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第2話 完璧王子の秘密

 なんとか皐月の力になりたくて、八王子君を観察してみたけれど、彼はやっぱりおかしかった。


 授業中も、休み時間も、彼の額に文字が浮かび上がらないのだ。


 もう一つ大きな疑問点は、『完璧王子』のわりにあまりモテている雰囲気がないこと。


 私が首を傾げていると、クラスの女子の話し声が聞こえた。


「八王子君、さすが完璧王子だよねー」


「本当だよね。あ、もしかしてユミって完璧王子のこと好きなの?」


 そう言った女子の額を見ると【まあ、私は青山君一筋だけど】という本音が浮かび上がっている。


 そして、ユミと呼ばれた子の額にも【私が好きなのは白井君なんだけどね】という本音が。


「八王子君は優しいし気配り上手だけどー、それだけって感じじゃない?」


「わかるー」


 女子二人はそう言って盛り上がっている。



 なるほど。


 完璧王子だからってモテるわけじゃないんだね。


 さっきの二人の額に登場した、青山君と白井君は、うちのクラスのイケメン四天王と呼ばれている男子のうちの二人だ。


 あと二人は今、教室には見当たらないけど、どうせ告白でもされているのだろう。


 なんせ、イケメン四天王はその名前のごとく、驚くほどのイケメンなのだから。


 四人でファッション雑誌に出たこともあるとかなんとか。


 四天王は、別に気配りができるわけでも女子にやたらと優しいわけではない。


 ただイケメンという理由でうちのクラスの女子のハートを奪っているのだ。


 イケメンって強いな、ある意味。


 だけど、顔がいいという理由ではなく八王子君の性格で好きになった(多分)皐月は、やっぱりちゃんと見てるなあ。


 さすが私の親友。


 そんなことを考えて、なんだか妙にうれしくなる。


 ふと、八王子君の額を見ると、やっぱり本音は浮かび上がっていなかった。 


     

 八王子君が初めて本音を見せたのは次の授業のこと。


 英語の担当教師(独身女性・三十歳)が、イタリア旅行でプロポーズめいたことを言われて、断ってやったとかいう雑談を始めると、彼の額に【それはプロポーズではなく、ただのナンパなのでは】という文字が浮かび上がっているの見た。


 それが初めて彼の本音が見えた瞬間である。


「やった!」と思わず言葉に出してしまったので、英語教師にキッと睨みつけられた。


「なんで先生がマリオンに恋人がいたことを知った瞬間に喜ぶの?!」


 泣きそうな先生の額には、【マリオン、まだ忘れられない】という本音が浮かび上がっている。


「ごめんなさい。いや、その、本当にごめんなさい」


「謝っても無駄よ! どうせスマホいじってたんでしょ? 出しなさい。没収するから」


「え、いじってません」


 私が両手を耳の位置まで上げて、何も持っていないことを示す。


 しかし、英語教師は【ちっ、なんかムカつくわね】という本音を額に貼り付けつつ、こちらに歩み寄ってくる。


 なんとなく私のグループ(元)女子たちの額を見てみると【かっわいそー】とか【早く授業終わらないかな】とか【でこっちのせいで、話の続きが聞けなかった! ムカつく!】などの本音。


 え? そんなに先生の話っておもしろかったか?!


