第7話 デート未遂
家に帰ると、私はクローゼットを開けて「うーん」と腕組みしたポーズのまま固まっていた。
自分の服のセンスがないことに絶望したのではない。
明日、着る服に悩んでいるのだ。
男の子と出かけるからオシャレをするのではない。
相手が八王子だから気合いを入れるのではない。
待ち合わせ場所がそれなりに都会だから、変な格好をしたくないだけだ。
私は青色のマキシ丈のワンピースを手に取る。
ふんわりとしたラインと色合いが夏っぽい。
もう七月になったんだし、このくらい涼し気でもいいかな、と思うものの。
だけど、気合い入ってるって八王子に思われたくない。
「じゃあ、これかな?」
私は、適当なTシャツを体に当て、鏡を見る。
中央にどーんとスイカのイラストが描いてあって、私は結構好きなんだけど。
これにジーンズって、さすがにコンビニに行くとかそのくらいの気軽なファッション。
さすがにこれでは、八王子に『ダサい』とか言われかねない。
「うーん。どうしたらいいんだろう」
私はスイカTシャツを体に当てたまま、考え込んだ。
ネットでコーディネートを調べたり、気合いが入り過ぎていないけどオシャレに見える服を考えたりして、床はあっという間に引っ張りだした服で占拠されていく。
でも、こうして服を選ぶのは苦痛じゃない。
むしろ、楽しいと思える。
私も普通の十四歳なんだなー。
額に本音が見える以外は。
それにこのおかしな能力のおかげで、八王子の弱みも握れたわけだし。
まあ、弱みを握ったところでどうしようもないけど。
私は服を選びつつ、そんなことを考える。
なんだか服を選ぶのが楽しくなってきてしまった。
今までタンスじゃなくて、クローゼットの肥やしになっていた服に袖を通すのは楽しいなあ。
「二時間しか寝てない……」
私はそう呟いて大きなあくびをする。
時刻は朝七時ちょうど。
もう少し眠りたいところだけど、色々と準備をして待ち合わせ場所まで向かうとなると九時には家を出たい。
じゃあ、八時には起きなきゃなあ。
「あと一時間かあ」
私はそう呟き、大きく伸びをした。
もう起きてしまおう。
遅刻して、八王子に迷惑をかけたくはないし罵られたくもない。
そう思い、ベッドから降りる。
クローゼットの前の床は服が散乱していた。
あのあと、散々、服に悩んで、決まったのが午後三時過ぎ。
それからメイクの動画を見ていたら窓の外はすっかりと明るくなっていた。
ようやく寝たのが午後五時。
寝不足だけど、まあ、帰ってきてから眠ろう。
私はあくびを連発しながら準備を始めた。
待ち合わせ場所には、午後九時四十分に着いた。
駅前広場には、まだ八王子の姿はない。
なんだかドキドキするな。
それは、八王子と出かけるからではない。
買ってから一度も着ていない服で外にいるからだ。
結局、私はあーでもないこーでもないと服を選んだ結果。
薄いピンク色の生地に胸の上にちょこんと水色のリボンがついたイラストのあるTシャツにジーンズ、ジーンズ生地のサンダルに、白いショルダーバッグポシェットというところで落ち着いた。
Tシャツや靴、ポシェットが若干、女の子っぽ過ぎるかな?と思ったけど、いざとなれば『原宿系』という便利な言葉がある。
そもそも私、原宿系好きだし。
そんな言い訳をもやもやと考えつつ、三十秒起きにスマホを確認。
随分と今日は静かだ。
「今日は朝から一度もメッセージが来ないなあ」
そう呟いて、小さくため息。
そこで私は、ん? と首を傾げる。
なぜため息をつくんだ。別にメッセージは来なくてもいいのに。
今日、妹さんの誕生日プレゼント選びが終わったら、メッセージをやりとりする理由もなくなる。
だからもう八王子からもメッセージは来ないだろう。
うん、私も既読スルーしなくて済む。
うんうんと頷いたところで、額に汗がにじんでいることに気づく。
今日は随分と暑い。
太陽がじりじりと容赦なく照り付けて、日焼け止めなんか効果がなさそう。
「次の電車までまだ時間あるからコンビニに入ろ」
私はコンビニに入ることにした。
ついでに自分の分のジュースとそれから、ついでに八王子の分のジュースも買っておいてあげるか。
私は二本のペットボトルを手に、鼻歌混じりにレジへと向かった。
だからなんで鼻歌?!
