表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

男装の王子様!?

「姫川ーーッ!! どこだーーッ!?」


 今日も今日とて、我が担任である熊川 三郎の雄叫びが、盛大に響き渡っている。


「バカが……出てこいって言われて、ノコノコ出ていくヤツがいるかよ」


 三郎とのかくれんぼは毎度お馴染みのことで、今のところほぼ負け越しているが、今日こそは逃げ切ってみせる!


「とは言っても教室に帰れば待ち構えてるだろうし……しゃーない、5限目サボるか」


 屋上は寒いし体育館は三郎の聖域……となると、保健室だな。そうと決まれば行動あるのみ。デザートのメロンパンが入った袋を握りしめ、目的地目指して階段を駆け下りる。


「あ、返事忘れてた」


 逃げてる途中にメールが届いていたのを思い出す。差出人は幼馴染で下僕の星夜。『サボる』たった3文字だけを打って星夜に送った。まさにシンプルisベスト。


「……ん?」


 すぐさま返事が来た。『どこで』と。星夜もあたしも絵文字や顔文字の類いはいれない。


「アイツもサボる気かな?」


 最後の階段を3段飛ばして下りる。もうそこの角を曲がれば保健室は近い。


「あ、危ない!!」


 駆け足で廊下を曲がる。目線はスマホ。だから気付くのが遅れた。曲がった先に人が居たことに。


「う、わぁっ!?」


 ドーンと衝撃が走る。いつぞやのマリアンヌ程ではないが。メロンパンは宙に、あたしは後ろ向きに、ゆっくりスローモーションで倒れて行く。このままじゃ美少女が尻餅なんて屈辱的な格好をさせられる……なんて思ったその時、寸でのところで、あたしの腕を長くてしなやかな手が掴んで引き寄せた。


「ぶっっ!?」


 顔面が胸板に。どうやらかなりの長身のようだ。


「ごめんなさい、大丈夫?」


 ハスキーボイスが心配そうに声を駆けてきた。視界いっぱいに青い体操服が広がる。ということは、あたしとハスキーボイスは同学年か。


「てめー……ちゃんと前見、て」


 歩けよなんて、自分のことは棚に上げて、文句を言うと顔を上げれば、そこには麗しい王子様が。


(……か、かわいい)


 ベリーショートの髪にスッキリした目鼻立ち。そしてピンクの唇。何より心配そうに見てくる表情が、子犬のような可愛さを醸し出している。


「あ、あの?」


(この学校に、こんな素敵な王子様がいたなんて!!)


 なぜ今まで出逢えなかったのか、神様も気まぐれにも程がある。


「だ、大丈夫……ですか?」


 何も言わずキラキラと目を輝かせる。この人こそが運命の王子様。


(わたくし)、ひめ」

「見つけたぞ、姫川ァ……」


 前回の反省点を生かして、とりあえず自己紹介をしようと思った矢先、後ろから悪魔の声が聞こえてきた。


「はっ、しまった!?」


 王子様に気を取られて、三郎のことをすっかり忘れていた。


「フッフッフッ……さぁ、職員室へ行こうかね、姫川くん」


 悪役さながら、気持ち悪い笑顔で近づいてきて羽交い締めにされる。


「な、離せっ! あたしには王子様が!!」


「何を分けわからんことを……みっちり説教してやるからな! 覚悟しろ!!」


 困惑している表情(かお)も何て可愛いのか。三郎にズルズルと引きずられて行くなか、そんな事を考えていた。












◇◇◇











「えっ!? 王子様に出逢った!?」


「うん、メロンパンでもいけたぞ!」


 説教地獄から生還したあたしは、親友の真澄に今さっきの出来事を話していた。てか、メロンパンどこいった?