 いやいや、そうじゃなくて。


 同じグループでお昼ご飯などを共にした仲なら、庇ってなんて言わないから、せめて同情くらいしてほしいものだ。


 もう本当にお前らとは遊んでやらない。


 その点、皐月は中学の頃から私を庇ってくれたな……唯一の親友だ……。


 そんな現実逃避という記憶の旅に出ようとした瞬間。


「さ、出来さん、スマホ出しなさい」


 英語教師が目の前でそう言ってにっこり微笑む。


 額には、【あー。生徒の物を没収する瞬間ってストレス発散ねー!】となかなか最低な本音が。


 なんかもう逃げられない気がする。


 私が観念しようと、ブレザーのポケットに手を入れようとした瞬間。


「先生、何か勘違いをしていませんか?」


 そう言って立ち上がったのは、八王子君だった。


「え? なにが?」


 先生は八王子君のほうを振り返る。


 クラス全員の視線が彼に集中した。


 八王子君は落ち着いて話し始める。


「先生は、マリオンという男性にプロポーズされたんですよね? でも彼には恋人がいた、それって最悪な男ですよね」


「ええ、まあ、そうだけど」


「先生は、マリオンのプロポーズをきっぱりと断った、先生は先ほどここまで話されました」


「そうね。その直後に出来さんが『やった!』と叫んだのよ」


「つまり、先生がそんな悪い男にひっかからなくて良かった、という心の声が思わず声に出ただけなのではないのでしょうか?」


 ナイス出来君! 相変わらず君のおでこには、何も見えないけど。


「はい、そうです。出来君の言う通りです!」


 私も彼の意見に乗っかることにした。


 先生はため息をついてから、「そう」とだけ呟く。


「まあ、いいわ。確かにそうね」


 そう言って悲しそうな顔をする先生の額には、【そうよね、出来さんは私の話を熱心に聞いてくれていたのよね】という本音。


 うっわー、なんて素直な人だろう。


 そして、八王子君はにっこりと微笑んでから口を開く。


「先生はとてもすてきな大人の女性なんですから、マリオンより良い男性なんか星の数ほどいますよ」


「そうかしら?!」


 先生は照れていたものの、【やだ、八王子君ってば。私のこと好きなのかしら?】という本音が浮かび上がっている。


 あーあ。先生まで惚れさせる八王子パワー、恐るべし。



 その日の休み時間、私は八王子君にお礼を言った。


「ありがとう。フォローしてくれて」


「いや、いいんだよ。あの先生、ちょっとしつこいから、絡まれると面倒だよね」


 八王子君は、そう言ってイタズラっぽい笑みを見せる。


 額には【疲れたなあ】という本音。


 一時限目にしてお疲れモードなのか、それとも私が世話をかけたのだろうか。


 後者なら申し訳ないなあ。


 すると、かすかに何かが振動する音が聞こえてくる。


 八王子君はハッとして、ズボンのポケットに手を突っ込んで、それからやさしく微笑んだ。


「じゃあ」と私から離れる八王子君の額をちらりと見てみると、【もえからの返事だ!】という本音が見えた。


 八王子君の手にはスマホが握られていて、にこにこしながら画面を見ていた。


 萌? 女の子の名前だよね。


 あんなにうれしそうにしてるってことは……。


 まさか、彼女?!


 私は八王子君から視線をそらし、それからため息を一つ。


 完璧王子に彼女がいてもおかしくないか。


 ああ、このショッキングな事実は皐月に伝えるべきかなあ。


 でも伝えにくいなあ。



 今日は、お昼休みはぼっち決定だと思いきや、何かを察した皐月が一緒に食べてくれた。


 別のクラスで話したこともあまりないというのに、皐月のグループの女子たちは『一緒に食べよう』と優しく声をかけてくれたのだ。


 おまけに、みんなほわんとしていて、本音も【わかるー】とか【すごいなあ】とか毒がないものばかり。


 ああ、癒される……。


 しかも別れ際には、「また明日もおいでよ」とみんな言ってくれた。


 額には【またケモミンのモノマネ見たい】【あの子のモノマネ、レベル高い】という本音が。


 うん。私のモノマネが役立って良かった。


 というか、姪っ子用に覚えたモノマネでここまで楽しんでくれるなんて思わなかったな。


 私、三組の生徒になりたい。


   

 私はとぼとぼと重い足取りで地獄の一組に戻りつつ、ふと足を止めた。


「あ! 皐月に八王子君に彼女がいること教えるの、すっかり忘れてた」


 まあ、周りに他の子がいる状態じゃあ教えられないか。


「萌ちゃっんて、どういう子なんだろ」


 私はそう呟き、皐月よりも美人なのかなあと色々と想像としてみる。


 そして、ドアに手をかけようとした時。


 背後から声をかけられた。


「出来さん」


 振り返ると、八王子君が立っていた。


 やばい……。今の独り言、聞こえたかな。


 いや、誰かに聞こえるほど大きな声で呟いたつもりはないから大丈夫。


 私がそんなことを考えながら「なに?」と聞いてみる。


 八王子君はにこにことしたまま口を開く。


「なんで萌のことを知ってるの?」


 聞こえてたーーーー!!!


 私は慌てて言い訳をしようと試みるが、不意打ち過ぎてうまく頭が回らない。


「えーっと。色々とあって……」


 さすがに額に書いてあった本音を見たとは言えないし、言っても信じてくれないだろうな。


 八王子君は、にこやかな笑みをたたえたまま、「そうか」と頷く。


 その額には【気になる】と大きく書かれてある。


 え? なに? そんなに気になる?


 ってゆーか、なにが気になるの?


