第073話「それぞれの道」
おや、何か不穏でしかないですよね?
騒動から一夜が明けた。
王慧による事象の巻き戻しにより、ベンデーンの街は物理的な傷跡を残すことなく朝を迎えた。
しかし、そこに住む人々の心や、世界を取り巻く情勢は大きく変わろうとしていた。
◇◇◇◇◇
「――という訳ですので、おじ様には隠居して頂きますわ。」
復元されたカツラック邸(仮)の一室。
ネテーテの冷ややかな声が響く。
その視線の先には、土下座をする小松……いや、元アルケンダス帝国皇帝代理カイダーン=カツラックの姿があった。
「え! マジで引退していいの! やった~!」
小松がガバッと顔を上げ、満面の笑みでガッツポーズをする。
ブラック企業気質の代理業務から解放される喜びが爆発していた。
「水上さん……はいないんっすよね。
じゃあ自分、アイドルプロデューサーやりたいっす。
Mayo=NeiZのプロデュース、俺っちが引き継ぐっすよ!」
小松は目を輝かせた。
卓がいなくなった今、この世界のアイドル文化を牽引できるのは、同じ転生者である自分しかいない。
可愛い女の子たちをプロデュースし、トップアイドルへと導く。
それこそが、隠居後の最高のセカンドライフだと確信したのだ。
だが、現実はそう甘くはなかった。
「残念ですわね。
隠居の皇帝代理は私のマネージャーをやっていただきます。」
背後から、ひんやりとした、しかし絶対的な命令を含んだ声がかかった。
振り返れば、そこには聖母のような微笑みを浮かべたネローテ皇妃――Mayo=NeiZの絶対的センターが立っていた。
「えっ? マネージャー? いや、俺っちはプロデューサーとして全体を……。」
「いいえ、マネージャーです。
私の荷物持ち、スケジュール管理、衣装のケア、そしてメンタルサポート。
24時間365日、私のためだけに尽くして頂きますわ。」
「そ、そんな~! 俺っちのIM○Sプロデューサーの夢が~!」
「何か不満でも?(ニッコリ)」
「い、いえ! 喜んでお受けするっす!!」
ネローテの笑顔の裏にある「断れば死」という圧力を感じ取り、小松は涙ながらに承諾した。
彼の夢見たハーレムプロデュース生活は露と消え、恐妻家兼パシリとしての余生が確定した瞬間だった。
「交渉成立ですわね。
さあユウキ、これで障壁の一つは消えましたわ。
おじ様は母様の専属下僕になりましたから、帝国の全権は貴方が握るのです。」
ネテーテが満足そうに振り返る。
その背後には、げっそりとやつれた表情の優貴がいた。
「ネテーテ……本当に僕が皇帝やるの?
僕、まだ子供だよ? 戦う力はあるかもしれないけど、政治なんて分からないよ……。」
「ご安心くださいませ。
面倒な政務や根回しは、全てわたくしが行います。
ユウキはただ、玉座に座ってニコニコしていてくださればそれで結構ですの。
ああ、時々『逆らう者は消えちゃえ』と魔法を放って頂ければ、尚よろしいですわね。」
「そんな暴君やだよ!!」
優貴の悲鳴は、ネテーテの胸に吸い込まれ消えていく。
父・卓が残した「人間として生きる」という道は、想像以上に茨の道(主に女性関係で)になりそうだった。
◇◇◇◇◇
一方、館の別の部屋では、残された女性たちが集まっていた。
サマンサ、サーラ、ユーリ。
そして、騒動の後にひょっこりと現れた執事のロバートだ。
「……スグル様は、行ってしまわれたのですね。」
ユーリが寂しげに呟く。
彼女の手には、卓が愛用していたマグカップが握られている。
「ああ。だが、死んだわけではない。
神となって、あの空の上から私たちを見ているはずだ。」
サマンサが窓の外を見上げる。
その目には涙はなく、強い意志が宿っていた。
「お義父様も、『婿殿は格が違いすぎた』と笑っておられました。
寂しくはありますが、私たちは私たちが選んだこの場所で、彼が守った世界を支えていかなければなりません。」
「そうですね。それに、スグルさんの忘れ形見であるユウキ君がいます。」
