第3話 残念王子
そんなわけで、完璧王子の超残念ポイントを見つけてしまった私は、家に帰って悩んでいた。
このことを、どうやって皐月に伝えるべきなのだろうか、と。
そもそも、皐月は八王子君に告白をする予定があるのかな。
そして、皐月は八王子君のことをどれくらい本気で好きなんだろう。
「じゃあ、そこから聞こう」
私はベッドにうつぶせになりつつ、スマホを操作する。
皐月にメッセージを送った。
内容はこうだ。
もし、皐月の好きな人がシスコンだったらどうする?
全然、さり気なくないけど、あんまり遠まわし過ぎても伝わらないかもしれない。
もしかしたら皐月なら『あ、八王子君ってシスコン?』って察してくれる可能性だってある。
私はスマホの画面をじっと見つめて返事を待っていると、すぐに答えがきた。
うーん、家族を大事にするのは良いことだね。でも、程度問題かな。
至極真っ当な意見だ。
程度問題ということは、重度(多分)のシスコンである八王子君は論外ということになる。
皐月、それを知ったらショックを受けるかなあ。
私は頭を抱えて、ベッドの上をごろごろと左右に転がる。
「そもそも私が伝えるべきことか?」
そんな疑問が頭に浮かんだ時、皐月から新しいメッセージが届く。
なになに? もしかして実瑠、好きな人でもできた?
なるほど、そういうふうに勘違いしたか。
私は『違うよー。ドラマ観てたらそんな疑問が浮かんだだけだよ』と、嘘をついた。
そして、スマホの画面をじっと見つめながら思う。
皐月、好きな人ができたって私に打ち明けてくれないなあ。
もともと小学校の時から自分の話を積極的にしないタイプだったけどさ。
ちょっと寂しいな……。
朝起きれば、額に本音が見えるなんて奇妙な出来事も消えてるかも。
そう思って眠りにつき、朝、両親の額を見て愕然とした。
今日も私は、他人の額を気にして生きていかなきゃいけないみたいだ。
憂鬱な気分で足取りもそれなりに重く、学校へ向かう。
なるべくすれ違う人の額を見ないように歩いた。
「おはよう、実瑠」
廊下と皐月とバッタリ会い、私は「おはよう」と返す。
「それにしても、吹奏楽部、朝練多いよね。皐月、大変だねー」
「大変だけど楽しいからね」
そう言ってニッコリと笑う皐月に癒されていると、ふと周囲に人がいないことに気づく。
今なら、皐月に八王子君の秘密を打ち明けてもいいのでは?
そんな思いがよぎって、私は「あのさ、皐月」と口を開く。
すると、皐月がこちらを見ていないことに気づく。
彼女の視線の先は、ちょうど登校してきた八王子君の姿だった。
八王子君は二人の女子に話しかけられている。
「ねー、八王子君、これ、なにー?」「変わった趣味だよねー」
八王子君の隣を歩いている女子二人は楽しそうだ。
好かれてるな、さすが完璧王子。
昨日から彼を観察しているのと、額の本音が見えるようになったからから分かったのだけど、『四天王よりも私は完璧王子派』という女子も少なくはない。
なんかムカつくから『八王子君は重度のシスコンだよ!』とか叫んでやろうか。
……やらないけど。
ふと、皐月を見るとぼんやりと八王子君を眺め、ため息をつく。
その額には【ああ、やっぱり好きだなあ】という本音。
だめだ、相当、これは恋してるんだな。
どうしようか、それなら尚更、八王子君のシスコンぶりをバラすのは酷な気がしてきた。
傷が浅いうちに、と思っていたけど皐月の表情から察するにどっぷりと恋をしている。
八王子君、皐月に何しやがったんだ、あの野郎!
こんな美人で性格も良い皐月に好かれておいて、お前は妹が好きだとぬかしやがる!
