第6話 メッセージ
帰り支度を終えて机を離れようとした時。
私の机に誰かが触ってきた。
顔を上げると、八王子。
なんだか、こんなに間近で顔を見るのが久々だ。
一緒にお昼を食べなくなって一週間くらいしか経ってないのに、一年ぶりに会ったような気分。
八王子は無言で、去って行った。
その額には【気づけよ】という本音があった。
なに?
ふと、八王子が触れた机の隅を見ると、白い紙が置かれてある。
二つに折りたたまれていた紙は、ノートの切れ端だ。
なんだか妙にドキドキしながら中を開くと、こう書かれてあった。
今週の土曜日、空いてる?
萌の誕生日が近いから、プレゼントを選びたいけど女子が多い店に入りにくい。
そんなわけで、付き添いよろしく。
きれいな字でそう書かれてあり、下の方には八王子のスマホの『ライヌ』のIDが書かれてある。
「さすがシスコン」
私はそう呟きつつ、メモを胸ポケットにそっとしまった。
家に帰ってから、八王子にメッセージを送った。
いいよ。
土曜日の何時?
返事はすぐに届いた。
じゃあ、十時で。
私が返事しようとすると、続いてメッセージがくる。
午後じゃないからな。
午前十時な。
私はすぐさま返事をした。
そんなことわかってる。
それを送信したあと、ぴんこんとメッセージの音。
私はがばりと体を起こすと、スマホを操作する。
「なんだ皐月か」
無意識のうちに呟いた言葉に、自分で驚いた。
え、なんで私、こんなこと言ったの?
まるで八王子からのメッセージを待っているみたいな……。
「それはない!」
私はそう言いきって、ベッドから勢い良く跳ね起きる。
そもそも、皐月の好きな人とメッセージのやりとりなんかしていいのかな。
しかも、本人はこのことを知らないし。
妹さんへのプレゼントを選ぶ、というのだって微妙だし、皐月には言えないのに。
自分が皐月の立場だったら、きっと怒るというよりはガッカリすると思う。
「ああ、そうか。皐月も誘えばいいのか」
私はそう思って、皐月を誘うことにした。
皐月に『今週の土曜日、空いてるー?』と送ると、『なになに? デートのお誘い?』と冗談めかした返事。
八王子君の妹さんのプレゼントを選ぶのに付き合ってほしい、という事情を説明する。
すると皐月は、こう返事をしてきた。
ごめん、その日、バイト入ってた。
二人で行ってきてー。
そのメッセージを読み終えると、私はなぜかホッとする。
なんでここで安堵するんだ?
むしろ『えー、皐月が来られないんじゃ私も行かない』とか言うところじゃないのか。
それに皐月もあんまり気にしないんだなあ。
やっぱり、『妹さんのプレゼント選び』というのが、緊張感がないどころかシスコンが滲み出てるってことかな。
デートじゃあ、ないもんな。
私はそう思って、再びベッドに寝転んだ。
目を閉じると、ふと皐月との思い出がよみがえる。
小学校四年生の時、私が男子にイジメられていたのを、皐月が助けてくれたんだよね。
『あんた達、みっともないよ!』と背中に飛び蹴りをいれてくれたのだ。
とてもきれいな飛び蹴りだった。
……じゃなくて、何も言い返せない私とは正反対の皐月を心底、尊敬した。
それからも、皐月は『なにかあったら私に言いなよ? 今度は竹刀で撃退したげるから!』と言ってくれたのだ(当時、皐月は剣道を習っていた)
心強い味方から、親友になり、私は皐月に感謝してもしきれない。
だから、こうして彼女の恋のキューピッドになろうとしたのに。
私、何やってんだろ。
どちらにしても、妹さんの誕生日プレゼント選びが終わったら、二人で出かけるということないか。
そんなことを考えて、私はスマホを枕元に置く。
すると、メッセージの音についつい反応してしまう。
あて先は八王子から。
内容は……。
出来のスタンプ、かわいくねえな。
「どうでもいいな」
私はそう呟いて、既読スルーをすることにした。
「出来、ちょっと」
金曜日の休み時間。
私は八王子に呼び出されて廊下の隅に連れて行かれる。
「なに?」
「なんで俺のメッセージ既読スルーすんの?」
「え? 返信必要?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
八王子はそこまで言うと、額にふっと本音が浮かび上がる。
それはたった一言。
【寂しい】
私は胸がずきりと痛み、同時になんだかくすぐったい気持ちになった。
そんな本音とは裏腹に、八王子は口を開く。
「毎回、毎回、俺のメッセージを既読スルーすんのは何なの? 人としてどうなんだよ」
「あんたもマメだよね……。読んでるから大丈夫だよ」
「じゃあ返信してもいいだろうが」
「ほしいの?」
私の言葉に八王子が、こちらを睨みつける。
「いらねえな」
その額には【なんだ返事くれないのか】という本音。
私は八王子に気づかれないように、ため息をついた。
ふと誰かの視線を感じて、辺りをキョロキョと見回す。
まさか、皐月じゃないよね?
この話、全部、聞かれてないよね?
そう思って探してみたけど、ちょうど沢渡さんが教室に入っていくのが見えただけだった。
沢渡さん、私も忘れかけていたけれど、八王子に告白してたよね。
あれからきっぱりあきらめたのかな。
あきらめたほうがいいよ、八王子はシスコンだし、完璧王子でもなんでもないんだから。