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第5話 告白

 それから私と八王子は、約束もしていないのに屋上でお昼を食べるのが当たり前になった。


 お互いに『一人で食べている』という認識ではあるので、気が向いた時に話しかけたり話しかけられたりして、実に気楽な時間。


 ある日、ふと八王子がこう聞いてきた。


「そういえば、橘って親友だろ? いくらクラス違ってもお昼は一緒に食べるもんじゃねーの?」


「皐月が『同じクラスでも友だちはつくりなさい』って言うから」


「そりゃまあそうか。それで、今はぼっち、と」


「ぼっちではなかったんだけどね」


 私がそう言うと、八王子の額に【いや、ぼっちだろ】という本音が。


 しつこい。


「そういう八王子だって、完璧なキャラ演じて疲れてるんでしょ?」


「疲れることもあるけど、もう作業になってるって前も言ったろ」


「でも、それってなんか……」


「萌がうちの中学に入った時に、『お兄ちゃんは完璧』って思ってもらえるなら、俺は疲れてもいいんだよ」


「そのキャラも妹さんのためってわけね」


「そう。完璧キャラを演じつつ、萌に近づこうとする男子は裏でこらしめる」


「こらしめるって」


 私の言葉に、八王子は不敵な笑みを浮かべて答える。


「この良い人キャラでできたコネをつかって、萌に近づく男子の黒歴史や恥ずかしい秘密をゲットして弱みを握る」


「ああ、こりゃあ酷いシスコンだわ」


 私がそう呟いた時、屋上の扉が開く音がした。


「八王子君。ここにいたんだ」


 そう言ってこちらに歩いてきたのは、うちのクラスの女子とそれから歩くスピーカーこと鈴木。


「なに?」


 八王子は、作り笑顔をべったりと貼りつけて二人を見る。


 その額には【うっわ、なんでよりにもよって鈴木もいるんだよ】と浮かび上がっていた。


 うん、それには同意。


沢渡(さわたり)ちゃんがー、八王子君に言いたいことあるんだってー!」


 やたらとデカい声で鈴木が言った。


 もじもじしている沢渡という女子。


 ああ、なるほどこれは告白か。


 私はそう思ってそっと退散する。



 屋上の扉を閉めた直後、「好きなの。付き合ってください」という沢渡さんの声が聞こえた。


 なぜか私は、八王子の返事まで聞こうとしている。


 なにやってんだ、別に八王子が誰と付き合おうが関係ない。


 そもそも性格悪いから皐月にだって紹介したくないほどの男子だ。あと酷いシスコン。


 そんな奴が告白されたから、私はその後の行方を見届ける義理はないし、八王子だって聞かれたくないだろう。


 だけど、それでも私はその場から石のように固まって動けない。


「ごめん。俺、沢渡さんとは付き合えない」


 八王子の言葉に、ホッと安心した。


 いや、これはあれだよ、あれ。


 沢渡さん、むしろフラれて良かったよ、だって八王子って酷いシスコンだもん。


 そういう安堵だ。


「ひっどーい! 八王子君。沢渡ちゃん、泣かしたー!」


「鈴木さん、私別に泣いてないけど」


「最近、あたし、八王子君と出来さんが二人きりで屋上でお昼食べてるの知ってるんだからねー!」


 鈴木の叫び声がうるさい。


 沢渡さんはなぜ、こんなのに告白を付き添ってもらったんだろう。



「ねえ、でこっちと八王子君、付き合ってるの?」


 放課後、久しぶりにグループ(元)の女子に話しかけられたと思ったら、そんな内容だった。


「え? 付き合ってないけど」


「だって、鈴木さんが言ってたよ。いつも屋上で二人きりでお弁当食べてて、『あーん』とかし合ってる上に、お弁当を食べ終えたら『デザートはお前だ』って八王子君がでこっちにキスしてるって」


「ひどい噂だなあ」


 私が小さくため息をつくと、鈴木が騒ぎ出す。


「ねえねえ、八王子君、出来さんと付き合ってるなら付き合ってるって認めれば?」


 そんな鈴木の額には【人の噂って楽しい!】という本音。


 こいつ、本当にうっとおしいな。


 ざわつく教室で、八王子はゆっくりと口を開く。


「僕と出来さんは付き合ってないよ。ただ」


 八王子はそこで言葉を切って、周囲を見てから続ける。


「最近、出来さんはクラスから孤立していて、おまけに悩みもあるみたいだし、家庭はギクシャクしてるみたいで、本当に大変そうで。だから僕が色々と相談に乗っていただけなんだよ」


 おいおい。よくそんな嘘をまあぺらぺらと。でも孤立は間違ってない。


 すると、一人の女子が言う。


「まさか、屋上で二人がお昼を食べてるのって、最初は出来さんが屋上から自殺しようとしてたのを八王子君が止めたとか?」


 ちげーよ!!!


 そう叫びたかったけど、八王子はあろうことか、黙って何も言わなかった。


 そのせいで、「出来ちゃんかわいそう」と女子たちが言い、私を哀れむような空気になる。


 女子たちに囲まれる中、教室を出ていく八王子の姿が見えた。


 彼は私の視線に気づき、少しだけ笑う。


 その額には、【ぼっち卒業だな】と書かれてあった。


 ああ、そっか。


 わざとこういう流れをつくってくれたんだ。多分。


  

 次の日から私は、元のグループに誘われてお昼を食べることになった。


 額の本音は見ないようにして、話を合わせるだけ。


 正直、全然、楽しいお昼じゃない。


 メインが恋バナだからじゃない。


 彼女たちの本音を知ったからでもない。


 ただ、八王子と食べる方が気楽だからだ。


 それだけなんだ。


 きっといつか、私はこのお昼の状態にだって慣れる。


 そんなことを考えながら、ちらりと教室の黒板のほうを見ると、八王子が他の男子と共にお昼ご飯を食べていた。


 八王子とも、もうああやって言いたいことを言い合えなくなる。


 ああ、清々するなー。


「でこっち聞いてた?」


「え? なに、ごめんボーッとしてた」


「まさか、完璧王子、見てた?」


「見てねえよ!」


 私が思わずそう叫んでしまい、「あ、ごめん」と謝ると、話を振ってきた女子の額に【図星かよ】という本音が浮かび上がる。


 他の女子の額にもそれぞれ、【へー好きなんだ】【そりゃ好きでしょ】【そうだよね】と。


 お前ら額の本音で会話するなよ……。



 楽しい楽しい学校生活。


 ぼっちは卒業したし、親友はいるし、何の問題もない。


 あとは好きな人ができて両想いになれたら、最高だけど。


 私は好きな人がいないし。


 そんなことを考えつつ、今日も帰る支度をする。

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