魔王と雇用契約
:魔王と雇用契約
お金が無い
目の前の男が言った魔王軍らしからぬ危機に、俺は声を荒げ問い詰める
「金がない!?はあ!?」
「ええ。ですので魔王様にはその知略を活かして魔王軍の財政を潤す、つまり金儲けをして頂きたいのです」
「いやいや!ここ魔王軍ですよね!?こんなアホな理由で危機に陥ってどうすんだ!!」
「アホな理由とは何ですか、お金はとても大切な物ですよ?」
「いやまあそうだけど!何でそれをわざわざ俺にやらせるんだよ!特殊な能力とかも持ってないただの人間だぞ俺!?」
「それにはとても深い事情がありまして。話は600年程前に遡るのですが・・・」
あ、これ回想シーンに行く流れだ
~600年前~
「ウィズ=ウラム!ウィズ=ウラムはおるか!!」
「はっ魔王様。ウィズ=ウラム、ここに・・・」
「ウィズ=ウラムよ、これを見るのだ」
「それは・・・人間共が使う通貨、カネと呼ばれる物ですね」
「その通りだ。人間共はこのカネで武器や食料、それだけでなく家や土地すらも交換しているのだ」
「なるほど、つまり・・・」
「このカネを手に入れれば奴らの方から国を、そして世界すらもこの魔王に差し出してくるという訳だ」
「流石は魔王様!人間を倒すまでもなく世界を手に入られるという事ですね、素晴らしい策でございます!」
「フハハハハハッ!ウィズ=ウラムよ!商売を行い、この世界のカネと言うカネをこの魔王軍の物とするのだ!!」
「ハッ!魔王軍の総力を挙げましても!!」
「で、これは数ヶ月前の話になるのですが」
~数ヶ月前~
「ウィズ=ウラムよ・・・現在の状況は・・・?」
「ハッ、今月の収支も赤字・・・従業員の賃金を支払うのがやっとと言った状況であります」
「そうか・・・ゴホッゴホッ!・・・どうやら我はここまでの様だ・・・」
「魔王様!お気を確かに!」
「人間共に後れを取るとは口惜しい・・・だが、最後に我は重大な事実に気付いた」
「その重大な事実とは・・・!?」
「それは・・・・・」
「そして先代の魔王様はこう仰ったのです・・・「魔族は商売に向いていない」・・・と!!!」
「気付くのおせえええええええええええええええええっ!!!」
ウィズ=ウラムの言葉に俺は大声で叫ぶ!
600年かけてようやく気付く事かそれ!そりゃ負けるわ!!向いてないわ!!!
「というわけで先代の魔王様の意向で、次の魔王には金儲けが得意そうな人間をこうサッパッピッって感じで別の世界から召還したわけです」
「異世界召還をサッパッピッで済ますんじゃねえ!呼ばれた方はいい迷惑だ!!」
「まあまあ。というわけで貴方には魔王として魔王軍再建を果たして頂きたいのです」
ヤバイ、なんなんだこの魔王軍、ツッコミが追いつかん・・・
俺はクラクラする頭を押さえながら返答する
「とりあえず理由は分かった・・・だが断るッ!」
考えるまでも無い、NOだ!
誰が好き好んでこんな経営破綻寸前の魔王軍のトップに就任するというのか!
しかし、俺の返答にウィズ=ウラムは首を傾げながら聞き返してくる
「え?「魔王」ですよ?皆の憧れ、魔族の王になれるチャンスなんですよ?普通ならOK即断ですよ?」
「普通の魔王軍ならな!こんな難易度EXTREMEな経営シュミレーションなんかやってられるか」
折角異世界召還とかとてつもないレアイベントが発生したかと思えば、冒険ではなく金稼ぎをしろと言う
断言する、これはろくでもないイベントだ!