「同じ学年でベリーショートの王子様かぁ」


「すんげーかわいかったぞ」


 王子様って、普通は格好いいものなんだろうけど。……まぁ、たまには可愛い王子様がいてもいっか。


「……そんなヤツいたかしら?」


 大抵の男子はベリーショートだし。隣で唸るように真澄が首を傾げて考えている。


「うちはマンモス校だからね~」


 2年生だけでも500人を超す数の多さだし。そう言って、あたしと真澄の会話に割って入ってくるのは、裏切り者の下僕。


「ちょっと酷いよ~伊織ちゃん。裏切り者呼ばわりするなんて」


「明らかな裏切り者だろうが!? 三郎に居場所チクったのお前だろ!!」


 てっきり一緒にサボるつもりだと思ってたのに。まさか敵側の内通者だったとは。


「お前なんて絶交だ! 謝るまで口きいてやんねーからな!」


「そう言ってるそばから普通に話ししてるじゃない?」


「謝るって……逆に感謝してほしいぐらいだけどね。伊織ちゃん、1年の冬を思い出してごらんよ?」


「はぁ? なんだそりゃ?」


「赤点常習犯で尚且つサボり魔、あと一回でもサボったら留年だって断言されたの忘れた?」


 そう言えば……去年の今頃、そんな事あったような。


「頭空っぽだからって、記憶まで失くしてたら世話ないね」


「なっ!?」


「あの時だって俺が助けてあげたから、ちゃんと進級出来たんだよ? この前の中間、そして今回の期末、やっぱり体育と音楽以外赤点だったのに、授業サボってる場合じゃないでしょ?」


「えっ!? 伊織、テスト全滅だったの!?」


 全滅じゃねーし。体育と音楽は満点だったし。てか、何サラッとばらしてんだよ!


「なに? なんなのその目?」


 文句でもあるのかと聞かれて、ありすぎるわと答えたいけど、星夜から溢れでてる威圧感に言葉が出てこない。つーか、こいつ何か怒ってる? さっきから目が据わってるような……。普段は温厚で滅多に怒らないけど、昔からキレたら人一倍めんどくさいんだよな。


「なぁ真澄、星夜何かキレてね?」


「はぁ……鈍いって罪ね」


 やれやれと真澄に呆れられた。てか意味が分からん。鈍いって何が? 怒りたいのはこっちなのに、微妙な空気が辺りを流れる。


「おーい、姫川! お前に」


「あぁ"!?」


「ひ、姫川さま、あなた様にお客様がいらしてます!!」


 この空気を打破するのにちょうどいい、クラスメートから来客を告げる声。


「客? 誰だ」


「お局じゃない?」


 お局とは3年女子全体を指す。喧嘩でも吹っ掛けに来たのだろうか、むしゃくしゃしてたし相手になってやろう。


「伊織ちゃん? 話し終わってないけど?」


「た、タンマ!」


 星夜の冷たい視線から逃れるように、入り口へ早足で歩いていく。


「あ、よかった。さっきはごめんなさい」


 そこにいたのは、お局じゃなくて麗しの王子様だった。


「な、なんでここに!?」


「これ、落としたでしょ?」


 そう言って差し出されたのは、あたしの学生証とメロンパン。


「どっかで見た顔だなって思ってたんだけど、学生証覗いたら姫川って書いてあって。それで隣のクラスの姫川さんだって分かったんだ」


 なんて心優しい麗しの王子様。わざわざメロンパンを届けてくれるなんて。


「あれ? 葉月さん?」


「あ、羽田さん!」


「し、知り合いなのか……」


 どうやら顔見知りのようだ。王子様と。真澄に聞いてみた。


「えぇ、同じクラスの葉月 千秋(はづきちあきさんよ」


「よろしく、姫川さん」


「よ、よろしく」


「てか、あんた……もしかして?」


「なになに~、伊織ちゃんが言ってた王子様って」


 またまた会話に割って入ってくる星夜。さっきまでの不機嫌が嘘のように笑顔。


「葉月さんのこと!?」


 や、やめろよ~。本人の前で。何か照れる~。


「えっ? 王子様?」


 言われた本人はキョトンとした顔で、こっちを見ている。


「バカっ! 常々バカだと思ってたけど、ここまでのバカだったとは!!」


「痛っ!? なにすんだ真澄!」


 なんで頭を叩く!


「よ~~く、ご覧なさいっ!」


 葉月さんを。そう言われて改めてマジマジと観察する。


「うん、かわいい!」


「あ、ありがと」


「じゃなくて! もっと見るとこあるでしょ!」


 制服とか制服とか。二回も言わんでも分かるわ。


「制服? なんで……制ふくな、んて──」


 そこではじめて気がついた。


「あ、あれ?」


 見間違いだろうか、麗しの王子様は、何故か女生徒の服を着ていらっしゃる。


「伊織ちゃん、目を凝らして見ても何も変わらないよ?」


「えっ……じゃあ、まさか──!?」


「あ、えっと……うん。私、こう見えても女なんだ」


 なんかごめんね。苦笑いの葉月さんに謝られた。


(じょ、女子──!?)


 衝撃の事実。


「あ、ちょっ、伊織!?」

「伊織ちゃん!?」


 恥ずかしさ爆発、馬鹿さ全開の己に対する精神的ショックからか、そのまま卒倒した。あたしは、とっさに星夜に抱き止められた腕の中で、国語で習ったある言葉を思い出していた。


 『穴があったら入りたい』。まさしく今、この時。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