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心温は36度

作者: 甘戯 遊ノ飴




君はいつも私を守ってくれた。




私は弱虫だからいつも泣いてばかり。




そんな私を君は抱きしめてくれた。




一人ぼっちで寂しくて、でも私は正直になれないから強がって尖ってしまう。




でも君は、私の心の中が全部見えているのかと思うくらい、全部見通して、優しく笑ってくれた。




君の腕の中は、ほかのどんな場所よりも安心できる。






私の壊れたこころは、これ以上傷つけないようにと、ゆっくり、そっと直してくれた。




私は触れたら怪我をしてしまうくらい、トゲだらけだったと思う。それでも、自分が傷つくことなんて気にしないで血だらけになっても笑っていた。




人の体は、冷えや寒さで凍傷したとき、急に高い温度で温めると、組織が壊れてしまうらしい。

丁度良い温度は人肌なんだって。




そのことを知ってか知らずかそれは分からないけれど、君はそれと同じように、その36度の身体と心で包み込んで温めてくれた。







君は、これは全て私の妄想なんじゃないかと疑ってしまうほど優しい。




いつだって自分よりも私を一番に考えてくれて、私の涙はその大きな手で拭ってくれて、私の幸せを私以上に願ってくれる。




それが嬉しかった。この人とずっと一緒にいたいと思った。私をこんなにも愛してくれる、守ってくれるこの人はなんて素敵なんだろうと、大好きと、そう思った。




……………………。




……………………………………。







…………え、では、君のことは誰が守るのだろうか?



今まで考えたことも無かったその言葉が私の頭に浮かんだ時、そこにはもう君の穏やかな笑顔は無かった。



私の目に映ったのは少しも動かない君だけ。




いつも私に優しく触れてくれたその手をとると、私が覚えている温度は無くなり冷え切っていた。  




握っても握り返してはくれない。この寂しさを初めて感じた。




私はいつも君が手を握ってくれても、握り返していなかった。愛してくれても、私は何も返していなかった。




それどころか、君がせっかくくれた愛を、無視したり、捨てたこともあった。





それでも君は何度だってまた優しく笑いかけてくれるから、その優しさに甘えていたんだ。





君だって私と同じ人間。いいや、わがままで天邪鬼な私と違ってすっごくすっごく素敵な人間だ。





辛いことが無かったんじゃなくて我慢していただけ。

不安や悩みがあっても言わなかっただけ。涙は隠していただけ。




優しい笑顔の裏にあった君の苦しみに私は気付けなかった。気付こうともしなかった。







君は私を守ろうと必死でいてくれた。幸せにしようと必死でいてくれた。




でも君を守ろうと必死でいた人はいなかった。幸せにしようと必死でいた人はいなかった。




誰かじゃなくて、この私が、君を守ろうと、幸せにしようと必死になっていたら。




私にとって君が救いだったように、君にとって私が救いになっていたら。




君が私を想ってくれたように、私も君を想っていたら、そう考えたってもう遅い。





でも、今更遅いけど、でも、君を守りたい、幸せにしたい。そう思った。


今までは浮かんだこともないその想いで頭の中はいっぱいになっていた。




何をしたって意味もない、なんの力にもならない、届かない想いかもしれないけれど、君が自分を犠牲にしてまで注いでくれた愛を大切に胸に閉じ込めて




これからは私が、君に愛を注ぎたい。空の彼方まで届くように、気持ちを込めて。










私は何もしようとしなかった、甘えてばかり、最低だ。 




それでも君はこんな最低な私を愛してくれた。




もう、その冷たくなった身体を抱きしめたって、「ありがとう」とか「ごめんね」とか「大好き」とか「愛してる」とか溢れる思いの丈を伝えたって、もう君は何も感じない、聞こえない。




もう二度と君の温もりを感じることはできない。君の微笑みを見ることはできない。

君に、私を感じてもらうことができない。




悲しい。寂しい。苦しい。でもきっと、君は、私の何百倍、もっともっと

それ以上の悲しみと寂しさと苦しみの中にいるんだ。






だから私は、少しでも君が安らかでいられるように祈って、私を愛してくれたことへの感謝、君の苦しみに気づかなかったことへの謝罪、ただただ愛しているという気持ちを捧げようと、そう誓った。






でもそんなの自分の罪悪感を打ち消したいだけのような気もする。

なんだそれは。ただの自己満足じゃないか。



やっぱり私は最低だ。


どうしようもなく、途方に暮れ、これから歩む道が怖くなった。





失って気づいた。もう遅かった。


自分の汚さに嫌気がさす。


この気持ち悪さは、この虚無感は、私への罰なんだろう。





私はそんな風に自問自答を続け、亡くなった君には到底顔向け出来ず、自己嫌悪に陥っていた。



しかし、それでも君はそんな私と違い、最後まで立派な人間だった。




君の遺書には、力のない字で一行。




「ごめんね。君は何も悪くないんだよ。今までありがとう。大好きです。」






その言葉、筆跡には、まだ君の温度が感じられた。


私にくれた温度。君の、優しくて温かい、温度。


血液の回路が絶たれ冷たくなっていても、それでも温かかった。


君の心温の優しさを改めて思い知り、私はまた自分が嫌になる。




私の冷酷な心を包んでくれた、君の心の温かさを私はいつまでも忘れられないだろう。


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