第007話「個室の臨死体験」
連続投稿7話目です。
ジャーー『ピーーーーーーーーーーーーーー』[ポチャン]ーーーー
壁に囲まれた小さな空間の中で、水洗の音と共に見苦しい音が流れる。
聞くに堪えないだろうから放送禁止サウンドでカバーだ。
出すものを出した事で腹痛の苦しみから逃れた俺は手に握られたスマホを指でトントンと操作し、小説投稿サイトのブックマークから更新された小説を探す。
――さて、今日もチートでハーレムな小説達が更新されておりますかな?――
俺TUEEEEEE!とかチートで無双とかハーレムでウハウハな小説が大好物なのである。
いつの時代も雇われの企業戦士はストレスとの闘いであるからして、どうせ読むなら気分がスカっとする話がいい。
ダークファンタジーもいいけどね。
まずは上から順番に更新された分を読んで行くことにする。
俺は――1話だけ読んだら――トイレを出て、すぐにヒナタを出してあげようと心に誓う。
早速読むべく、更新されたであろう小説を開くためのリンクをタップした。
瞬間
――……――
目の前が真っ白になり視界が失われる。
一瞬意識が飛んだ?
そう考えた途端意識が戻り、思考が徐々に戻ってきた視界と感覚に追いついた時、俺は白く広い空間に一人ポツリと立っている事に気が付いた。
「え?……もしかして……俺、死んだ?……のか?」
脳卒中……いや、脳梗塞だろうか……一瞬で意識を失ってるから心筋梗塞って事はないだろう。
そこそこ運動はしてるし、多少の食品の好き嫌いはあるものの野菜嫌いや偏食家と言う訳でもない。
原因はなんだ?
混乱する頭とバクバクと高鳴る鼓動を抑えつつ考える。
まて、そもそも死後の世界は初体験だし、これが死んだ感覚なのかも定かではないではないか。
「まだ死んでませんよ」
そんな台詞と共に、今まで何もなかった目の前に空間に、会った事も見た事もない男が突然現れた。
「お邪魔致します。今、貴方の意識の隙間に一瞬だけ干渉させて頂きました。現実での貴方は死んではおりませんので安心してください」
誰だ?何なんだ?
――小説展開キタ!って事か!――
「か、神様ですか!神様ですよね?えぇっと……異世界?魔王を倒しにへ行くので御座いますか!」
「あ、えぇ、まぁ異世界の話ではございますが……」
やっぱりそうか!もしも本当に神様だった場合、ここで失礼があってはいけない!
あぁ……しまった、こちらから不躾な質問をしてしまうとは……
とにかく以降は失礼がないように気を付けなければ、大事なテンプレを逃してしまうかもしれぬ。
「大変申し訳ございませんでしたぁ!」
俺は姿勢を正しキッチリと頭を下げ、男……いや男性に謝罪する。
神様?と俺が思っている男性は、自身の顔の前で手を左右に振り、気にしていないし楽にしてくれて問題ないと、寛大な事を仰られているようだ。
頭を上げた俺は少し肩の力を抜き、もう一度男性の素性を確認する事にする。
「わ、わかりもうしました……所で……本当の所、貴方様は何方様でいらっしゃいますでしょうか?」
――緊張で普段から微妙な俺の日本語が暴れまくってる気がするぜ――
「ご想像の通り、神様で合っておりますよ。水上 卓さんですね?私は創造神の王慧と申します。以後お見知りおきを。王慧と名前で呼んで貰って構いませんので、堅苦しくないようにお願い致しますね」
見た感じ30歳前後と思われる長身痩躯のイケメンハーフ男性が答えた。
「はぁ、あ、はい。王慧さんですね?私も卓で構いません。王慧さんも出来るだけ気軽に話して頂けると助かります」
「分かりました卓さん。私の呼び方はそれで結構ですよ。口調はお互いに善処しましょう。さて、先程既に質問されている事ですので単刀直入に言いますが、実は異世界に行って頂きたいのです」
おぉ?キタコレ?……ってまてよ?