「とにかくNOだ!断じて断る!」
これなら元の世界で暮らす方がマシというものだ、ましてや俺は人生の勝ち組
元の世界に帰れば何の不自由も無い生活が待っている、こんなふざけた異世界で暮らす必要は全く無い
だが、そんな俺の態度にウィズ=ウラムが返した返答は意外な物だった
「ん~~~。まあそこまで言うなら仕方ありませんね」
「お?」
おや?意外と諦めがいい
もっと食い下がられたりするのかと思っていたので肩透かしを食らった気分だ
「他に金儲けが得意そうな者をマキペディアで検索してみるとしましょう」
「え?マキペディアって何なの?俺の個人情報とか晒されてないかそれ?」
ていうか異世界にネットが繋がってるのか・・・?
いや、もう考えるのはよそう
「あーーもうなんでもいいや・・・、とにかく俺を部屋に戻してくれ」
俺が疲れ切った様子でそう言ったその時
「・・・えっ?」
一瞬間があった
「ん・・・?」
・・・・・・
今度はもっと長く間が続いた
ウィズ=ウラムの顔が「その質問は想定していなかった」と言っている様に見えるのだが・・・
「まさかとは思うが・・・戻せないなんて事はないよな・・・?」
俺は恐る恐るその質問をする
暫くの間、静寂がその場を包んだ。そして
「えっと・・・いやーまさか「魔王になりませんか?」って言われて断る方が居るとは思ってなかった物で・・・」
(なん・・だと・・・?)
想像しうる最悪の状況に俺は大声を上げる
「アホかーーーーーーッ!!!おいふざけんなよこの野郎!!」
「まあまあ落ち着いて下さい」
「いきなり着の身着のままで異世界に呼び出されて帰れませんとか落ち着いてる場合か!!??」
「大丈夫ですよ。近くの街まで行けば色々と生活に必要な物も揃うでしょうしなんとかなります。まあ一度でもモンスターとエンカウントしたら即死でしょうが」
「魔王の城から一番近い街とかどんだけ距離あんだよ!?大体今の俺は無一文だぞ!?万が一街にたどり着いたとしてどう生活していけってんだ!!」
「それはまあ・・・頑張ればなんとか?」
俺はその言葉を聞きながらガクリと膝を着き項垂れる
(なんてこった、神は死んだ・・・間違いない。悠々自適の引きこもりライフだったはずが、こんなアホな理由で粉々に粉砕されるとは・・・。オワタ・・・俺の人生オワタ・・・orz)
その時、項垂れていた俺にウィズ=ウラムが声をかける
「まあまあ、そう落ち込まないで下さい。そうですね・・・魔王になっていただければとりあえずの衣食住はどうにかさせていただきますが?」
そう言うウィズ=ウラムの口元は微笑を浮かべている、この悪魔め!
「くっ・・・・」
しかし、もはやそれ以外にこの異世界で生き残る術は無い・・・そう思われた
(だがこのままこいつの要求を呑むのはシャクに障る、いやシャクに障るなんて物じゃないハラワタが煮えくり返るという奴だ!何かこちらからも条件を出してやらないと割に合わない、何か・・・)
そして俺は、一つの妥協案を導き出した
「1年だけだ・・・」
「えっ?」
「1年間だけ魔王をやってやる!お前はその間に俺を帰す方法を見つける事。そして1年経ったら俺は元の世界に帰らせてもらう!それが条件だ!!!」
1年間なら出張の様な物だと思えば割り切れる
異世界出張とか最初の期待感とかドキドキ感と言ったものが微塵も感じられないワードだ
俺の言葉に、しばらくウィズ=ウラムは考え込んでいたようだが
「ええ、それで構いません。それでは契約成立という事でよろしいですね?」
「ああ、いいぜ。まあやるからには本気でやってやる。ここで適当にやって契約不履行で帰れなくなるなんて御免だからな、1年で少しはマシな経営状況にしてみせるさ」
「期待させていただきます、それでは1年間・・・」
ウィズ=ウラムは右手を差し出してくる、異世界でもこーいうのは同じなんだな
「1年間よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む」
俺とウィズウラムは握手を交わした
その時ふと
(握手なんてしたのは何年ぶりだろうか?)
なんてどうでもいい事を俺は考えた