表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

「覚悟は出来てる……おもいっきり殴ってくれ!!」


「えっ!? む、無理です!!」


 生まれてはじめて体験した卒倒事件の次の日、同じクラスの真澄に頼み込んで、葉月さんを屋上に呼び出していた。


「本っっっ当に、申し訳ない! すみませんでした! ごめんなさい!!」


 あろうことか女子を男子に間違えるなんて。


「姫川さん、もういいから。男子に間違われるなんて日常茶飯事だから!」


 気にしてないなんて明るく笑顔で言われる。何ていい人なんだ。


「伊織ちゃん、サイテー」


「ホントよね、葉月さんが可哀想!」


 それに比べて、そこの野次馬連中。


「う、うるさい! つーか、お前ら何で居るんだよ! 教室に帰れよ!!」


「伊織ちゃんが失礼なことしないように見張ってま~す」


「同じく!」


「するか!」


 あたしにだってジョーシキはちゃんとあるんだよ。悪いことをしたら謝るっていうジョーシキは。


「ふふっ……姫川さんて、すごく楽しい人なんだね」


 噂とは全然違うからびっくりしたと、葉月さんが優しく笑う。いつでもみんなの噂の的になるなんて……これも美人の宿命か。


「ポジティブに捉え過ぎてるけど、あんた内容ちゃんと分かってる?」


 黙ってれば超絶美少女、性格はクソより更に上、目を合わせれば誰彼構わず突っかかってくる狂犬、彼女が通りすぎた後は死体すら残らないなど、不名誉極まりない噂の数々が真澄の口から溢れ出てくる。


「誰だ……? そんなウソ八百並べてるヤツは?」


「いや、全部ホントだけどね~」


 見つけ次第ぶっ殺す。完膚なきまでにぶっ殺す。


「そんな物騒なことばっか考えてるから、妙な噂が流れるのよ? ほら、見てみなさい?」


 真澄の目線は彼女の方に。


「葉月さん、引いてるわよ」


 同じく目線を向けると、さっきよりも若干距離が離れたような。


「ち、違う! ぶっ殺すっていうのは、ぼこぼこにするって意味だから! 血祭りにしてやるって意味だから! ホントに殺したりしないから!」


「心配しなくても千秋ちゃんだってちゃんと分かってるよ。てか伊織ちゃん、それフォローになってないよね~?物騒なことには変わりないし~」


「だ、大丈夫……ちょっとビックリしただけだから!」


 それでもこの場から立ち去らないのは、やっぱり優しいからだろう。そんな葉月さんが思い出したように、言葉を切り出した。


「お詫びをしてくれるって言うなら、一つ聞いてもらいたいことがあるんだけど……いいかな?」


「な、なに? 何でも言ってくれ!」


 勉強を教える以外なら何でもOKだから。


「実は、今度知り合いの人と二人で遊びに行く約束をしてて……。それで、その……私ってこんな見てくれだから、オシャレな服とか女の子らしい服とか一枚も持ってないんだ」


 気恥ずかしそうに、でも幸せそうに葉月さんが話す。


「だから、もし嫌じゃなかったら……姫川さんと羽田さんに洋服選びに付き合って欲しい……かな?」


「あたしも?」


「うん。姫川さんは凄く美人だし、羽田さんは学校で一番のオシャレだから。二人に見てもらえたら、自信になるかなって……どうですか?」


「………………」

「………………」


「ひ、めかわさん? 羽田さん?」


「ごめんね~、ちょっとばかし待っててあげて。別に千秋ちゃんのお願いが嫌ってわけじゃないから。ただ二人とも喜びに浸ってて、トリップしてるだけだから」


「は、はい」


「伊織ちゃんの存在がでかすぎてアレだけど、実は真澄ちゃんも伊織ちゃん以外に女友達いないんだよね~」


 言いたいことはハッキリ言うし、女子独特の仲良しごっことか苦手だし。おまけに美人でグラマラスだから男子にモテるし、そのお陰で、やっぱり女子には目の敵にされる。あたしと真澄は、他に女友達と呼べる存在がいなかった。