私はそこでハッとする。
「そうか、あっちを変えればいいのか」
「ん? どうしたの? 実瑠?」
「ううん。なんでもない」
私はそれだけ言うと「またねー」と皐月に手を振り、自分の教室へ戻った。
教室で女子数名に話しかけられている八王子君を見て思う。
皐月にこの恋をあきらめさせるのではなく、八王子君を変えればいいんだ。
つまり、八王子君にいかに皐月が完璧な女子かを気づかせればいい。
お前よりも完璧な人間はいるんだよ、と教えてやるのだ。
そうすれば、八王子君は皐月に惚れるに決まっている。
私は八王子君が席を立ち、廊下に出た瞬間を捕まえる。
【トイレ行こう】という額の本音が見えたからだ。
初めてこの能力が役に立った気がする。
私は八王子君を廊下の隅に引っ張り、それから言う。
「ねえ、今日のお昼、一緒にお昼食べない? 私と三組の橘皐月って子の三人で」
「嫌だ」
八王子君は、無表情でそう言い放った。
額にも【絶対に嫌だ】という本音の文字が浮かび上がっている。
「なんで?」
「一緒にお昼を食べるメリットがない」
「お昼を一緒に食べるのにメリットがいるんだ……ってゆーか、昨日とキャラ違わない?」
「出来さんには色々バレたから、もういいか、と思って」
【あのいい人キャラ、面倒くさいし】
「ふーん。私にだけ、繕わないのね?」
「まあ、そういうこと」
「他のクラスメイトには、継続するのね?」
「そうだよ、俺のイメージだからね」
八王子君が何やらそわそわしている。
額に【トイレ……。早く解放しろこのバカ】と書かれてあった。
うっわー。こいつ、けっこう性格悪いな。
私は一切の情を捨てることにした。
「そっかー。しょうがないなあ。じゃあ、今のキャラが本性だとか萌ちゃんのこととか、クラスの鈴木さんに話しちゃおっかなあ」
【うっわ、あの歩くスピーカーに話す気か!】
「どうせ誰も信じないだろ」
「録音してるのに?」
私がそう言ってスカートのポケットに手を入れると、八王子君は舌打ちをした。
「今日だけな!」
それだけ言うと、八王子君は私を睨みつけてトイレへと走って行った。
私は小さくなる八王子君の背中を眺めて満足していた。
だけど、ふと疑問に思う。
あれ? あんな性格の悪い奴、皐月とくっつけちゃまずいんじゃあ……。
私はそう心配したものの、こう思い直す。
あんな態度を取るのは私だけかも。
好きな人にはもっとデレかもしれないし!
お昼休みの屋上には、私と八王子君の二人きり。
しかも周囲には誰もいない。
物理的にも二人きりだ。
「橘さんが来るとか言ってなかった?」
八王子君の問いに、私はため息をついて答える。
「さっき誘いに行ったら、生徒会役員の会議があってお昼を食べながらやるんだって……」
「へえ、生徒会役員なんだ。さすがだね。誰かさんとは大違い」
八王子君、もといシスコンはそう言って鼻で笑った。
【なんでこいつと二人きりなんだ。罰ゲームかよ】と額にも本音が。
「ってゆーか、八王子君ってなかなかに性格悪いよね。それでよく『完璧王子』だなんて呼ばれてるよね」
「そのあだ名、ダサいよなー……」
シスコンはそう呟くと、その場にどかりと座りこんだ。
あれ? 教室に帰らないの?
