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「くっそ~! 三郎のヤツ、許すまじ!!」
昼休みを奪った恨みは、必ず晴らす。
「今度あいつの車に誰も知らないアニメのキャラ描いて、痛車にしてやるからな!!」
「そんなことばっかするから怒られるんでしょ?」
「うるさい、裏切り者!」
「その裏切り者が、音楽室まで弁当運んであげたんだから許してよ」
見つかんないように食べてたけど、最前列だからすげー丸見えで、頭に指揮棒が飛んできたけどな。
「鬼瓦先生も怒ってたけど、伊織ちゃんのお腹があまりにも煩いからって、食べるの許可してくれたじゃん?初めてだよ、合唱の声よりも腹の音がデカい人間見るの」
「元はといえば、星夜のせいだぞ! あたしはお前が呼び出しから帰ってくるまで、食べずに待ってたのに!」
「はいはい、ごめんね。これからは昼休みには呼び出しに応じないから」
ということは、それ以外で呼び出されたら行くわけか。ま、まぁ……あたしには関係ないけど。
「星夜、」
「ん?」
「あの、な……」
星夜を見た。確かに昔から整った顔してたよな。世間一般でいうとこのイケメンってやつか。
「どうしたの?」
「……いや、その」
小学校の時は、あたしの方がデカかったのに、いつの間にか追い抜かれちまった。
「お腹空いた? ファミレスまでもう少しだよ?」
「……空いたけど……空いてない」
一緒に空手道場に通ってたころは、モヤシ体型だったのに。今じゃ細マッチョ、脱いだら凄いんです状態。
「ホントにどうしたの?」
普段はのほほんと間抜け面さらしてる癖に、そんな真剣な顔だって出来るようになったんだな。
「……彼女、」
「ん?なに?」
星夜って、すげーかっこよかったのか。
「彼女できたら言えよ。別に怒ったりしないから! そりゃあ、お前が誰かと付き合うようになったら……こうやって二人でつるむこともなくなるかもしんないけど、それでも星夜は大事な幼なじみで下僕だからな!」
あたしなりの精一杯の気遣いを伝えたはずなのに、ほんの一瞬だけ、あの頃の泣き虫星夜の顔が。
「せ、いや?」
「いらないよ、かのじょなんて」
でも、またすぐにのほほんとした顔に戻ったから、気のせいかもしれない。
「伊織ちゃんの面倒みるので忙しいから、彼女なんていらない……井手さんにも山内先輩にも、そう言って断ったよ」
「……ん? ちょっと待てよ、山内って?」
「先週、伊織ちゃんが3年校舎の中庭歩いてたら、上からバケツの水かけられたでしょ? あの先輩だよ」
あぁ! あの学園のマドンナとかいって調子にのってた女か! 自分は手を汚さず取り巻き連中にやらせた!!