今日はハロウィンパーティじゃん?優貴も起こしてないし……今俺が居なくなったら大変な事じゃないかこれ?
いざ異世界にとなると現実の事ばかりが頭に浮かぶ。
駄目だ、異世界どころではない。
「あの、王慧さん。折角のご提案なのですが……お断りしてもよろしいでしょうか?」
――クッソ、異世界行きたい!――
――チートハーレム俺TUEEEEが!がっがっがっ!うわぁぁぁん!――
俺よ!理性を強く持て!!
「本当に、本当に申し訳ございません……息子と今の生活が大事なんです。息子は今日のハロウィンのイベントを楽しみにしてまして、ですね。これから息子を起こして、そのイベントに向かおうと思っておりまして、えぇと……先程の話だと私自身は死んでいないとの事ですし、転生じゃなくて転移ですよね?死んでないなら……あの……強制でないのなら……えっと……異世界へ行くのは勘弁して貰えないでしょうか……ほんと、お願いします!!」
ババッ!という表現が適切だろう。
俺は飛び込むようにその場に蹲り、人生初のフライング土下座を敢行する。
優貴の事を考えると、俺だけが異世界になど行けない……行く訳にはいかない!!
地面に頭を擦りながら、ギュッと目を閉じて王慧さんの反応を待った。
「その件については問題ありません」
俺は土下座の姿勢のまま瞑っていた目を開いき、頭を上げて王慧さんの顔を見た。
「行かなくてもいい……と、言う事でしょうか?」
恐る恐る確認する。
「追って詳しく話しますが、異世界に行く件において、卓さんが心配している部分は概ね該当しないと考えています」
王慧さんはそう話した後、俺の腕を掴んでを立ち上がらせてくれた。
俺が落ち着いたの見計らって異世界へ行く事についての詳細を話してくれたのだが、聞いた内容を掻い摘んで話すとこうだ。
まず、異世界へ行っても現実世界には全く影響はないという事。
次に、家の飼い犬であるヒナタを異世界に連れていくのが目的である事。
そして、優貴をヒナタの付き添いとして異世界に連れて行く事。
これらが続けて語られた。
現実世界に影響しない方法と言うのは教えて貰えなかったし、なぜヒナタを異世界に連れて行く必要があるかも今は言えないとの事だった。
色々と不明点が多く説明に不満は残る。
ただ、優貴が異世界へ行く事になったのはヒナタの希望であり、俺が異世界へ行くのは優貴の希望らしい事は分かった。
俺の場合は優貴のたっての希望というよりも、両親のどちらかと行くなら俺と妻とどっちがいい?的な聞き方だったらしい。
優貴が妻の性格を考慮して答えた結果が俺っていうだけだ。
オマケのオマケだ。
今の俺をTVショッピングのパソコンで例えると、このパソコンを買うと!なんと今ならこのプリンタがついてくる!!さらにプリンタ用の追加インクもセットで……の追加のインクだ。
しかし、どうあれ優貴が異世界に行くなら俺も行く。
同行できる大人が俺だけなのであれば猶更だ。
俺は絶対に行かなければならない。
子供と犬だけで異世界ファンタジーなんて投稿サイトの小説ならいざ知らず、現実には今日明日を生き残る事すら難しいだろう。
「わかりました。行かせてください!」
異世界に行く理由が付いた!今の世界での心配事についての詳細は不明瞭だが、少なくともお偉い神様が問題ないと言っている!
――妻よ済まない……俺は異世界に行くぞ!イィェアァァ!!!(心の叫び)――
ふと我に返ると、ドヤ顔でガッツポーズをする俺の姿を見た王慧さんは、困り顔でちょっと引いているようだった。
「まぁ……やる気があるのはいい事だと思いますよ?とにかく、話が纏まったようですのでスキルについて何か希望がありますか?出来る範囲で……ですが対応します」
「スキル!あります!ありすぎます!!……ええと、そうですね……まずは……」
……俺は王慧さんに希望を伝えた。大量に……
息子大好き卓さんです。
自分も息子には甘いです。