 私が戸惑っていると、八王子君は相変わらず笑顔のままでこう言った。


「今日の放課後、この教室に残っていてくれないかな?」


 彼の額には相変わらず【気になる!】としか書かれていなかったのだ。


 

 放課後。


 私は教室でぼんやりと席に座っていた。


 教室にいるのは、私だけ。


 八王子君は呼び出したくせにまだ来ていない。


 そもそも八王子君が、なぜ私を呼び出したのか不明。


 何が気になるのかもわからない。


 一つだけ予想できるのは、萌ちゃん――つまり、八王子君の彼女のことについての話だということ。


 私は、「まだかなー。帰りたいなー」とぼやきつつ、大きく伸びをする。


 がらりと教室のドアが開く音がして入ってきたのは、八王子君だ。


「遅くなってごめん。恋花こいばな先生につかまった上に、話がやたら長くて」


 ああ、英語の恋花先生、もう八王子君をターゲットにしたんだ。どんだけ肉食系だよ。ってゆーか、生徒をターゲットにしちゃダメでしょ。


 そんなことを考えていたら、八王子君はスクールバッグを肩にかけ直し、笑顔で言う。


「わざわざ呼び出してごめんね。ここじゃあなんだし、ファミレスでも移動する? それともカフェ?」


「は?」


「あ、大丈夫。僕の奢りだから」


 八王子君の屈託のない笑みの上、つまり額には【一つ残らず萌のことを教えてもらおう】と書かれてある。


「萌って子、八王子君の彼女じゃないの?」


 私は思わず言葉に出してしまい、ハッとして両手で口を覆う。


 途端に八王子君の顔から笑みが消えていき、能面のような表情になる。


「萌は僕の妹だ」


「あ、そうなんだね」


「彼女だったら、どんなに良かったか……」


 八王子君が、そう言って俯いた拍子にじゃらっと音がした。


 何の音かと思ってそちらを見ると、俯いた八王子君の首元から銀色のチェーンが覗いている。


 チェーンの先にぶら下がるペンダントトップは、五十円玉くらいの大きさの丸いこれまたシルバー製の厚みのあるプレートのようなもの。


 八王子君はそのペンダントトップを私が見ていることに気づき、小さくため息をつく。


 それから彼は、ペンダントトップを開いた。


 ああ、写真が入れられるやつか。ロケットだっけ。


 そう思ったと同時に、誰の写真が入ってるんだろうという疑問もわく。


 八王子君は、ロケットに入ってる写真を見つめている。


 だけど、ここからでは少し距離があるので、写真に何が映っているのか確認できない。


 でも、【うう、萌……】という八王子君の本音から察するに、写真は妹さんのようだ。


 だけど、家族の写真を普通、持ち歩くものかなあ。


 よほどの事情がない限りは、ないと思うなあ。


 そこまで考えて、私は悲しい結論にたどり着く。


 まさか……。妹さん、もう亡くなったんじゃ……。


 それなら、ペンダントに写真が入っているのも、やたらと彼女の情報に固執するのも頷ける。


「もしかして、萌ちゃん、妹さんはもう」


「小学六年生だよ」


「そんな、まだ小学生なのに……」


「そう、まだ小学生だ」


【そしてかわいい】


「でも、私は妹さんのことは知らないの」


【やっぱり萌、かわいい】


「じゃあ、なんで妹の名前を?」


 八王子君の視線は、写真の妹さんに固定されたままだ。


【ああ、かわいい】


「それは、ちょっと風の噂で」


「そうか。まあ、小学校でも人気者だし、噂になるのも無理はないな」


【やっぱり萌はかわいい】 


「あの、聞いていいかな?」


「なに?」


「なんで妹さん、亡くなったの?」


「誰が、萌が死んだなんて言った?」


 八王子君はそう言ってこちらを思いきり睨みつけてくる。


 その表情はまるで氷のように冷たい。


 彼のこんな顔を見るのは初めてだ。


 背筋がぞくりとして、思わず後ずさりをした。


「いや、だって写真を持ち歩いてるから」


「かわいい妹の写真を持ち歩いて何が悪い?」


「え? あ、別に何も悪くないです」


「萌をいつでも見ていたいという兄心を、誰もわかってくれない!」


 八王子君は、珍しく声を荒げた後で、再び写真に視線を落とす。


【萌、かわいいな】


 妹さんの写真を見る時の八王子君は、頬が緩みっぱなしで鼻の下なんかも伸びて、今にも顔がとろけそうだ。


 何よりも八王子君のこの本音。


 さっきから【萌、かわいい】しか言ってない。


 私は確信した。


 こいつ、ただのシスコンだ!


 しかも多分、重度。

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