「授業中に拉致して、取り巻き連中共と一緒にプールに突き落としてやった女だろ?」
11月のプールは、さぞ冷たかろうに。化粧で化けてたが、プールの水で素顔さらしたとたんに、学園のマドンナから転落したんだったな。
「しょせんは造られた美しさ。天然美少女のあたしを差し置いて、学園のマドンナを名乗るなんて百億万年早いわ!!」
担任に叱られて、その腹いせで車に絵を描いて、また叱られて。
「伊織ちゃんといたら毎日が楽しいのに、彼女なんか作って一緒にいられなくなったら、もったいないよ」
「そっか」
「だから伊織ちゃんが王子様を見つけるまでは……ずっと、おれのとなりにいてね?」
「おう!」
彼女なんかいらない、そう言った星夜の言葉に少しだけホッとした。
「ところで、俺たちが運んでるこの大量のニンジンはなに?」
ビニール袋いっぱいに入ったニンジンを両手に持って歩いている。白馬の王子様が待つファミレスへ向かう途中、スーパーで購入した。
「これはお詫びの印」
「どういうこと?」
「真澄が言ってたけど、馬って脚を怪我したら大変らしいじゃん? それによくよく考えたら、飛び出していったあたしも悪いし……」
「てゆーか、向こうは一切悪くないよね? よく考えなくても、伊織ちゃんだけが悪いと思うよ」
なんて言う星夜はやっぱり無視で。
「だから、アイツにあげようと思って」
ファミレスの駐車場に停まってる車の横に、見覚えのある白馬。そいつに近づいて行く。
「えっと……確か、マリアンヌだ!」
星夜が名前を呼ぶと、ピクピクっと耳を動かした。どうやらあたしたちを覚えているようだ
「朝はごめんな……あたしは羽根のように軽いけど、ぶつかったら痛いよな。これ、お詫びの印。よかったら食べてくれ」
ニンジンを一本差し出す。マリアンヌは目を輝かせ尻尾を揺らすと、パクっと美味しそうに食べてくれた。
「おい! 見ろ星夜! 食べてくれたぞ!!」
ほら……なんて、星夜を見たら優しい顔で笑ってやがる。その顔に、ほんのちょっとたけドキッとした。
「うん、よかったね」
「あ、あぁ!」
「俺もあげてみていい?」
「うん」
あれ? なんか甘い空気醸し出してね? すげー居心地悪いんだけど。そもそもここに来た目的を忘れるな! あたしには王子様が待ってるんだから!!
「あ、ここにいらしたんですか?」
救・世・主!この空気をも救ってくれるなんて、さすが王子様。
「ん? もしかして……マリアンヌにニンジンを?」
「あ、ダメでしたか? まさか食べさせちゃいけないとか!?」
「いえいえ、彼女はニンジンが大好きなんです」
「良かったー。あっ、今朝はすみませんでした。あたし……じゃない、私、姫川 伊織と申します」
「僕は、シャルロット・ピエール・石井 螢です。よろしく」
それ……ただの石井 螢じゃね?なんてツッコミは飲み込んだ。
「天彦 星夜です、よろしくね」
「シャルロットさんは、外国人か……なにか?」
気になって聞いてみた。
「いえ、生まれも育ちも日本です」
「じゃあ、ご両親が外国人ですか?」
「いいえ、我が家は先祖代々日本人家系です。ちなみに髪は染めてます」
じゃあ、やっぱりただの石井 螢じゃね?
「マリアンヌよかったね、ニンジンは帰って食べようね。……それにしても伊織さんは外見も美しいけど、内面はもっと美しいんですね」
「そんな~! よく言われます!」
「一度もないよね? 性格はクソで通ってるよね?」
黙れ小僧。星夜の足を踏んづけた。
「私、シャルロットさんを一目見た時から運命の王子様と思っておりました」
「伊織さん……」
軽く涙目でキラキラ度を増し、ギュッ~と手を握って上目遣い。漫画のヒロインはそんな感じだったな。
「お付き合いされている方はいらっしゃいますか?」
「あ、あの……」
「いらっしゃらないなら、どうか私と──!!」
「い」
い? イエスか!
「い、たいです……手」
「は?」
「伊織ちゃん力入れすぎ。石井くんの手握りつぶしそうになってるから」
「あ、」
そういうことは早く言えよ!
「オホホホ……ごめんあそばせ。私、ちょっと興奮すると力が強くなるもので!」
「あははは、だ、大丈夫ですよ。元気な女性って素敵ですものね」
やべー真紫になってやがる。しかも若干引かれてる。
「立ち話もなんなんで、中で話しをしましょう。みんな待ってるんで」
「みんな?」
誰だ?
「はい!僕の彼女たちです」
衝撃発言かました王子様は、爽やかな顔で先に店に入っていく。
「……どうしたの、伊織ちゃん?早く行くよ?」
「……うん」
あたしの聞き間違いじゃなかったら、今、王子様は……とんでもないことを言ったような。
「なぁ、星夜」
彼女たちって、どういうことだ?