「だからさ、純粋に嬉しいんだよ。千秋ちゃんが誘ってくれて」


「そうなんだ……羽田さんとは同じクラスだけど、あんまり話したことなかったから……私も嬉しいよ! それに姫川さんとだって、仲良くなりたいし!」


「だって。どうすんの? いつまでも固まってないで返事して」


「はっ! い、行きます!」


「今から行きましょ! すっっっごく、かわいい服選びに行くわよ!」


「えっ!? 今から? ……けど、授業が」


 よし、サボろう。あたしと真澄が同時にハモる。


「ダメです。この不良娘ども。千秋ちゃんは部活だってあるんだから!」


「えぇーー!! 星夜のケチ!」


「なら明日はどうかな? 土曜日で学校休みだし、部活も午前までだから。お昼からなら何時間でも大丈夫!」


「じゃあ、決まりね!」


「待ち合わせ場所はどうする~?」


「う~ん……1時に駅前の時計台の前は?」


「OK! そこで待ってるよ」


「って、星夜も来るのか?」


 女子の買い物なんかについて来たってつまらないだろうし……ぶっちゃけ来んなよ。


「仲間外れなんて酷いよ。それに男目線も取り入れた方がいいでしょ?」


「確かに。なら星夜くんも特別参加ということで」


「俺も行っていい? 千秋ちゃん」


「うん、私は構わないよ」


「優しい~……」


 どっかの誰かと違って。そうやってあたしを見てくる星夜の目が、昨日のように据わりかけている。拒絶するのを許さないって訴えるみたいに。


「分かったよ、分かりました! どうぞ、星夜さんも参加して下さい!!」


「エヘヘ……ありがとう、伊織ちゃん」


 いつだって最後には、あたしが折れる。それがお決まりのパターン。


「じゃあ、また明日」


 最後にみんなでアドレスを交換し合って、その場は一旦解散となった。












◇◇◇











「……………………」


 そして約束の日、部活を終えた葉月さんと合流したのはいいが、


「ごめんね、どうしてもケンちゃんもついてくるって利かなくて!」


「……………………」


葉月さんと共に現れた謎のチビ助に、メンチを切られ続けている。現在進行形で。


「別にいいよ~? 5組の明石くんだよね?よろしく~」


 明石(あかし) 健介(けんすけ)。星夜の情報曰く、野球部のチビ助。


「……………………」


「ちょっとケンちゃん? ちゃんと挨拶してよ」


「……チッ、よろしく」


 なんだその舌打ち、完全に舐めくさった態度に思わず拳が震える。


「伊織、駄目よ? 今日は楽しく買い物するんだから」


 そう諭す真澄の目も、若干血走っている。


(そうだ! 喧嘩は不味い。葉月さんの為にも大人にならなくては!)


「あ、明石くん……だっけ? 葉月さんとはどういう」

「あ"?」


 うん、殺そう。彼女が見てないところでボコボコにしてやるからなチビ助!


「私とケンちゃんは幼馴染なんだ」


 無愛想なチビ助の代わりに、葉月さんが答えてくれた。


「へぇ~そうなの? 何だか伊織と星夜くんみたいね」


「そ、れでね……昨日、姫川さんと屋上に行ったことを話したら、その……」


 言いにくそうに言葉を濁す。あたしと屋上に行ったことが何だって言うんだろうか。


「ソイツが千秋を屋上に拉致したって聞いて、しかも今日はソイツと一緒に出かけるって言うから、千秋がパシリにされねぇか心配してついてきたんだよ」


「なんだとこのガキャ!? 拉致ってなんだ? 拉致って!」


「はいはい、落ちつこうね~」


「2組の奴ら全員が言ってたぜ」


 真澄と葉月さんには悪いけど、2組潰す。セメダイン大量に買ってきて、入り口と窓に塗りたくって、開かずの教室にしてやるからな!


「何度違うって言っても納得してくれなくて……」


「仕方ないよ、日頃の行いが悪いから」


 誰とは言わないけどって、誰のことだよ。


「ケンちゃん、失礼な態度取るんだったら帰ってよね? 姫川さんたちは、私の為に今日来てくれてるんだから!」


「………………」


「ケンちゃん、返事は?」


「…………分かったよ」


 葉月さんとチビ助のやり取りに、なんだか既視感を覚える。そんな二人を見て思い出したかのように、星夜はあたしに向けてこう言った。


「伊織ちゃんも無闇に暴れたりしないでよ? 街中で不良見つけても、飛び蹴りしたりしないでよ? カツアゲしてる奴がいても、逆にソイツからカツアゲしようとしないでよ? 変態が現れても、木に吊るしたりしないでよ? それから……」


「分かったよ! てか、どんだけ出てくるんだよ!?」


 お前は母さんか何かか? 一時休戦、とりあえずチビ助のことは忘れてやる。


「話は済んだ? なら行きましょ! とびっきりいい女になるためにね!」


 真澄の楽しそうな声を皮切りに、あたしたち一行は買い物をスタートさせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