そんなことを考えていると、シスコンは言い訳みたいに言う。
「たまにはこういう静かなところで弁当を食べるのもいいかもな」
【田中たちに『今日は一人で食べたい気分だから』って言ったから戻りにくい】
額の本音はとても正直で、そして思わず納得した。
私も教室に戻ってもぼっちだし、今日は皐月は生徒会役員室だし、ここでいいか……。
そう考えて、私もその場に座りこんだ。
シスコンは「まあ、隣に変なのいるけど」とか呟きつつ、お弁当箱を開けた。
なんとなく、そちらをちらりと見ると。
卵焼き、から揚げ、アスパラのベーコン巻き、ほうれん草のおひたし、俵型のおにぎり二個という、かなりきちんとした上に美味しそうなお弁当だ。
「まさかまた録音とかしてないよな? それならもう出来さんのスマホごとここから投げ捨てるだけだけど」
「してないよ。……ってゆーかスマホごと? それって私も投げるって意味か!」
「そう解釈してもかまわないけど」
冷静な物言いでも、怒りをまとった口調に私は黙りこむ。
額には【出来なら俺でもなんとか担ぎ上げられそう】と。
物騒な!!!
一昨日までの、完璧王子だと信じていた時であれば絶対に信じない言葉だけど、今はこいつの怒り狂う姿も想像できなくもない。
とりあえず、こいつの怒りを鎮めよう。
なんか怖い。
私は、とりあえず、話題を振ってみる。
「ねえ、お弁当、美味しそうだね」
「やらねえよ?」
「いらねえよ」
「じゃあ、なんだよ」
シスコンがこちらを睨みつけてくる。
「いや、お弁当きれいで美味しそうだなあって褒めようと思ったけど、もういい」
「俺が作ったんだから当たり前だろ」
「へー。お母さんとかじゃないんだ」
「母親は忙しいから。それに、今の時代、男も料理はできるようになっておくべきだし、何よりも料理ができると周囲の受けがいい」
【毎日はなかなかキツイけど】という本音が額に現れる。
「なんでそんなに周囲の目を気にするの? 妹さんは小学生でしょ?」
「自慢の兄を続けるのは悪いことか?」
「別にいいんじゃない?」
私の言葉に、【疲れたなあ。早退してえ】という本音がシスコンの額に見えた。
「ねえ、でもさ、疲れない? そうやって誰にでも優しくするの」
「もう無心でやってるし、作業的だから」
シスコンの言葉に納得した。
だから、最初の頃は額に何も見えなかったんだ。
無心で何も考えずにしていたから、本音が見えなかったのか。
「なんか仕事みたい」
「今から仕事の経験ができるって貴重だろ」
「前向きだなあ……」
「出来さんに言われると、バカにされてるようにしか聞こえない」
「ひどいな……。してないよ……」
私がそう言うと、シスコンが笑いだした。
いつもの控えめな笑いではなく、なんとなく底意地の悪い感じのやつ。
私はムッとして聞く。
「なに?」
「いや、『バカにされてるようにしか聞こえない』は冗談だったけど、本気で落ち込むなよ」
「落ち込んでないし」
「いやー。なかなか、からがいがありそう」
そう言ったシスコンの額には【こいつ面白い】と書かれてある。
やっぱり、性格悪いな!
私がそう思っていると、シスコンが思い出したように言う。
「明日は、橘さん来られるの?」
「大丈夫だと思うけど」
「じゃあ、明日を楽しみにしておく。華があるのは大歓迎」
「はいはい。悪かったよ、雑草で」
「雑草ってゆーかラフレシア」
「女子に言う台詞じゃないよね」
「脅せば一緒に飯を食ってもらえると思っているような奴は女子ではない」
「ああ、そうですか」
私がそう言って、イチゴミルクを飲み干すとシスコンは立ち上がる。
「じゃあ、また明日。明日は是非、是非、橘さんを連れてきてくるがいい」
「妹さんに言うぞ」
「……つーか、俺への妹の愛は、その辺の女子とは比べものにならないんだけど」
額に【萌についてなら、丸一日は語れる】という本音があった。
シスコンスイッチを押してしまう前に退散しようと、私は立ち上がる。
ふと、視線を感じてシスコンを見ると、額にはこう書かれてあった。
【久々に気楽なお昼休みだったな】
これって、褒め言葉なんだろうか。