私はハッとして、何事もなかったかのようにレジの列に並んだ。
遅い、なんてもんじゃない。
私はスマホと駅を交互に睨みつける。
あれから一時間が経った。
八王子は来る気配がないし、さっきからメッセージを送っているのに読んだ形跡すらない。
まだ寝ているのだろうか。
じゃあ、電話をかけて起こすべきか。
散々、悩んだ末に、「やめよ」と言ってスマホに触れた瞬間。
うっかり電話がかかってしまった。
慌てて切ろうとしたら、すぐにメッセージが聞こえる。
どうやら電源が入っていないようだった。
電源を切っているのか、それとも充電をし忘れたのか。
どちらにしても、これじゃあ連絡が取れない。
「帰ろうかな」
私はそう呟いたものの、もう少しだけ待ってやることにした。
来たらパフェ奢ってもらおう。
正午になった。
さすがに二時間の遅刻は、怒りではなく心配になってくる。
まさか事故にあったんじゃないのだろうか。
それとも熱中症で倒れているのではないか。
そんな嫌な想像が頭の中を駆け巡る。
だけど、ただの寝坊かもしれない、と思う冷静なもう一人の自分がいる。
もし、遅刻だとしたら私は寝不足でも二十分前に着いたのに、二時間の遅刻ってどうなの?
それって私は所詮、
そこまで考えて、ふと気づく。
所詮、なんだろう。
実際に私は、所詮、ただのクラスメイトじゃないか。
今日は別にデートでもなんでもない。
ただ妹さんの誕生日プレゼントを選ぶのに付き合わされるだけ。
八王子にとっては、私はクラスメイトで連絡先を知っている存在。
それだけなのだろう。
じゃあ、私にとって、八王子はなんだろう。
そこまで考えた時、ふと頭の中にこんな言葉が浮かぶ。
『好きな人』
違う、好きなんかじゃない。
そう否定したてみたけれど、『好きな人』という言葉と八王子の顔が頭から離れない。
ああ、そうだ。
私、前から八王子を意識していたんだ。
それを見てみぬふりしていただけ。
いつからだっけ。
そう思ってぼんやりと記憶を手繰り寄せる。
ああ、そうだ。
八王子とお昼食べると気楽で、鈴木に付き合ってるんじゃないかって言われた時もかばってくれて。
性格悪いシスコンだと思っていたけど、案外良い奴じゃん。
そう思って、私は、どんどん好きになっていた。
そんなことわかっていた。
だけど、八王子は皐月の好きな人。
そう思うと、どうしても自分の気持ちを直視したくなくなかった。
認めてしまえば、私は心から皐月を応援できない。
だからずっと見てみぬふりをしてきた気持ち。
今日、こうして二人きりで、どういう理由であれ出かけられることが舞い上がるくらいにうれしかった。
だけど八王子にとっては、どうでもいいことだったんだ。
だからきっと、来ないんだ。
時刻は午後一時。
八王子はまだ来ないし、メッセージは読んだ形跡はない。
私は『帰るね』とだけ送信して、それから駅に戻って電車に乗った。
もう、八王子への想いは消してしまおう。
あきらめて、次の恋を探そう。
それがいいんだ。
私は窓の外に視線を向けて、ぼんやりとそんな決意をする。
車窓の外に、高校生くらいの男女が二人で楽しそうに歩いている姿が見えた。
デートかな。
「いいな」
私も早くまともな男子に恋をしたい。