみたいだ。


 だけど、これでちゃんと反省したのかなあ。


 少し不安になったので、私は沢渡に突然、思いきり顔を近づけた。


 沢渡が声にならない悲鳴を上げる。


 私は奴の目を見てから、顔を離した。


「うーん。あんたの目は汚いから薬の材料にはならないね」


 私の言葉に、沢渡はとうとう這って逃げ出す。


 そして、よろよろしながら教室を出て行った。



「さすがだな」


 私はそう言って右手にあるプラスチックのケースを見る。


 そこにあるのは、作り物の目玉。


 これは、以前、社会科資料室にあった演劇部の小道具だ。


 演劇の部の人に許可をもらって借りてきた。


 さっき八王子に聞いたら、大会が終わったから、これをつくった先輩は目玉を捨てるところだったらしい。


 なので、『いいよあげるよ』と演劇部の先輩は快く譲ってくれた。


 そんなわけで、クオリティの高い、むしろ遠目で見れば本物の目玉にしか見えない作り物は大いに役に立った。


 そして、私のこのおかしな能力も大活躍した。



「なんか疲れた……」


 私はそう呟いて、その場にしゃがみこんだ。


 なぜか、涙がこぼれてくる。


 足が、ガタガタと震えていた。


 だけど、悲しいんじゃない。


 自分がイジメを撃退したんだ。


 誰にも頼らずに、私は沢渡にガツンと言ってやれた。


 だけど今までの嫌がらせがなくなるわけじゃない。


 安心したのと、嫌な記憶とこれからの不安がごちゃ混ぜになって、涙となって後から後からこぼれ落ちる。


    

 次の日、ビクビクしながら学校に行くと下駄箱はきれいだったし、上履きもあった。


 教室の机も異常なし。


 沢渡の手下女子ズは、見かけないし、沢渡自身は怯えた目でこちらを見て逃げて行く。


 もう、大丈夫だ。


 そう思って心底、ホッとした。


 席についてぼんやりしながら思い出す。


 ああ、そういえば、今日は萌ちゃんの手術の日だっけ。


 成功するよ、きっと。


 私はそう自分に言い聞かせて、もう一つの問題を片づけることにした。


 もう一つの問題が大きいわけだけど。

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