優しい
ローリッツ大佐は彼女を完全に信頼させるために、しばらくは本当に部屋にかくまってやることにしました。
まだどのように殺すかまでは定まっていないので、この状況で他の隊員達にユダヤ人を匿っていることが知られるのはどうしても避けたい。
大佐は自分の部屋へ戻ると、他の人間に気づかれないようすぐにドアを閉め、椅子に座る少女の前に来ました。
そして持っていたサンドイッチと缶詰を少女の膝の上に乱暴に置きました。
「え、えっとこれは…」
それはキッチンから持ってきた隊員達用の食料でした。
少女の向かいのソファに足を組んで座り、彼女を舐めるように見つめます。
「腹減ってるだろ?食えよ。」
収容所まで連行される間、どうせ食事なんてしてないだろう。
俺が匿わなければ、本来ユダヤ人に与えられる一日一個のパンで飢えをしのがねばならない。
「ありがとう…!」
だから感謝されて当たり前。
そう思いながらも、彼女の初めて見せる笑顔にひどく惹きつけられました。
この笑顔が崩れ去る時を、より鮮明に想像できるからです。
その後シャワーを浴びせさせたり、着替えを用意したりなど、大佐が思いつくだけの人道的行為の限りを尽くしました。
また、万が一返り血を浴びた自分の姿を晒してしまい、ユダヤ人を殺していることを彼女に知られてはいけません。
そのため毎度その日の仕事が終わるとすぐ部屋に戻ることにして、彼女を殺すまでは普段の虐殺を我慢すると決めました。
人を支配して追い詰め、絶望の顔をこの目に焼き付けたい。
彼女を殺す瞬間までその暗い欲望は何倍にも膨れ上がり、得る快感も凄まじいことを思えば、この程度の我慢は容易だと大佐は納得しました。
少女の世話が一通り終わり夜の12時を過ぎた頃。
疲れきった大佐は今日はもう寝ようと、ベッドの中に潜り込みました。
人に気をかけることは、こんなにも疲れることだとは。
まあ、さほど長く続くわけではない。
少しの我慢だ。
そう思って何気なく少女を見ます。
彼女はイスに座ったままで、何をしたらいいのか分からないのかこちらをチラチラ見ては恥ずかしそうに目をそらしていました。
「こっちに来い。」
大佐は手招きします。
少女はゆっくりうなずくと少し困ったように足を泳がせながら歩き、ベッドの近くに来ると立ち止まってしまいました。
「ここだよ。ここ」
ベッドに横たわる大佐自身の隣を指さします。
けれどもその場でモジモジとするだけで、こちらの様子を伺っては縮こまるだけ。
「じゃあなんだ、お前は立って眠るのか」
じれったいやつ。
大佐は、少女のか細い腕を掴んで布団の中に強引に引きずり込みました。
「あっ…」
そして、その腕でギュッと少女を抱きしめて捕らえました。
彼女の方も徐々に自分の腕の中で体を預けていくのが、大佐には分かりました。
思っていたよりチョロい。
こいつは簡単に信用させられそうだ。
肉体的にも、触れたら壊れそうなこの体を誰にも知られずに独り占めしているのだと考えると、より一層興奮しました。
今夜はよい夢が見れそうだ。
満足気に電気を消そうとするその時。
少女が口を開きました。
「…あなたはナチスの人なのに、優しいのね」
花のように頬を赤らめ微笑む彼女と目が合います。
「あなただって見つかったら大変なのに、それでもこんなに優しくしてくれる」
優しい。
大佐はその言葉を彼女の口から聞いた瞬間、なんだか急に気持ちが悪くなりました。
残酷だの鬼畜だのと言われたことは数え切れませんが、彼は生まれて一度も人から優しいなど言われたことはありませんでした。
ああ、確かに優しい演技はしている。
けれどこんな俺は俺じゃない。
体がムズムズしてきて、本当の自分は残酷なんだ、お前の苦しむ顔が見たくて仕方ないんだと言って、ぎゅっと抱きしめる代わりに首を絞めて、思い知らせたくなりました。
ですがそんなことを今しては計画が台無しになります。
大佐は焦る気持ちをぐっとこらえて、彼女の視線を遮るように明かりを消しました。
次の日もそのまた次の日も、ローリッツ大佐は少女に自分の分の食事を分け与え、シャワーを浴びさせ、夜は一つのベッドで一緒になって寝ました。
人に優しくするということは彼にとって正直ストレスではありましたが、それでもやはり、彼女を殺す時のことを思い浮かべては我慢し続けました。
やがて何日も続けて大佐恒例のユダヤ人への暴力・虐殺が行われないことに伴って、周りの部下の親衛隊達は不思議に思うようになりました。
いくらヒトラーに言われたからと言って、それを全くしなくなるような男ではないのです。
収容所に就任してから、彼にとって虐殺は息をするくらいに当たり前のことだったのですから。
加えて朝昼晩、毎回「部屋で食べる」と言って支給食を持って姿を消すので、何かを部屋にかくまっているのではないかと疑い始める者も出てきました。
しかしそう言う者はたいてい、
「大佐が人助けなんて、そんなことする人間に見えるのか?」
という風に誰かが言うとすぐに
「確かに有り得ない」
と納得してしまうのでした。




