白馬に乗った王子様!?
子どものころに読んでもらった絵本。そこには美しいお姫様が意地悪な母や姉に虐げられながらも賢明に生き、最後は仲間たちの力を借りて格好いい王子様に出逢って幸せになる、そう描かれていた。
「伊織は、本当にこのおはなしが大好きね」
「うん!」
優しい香りがする母さんの手、その手に撫でられながら、寝る前には必ずその物語を聴いていた。
「ねぇ、おかあさん」
「ん? なぁに?」
「おかあさんもおうじさまにであえた?」
「もちろんよ。世界で一番すてきな王子様に出逢えたわ」
その時の母さんの顔を、あたしはきっと一生忘れないと思う。
「とってもすてきな王子様は、あなたのお父さんよ」
近所でも美人で有名だった母さんの笑ったその顔は、今まで見てきた中で一番輝いていた。
「いおりも、あえるかな」
そんなすてきな人に。魔法のように輝く笑顔にさせてくれる王子様に。
「きっと出逢えるわよ。あなただけの運命の王子様に」
「どうやったらあえる?」
「王子様に出逢うための準備を怠らなければ、必ず目の前に現れるわ」
「じゅんびって?」
「いつも自分の心に正直にいなさい。友達は大事にしなさい。それから誰よりも優しい人になりなさい」
そして誰に何を言われようと信じる道をまっすぐ進みなさい。
「それをまもったら、おうじさまにあえる?」
「えぇ、必ず」
「そっか……いおり、がんばる!」
そうして目を閉じた。まだ見ぬ王子様とやらに思いを馳せて。
それから月日は流れて十数年。
「おはよう」
「おはよう、伊織ちゃん」
あたし、姫川 伊織は立派に美しく成長した。
「パパの伊織、今日もかわいいね」
「父さん、ありがと」
「あらやだパパ、私は?」
「もちろん沙織さんは世界で一番美しいよ!」
「……嬉しい。パパも世界で一番格好いいわ!」
毎度お馴染み朝からラブラブな両親。仲良きことは素晴らしきかなってやつだ。
「いってきます!」
「伊織ちゃん、朝ご飯は?」
「いい。星夜待たせてるから!」
「そうなの? それじゃ」
気をつけてと見送る両親に手を振って家を出た。
街を歩けば誰もが振り返る。美人で有名だった母さんのDNAをそのまま受け継いだあたしは、街一番の美少女に成り上がった。
「あ! 伊織ちゃん、おはよう」
「おはよう」
クソがつくほどデカい長身でふわふわパーマのこいつは、あたしの幼なじみで下僕の天彦 星夜。
「星夜、アレ持ってきたんだろうな?」
「うん。けど……ホントにやるの?」
「当たり前だろ、待ってるだけじゃ」
ダメなんだって気づいたから。こんなに美しく成長したのに、未だに王子様どころか彼氏すら出来たことがない。
「いつまでも受け身でいるせいだと思うんだよ」
「う~ん……そうでもないと思うけど?性格の問題じゃない?」
などと星夜がほざいているが無視をする。
「それよか早く渡せ!」
「はいはい」
星夜がカバンから取り出したのは、保存袋に入った焼けたトースト。
「でも何で食パン?」
「バカ野郎! あれを見てみろ!!」
あたしが指差す方向に星夜が目を向ける。そこにあるのは、絶好の曲がり角。
「あれがなに?」
「美少女、食パン、曲がり角と三拍子揃ったら試すしかないだろ!」
あの角の向こうに必ずいるはず。あたしの王子様が。
「一応聞くけど、それって誰の入れ知恵?」
「真澄が貸してくれた漫画に描いてあった。てか、大体のヤツがそんな内容だった」
「あ、そう」
とにかくやるしかない。チャンスが目の前に転がってるのに、待ってるだけなんて性に合わない。
そのためには入念にストレッチだ。肩をならしてアキレス腱を伸ばす。
「待ってろよ! あたしの王子様!!」
「伊織ちゃんて美人だけど、たまにってか、ものすごいバカなところがあるよね」
そこが大好きなんだけど。そんな星夜の言葉が耳に入らないほど、あたしは集中していた。
「ほれじゃ、ひってくる!」
「いってらっしゃい。俺もすぐ追い付くよ。すぐそこだし」
ヒラヒラと手を振って見送ってくれる星夜にピースサインで返す。
深呼吸を一つして、おもいっきり地面を蹴った。曲がり角までは30メートル、全力で走っていく。
(どんな人かな……)
あの絵本みたいな格好いい王子様だったらいいな。
(あと、5メートル!)
あっという間の時間、胸踊る気分で角を曲がった。
「ひょうじ……ひゃ、ま──!?」
突然目の前に現れた白い塊、猛スピードのあたしが止まれるはずもなく、そのままソイツに激突した。
(あ、やば。これ死んだわ)
「伊織ちゃん!?」
全てがスローモーションに見えた。後ろから暢気に歩いてくる星夜の驚いた顔も、道行く通行人たちも。ドーンと弾き飛ばされ宙を舞った時、あたしは思った。
(って、死ねるか! 王子様の顔を見るまでは──!!)
持ち前の運動神経を活かし何とか着地する。あたしの素晴らしき着地に、通行人たちは拍手喝采だった。
「てめー、どこ見て歩いて……」
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
そこの美しい人。そんな当たり前な言葉をかけられる。
(……馬!?)
文句の一つでも言ってやろうと顔を上げたら、目の前には真っ白な馬。
「こいつが喋ったのか!?」
「そんなわけないでしょ?」
追い付いた星夜に上を見ろと言われ、目線を更に上げたら、
「申し訳ありません。私もマリアンヌもきちんと前を見ていたつもりだったのですが……」
そこにはキラキラに輝く金髪の王子様がいた。
「いえいえ、どう見たって猛スピードで飛び出した伊織ちゃんが悪いんですよ。気にしないで下さい」
「いえ女性に怪我をさせて、はいサヨナラでは紳士の名が廃ります」
「血なんて一つも出てないし、元気だけが取り柄の子なんで大丈夫ですよ」
元気だけとはなんだ、元気だけとは。あとで星夜はぶっ殺す。
キラキラの王子様があたしに近づいてくる。白馬から降りる姿も様になってて、胸がドキドキする。
「これは私の連絡先です。もしよかったら貴女の連絡先も教えてもらえますか?」
「………………」
「あ、あの?」
「すいません、驚きのあまり固まってるんで、俺のでよかったら教えときます。俺たち、いつも一緒にいるんで」
「あ、じゃあ……貴方の番号を」
間近で見るキラキラ王子はますます格好いい。睫毛なげーし、肌なんて陶器みたいに透き通ってる。
「今は通学中ですので、必ず放課後には連絡します。それでは」
「さよなら~」
優雅に白馬に跨がり、あたしの前から去っていく。ハイヨーシルバーなんて掛け声、映画の中だけだと思ってたわ。
「いい人だったね……ちょっと変わってるけど。てか、何で馬で通学してんだろうね?」
それはあたしにも分からないが、これだけは分かる。
「──星夜っ!!」
「ん? なに?」
「あたしの王子様、みつけたぞ!!」
あの人がきっと運命の王子様だ。