第074話「蛇足編01:管理者権限とデスマーチの予感」
蛇足でも書~こうっと
「――システムオールグリーン。
リソース使用率、安定。
メモリリークなし。
……ふむ。どうやら俺の筐体の移行作業は無事に完了したみたいだな。」
何もない、けれど全てがあるような白い空間。
卓は自身の掌をグーパーさせながら、職業病とも言える確認作業を行っていた。
人間としての肉体は死に絶えた。
あの瞬間、<事象転嫁>という名の強制終了コマンドが走り、物理サーバーとしての「水上 卓」はシャットダウンしたはずだ。
だが、今の俺はこうして思考し、存在している。
感覚としては、オンプレミスからクラウドへ環境をフル移行したような、妙に身体が軽い感覚だった。
というのは実は俺の妄想。
実際には王慧さんとこで朝餉してた時みたいな感じで、他人のお家にお邪魔したような雰囲気だ。
「あら、随分と冷静ね。
普通、死んで神域に来たらもう少し混乱してもいいのよ?」
背後から声をかけてきたのは、透き通るような緑色の髪をした美女――創造神・恵良だ。
以前のエラコ(黄色)の砕けた雰囲気と、蒼の恵良のクールな美貌が見事にマージ(統合)され、完全体としての神々しさを放っている。
「混乱?
いや、流石に『神域』に来るのは3回目なんでな。
それに、あの時と違って神界からの管理コンソール画面(GUI)みたなのが認識できるし。」
卓が空中に指を走らせると、ウィンドウのような光の枠が出現し、地上の様子が映し出された。
「あはは!
流石は元IT土方。
順応性が高くて助かるわ。
そうよ。
ここは元は私の神域、今は二人の神界。
アナタはアタシの伴侶として、この宇宙の共同管理者になったの。」
恵良が卓の腕に抱きつき、その豊かな胸を押し付ける。
「ねえ、嬉しい?
豊満ボディのアタシとネンゴロよ?」
「……それ、胸っていうかアメーバ群体だろ?
まぁ普通なら気分的には上がらないコトもないけど、そういう気分にならんのわかっててやってるよな。
それに、あっちの世界の現状も気になるし。」
卓は照れ隠しに視線を逸らし、空中のウィンドウを拡大した。
そこに映し出されているのは、かつてベンデーンと呼ばれた場所――今は復興作業が進む新帝都の様子だ。
◇◇◇◇◇
『えー、初代世界統一皇帝 ユウキ=ミズカミ・アシクジータ・アルケンダスである!』
モニターの中で、ガチガチに緊張した面持ちの優貴が、煌びやかな皇帝の衣装を着せられて演台に立っていた。
その頭には、サイズが合っていないのか少しズレそうな王冠が乗っている。
『あー、うー……。
次なんだっけ……。
えっと……。』
蚊の鳴くような声だ。
だが、その背後には漆黒のドレスに身を包んだネテーテが控えており、優貴が言葉に詰まるたびに、愛おしげに、しかし有無を言わせぬ圧力で頷いている。
『(ユウキ様、頑張って! とても可愛らしいですわ!
さあ、次は減税と福祉政策の発表です!)』
『(うぅ……面倒くさいよ……お父さーん……)』
優貴の心の声が、神界にいる卓には筒抜けだった。
「……あいつ、完全に尻に敷かれてるな。」
「ふふっ。ネテーテちゃん、やる気満々ね。
『世界統一』なんて大風呂敷広げちゃって、バックエンドの処理が大変そう。」
「まあ、優貴なら力業でなんとかなるだろ。
問題は……こっちか。」
卓が別のウィンドウを開く。
そこには、大量の衣装ケースとメイク道具を抱え、必死の形相で走り回る小松の姿があった。
『カイダーン! 私の喉飴はどこですの!?』
『ネローテ、少し待つっす。今すぐお持ってくっすから!』
『それと、次のライブ会場の設営チェックは済みましたの?
私のステージに1ミリの妥協も許しませんことよ?』
『りょ、了解っす!すぐ行ってくるっすよー!!』
小松は完全に下僕だった。
かつての皇帝代理としての威厳など微塵もなく、ただのパシリとして酷使されている。
「……小松の奴、てっきり隠居するんじゃないかと思ってたんだが?」
「本人希望のアイマスP叶わず、自分の嫁さんのマネージャーやらされるオチが付いたみたいよ。
ある意味一番過酷な現場よね。
まあ、本人が望んだ道(?)だし、生暖かく見守りましょう。」
恵良がクスクスと笑う。
「さて、スグル。
地上の監視も大事だけど、アナタにはやってもらわなきゃいけない仕事が山積みよ?」
「仕事?
神様になったのに仕事があるのか?」
「当然でしょ。
あの騒動で発生したバグの修正、因果律の調整、それに……。」
恵良が妖艶な笑みを浮かべ、卓の耳元に唇を寄せる。
「新しい神話(子作り)の創造……とかね?」
「……。」
卓は天を仰いだ。
知ってる。
人間の生殖活動じゃなく、子神は拾ってきて育てる系だってこと。
期待した?
残念だが…エロなどない!!
どうやら、神様になっても平穏な日々は遠そうだった。
むしろ、管理者権限を持たされたことで、今まで以上のトラブル対応に追われる予感がする。
「……やれやれ。
俺の異世界漫遊記は終わらない、ってか。」
「諦めなさい。
アナタはもう、アタシとの世界創造(結婚生活)からは逃げられないんだからね」
こうして、元IT屋の神様と、ちょっと(かなり)重い女神様による、新たな物語の幕が開いた。
これは、世界を救った後の、まさに「蛇足」のような、けれど彼らにとっては愛おしい日々の記録である。