サーラが優貴のいる部屋の方を向く。
「あの強さは、間違いなくスグルさんの息子です。
これから世界は大きく動くでしょう。
Sランク冒険者として、そしてスグルさんに恩義ある者として、私はユウキ君の盾になりましょう。」
「私もです。スグル様の専属メイドとしての契約は終了しましたが、次はカツラック家の……いえ、ユウキ様のメイドとしてお仕えします。」
「皆様、頼もしい限りですな。」
ロバートが静かに口を開く。
彼は雇用が決まった矢先に主を失った形だが、その所作に迷いはなかった。
「私めも、スグル様より『採用』の言質は頂いております。
亡き主のご子息をお守りし、その覇道を支えることこそ、執事の務め。
この老骨、粉になるまで働かせて頂きましょう。」
残された「嫁」候補たちと、最強の執事。
彼らは亡き卓への愛と忠誠を、その息子である優貴へと向けることを誓ったのだった。
◇◇◇◇◇
そして、冒険者ギルドの別館。
従魔たちの溜まり場にも、別れの時が来ていた。
「アニキ……本当に行っちまうんでやすか?」
クワイトが悲しげに鼻を鳴らす。
その横では、ジェイソンがしょんぼりと肩を落とし、ドライが無言で羽繕いをしている。
「うん。王慧様が言ってた通り、ぼくはこの星には大きすぎちゃうんだって。
それに、自分の宇宙を作るって、なんかワクワクするしね。」
ヒナタ――今は神々しいオーラを隠すことなく放つ、中型犬サイズのチワワ――が、仲間たちを見回す。
「ジェイソンには、あの六尺棒をあげる。大事に使ってね。
クワイトも、その鎖鎌でしっかりご主人を守るんだよ。
ドライも、爪の手入れを忘れずにね。」
「ヒナタ……アンタ、本当に神様になっちゃうのね。
ま、最初から変な犬だとは思ってたけど。」
ドライが素っ気なく言うが、その声は少し震えていた。
「ヒナタのお陰で、オイたちは強くなれたんダナ。
絶対に忘れないんダナ。神様になっても、オイたちの友達なんダナ!」
「もちろんだよ!
ぼくの宇宙が出来たら、みんなを招待するからね。
それまで、元気でね!」
ヒナタの体が光に包まれる。
それは転移の光ではなく、次元を超越するための神の光だ。
「ばいばーい! みんな、大好きだよー!」
光の粒子となって、ヒナタは天へと昇っていった。
残された三匹の従魔たちは、いつまでもその光の消えた空を見上げていた。
後に「三獣士」と呼ばれることになる彼らの伝説もまた、ここから始まるのだが、それはまた別の話である。
◇◇◇◇◇
そして、次元の狭間。神界。
黄金の光に包まれた空間で、卓は呆れたように目の前の存在を見ていた。
「……で、なんでお前までここにいるんだ?」
「ひどい言い草ね! 夫婦神なんだから一緒で当然でしょ!」
そこにいたのは、エラコ……ではなく、彼女と蒼の恵良が統合された、本来の姿である「緑の恵良」だった。
エラコの快活さと、蒼の恵良の美貌を併せ持ち、神々しくもどこか親しみやすい雰囲気を纏っている。
「それに、アナタまだ神様としては新人なんだから。
先輩であるアタシが手取り足取り教えてあげるわよ。
……夜の生活も含めてね?」
恵良が妖艶に微笑み、卓の腕に絡みつく。
「……勘弁してくれ。俺はのんびり隠居生活を送るつもりだったんだぞ。」
そもそも創造神の生活に昼夜ないし、地球生物のソレみたいな生殖活動もないからな?
夜の生活って、夜間作業でしかないのを言ってるのわかってるからな?
「それは無理。
アンタはもう創造神の一柱なんだから。
さあ、行くわよスグル!
私たちの新しい神話を作るのよ!」
グイグイと引っ張られる卓。
その顔には、困惑しながらも、どこか満更でもない笑みが浮かんでいた。
こうして、異世界に転移してきた一人の男と、一匹の犬、そして一人の少年の物語は、一つの結末を迎えた。
だが、物語は終わらない。
世界は続き、彼らの歩んだ道は、新たな伝説となって語り継がれていくのだから。
メインストーリー 完
本編〆ます。




