第072話「神々の解決とそれぞれの道」
「さて、まずは散らかった部屋の片付けからですね。」
王慧がパチンと指を鳴らす。
その音が世界に浸透すると、映画のフィルムを逆再生するように事象が巻き戻り始めた。
蒸発したはずのベンデーンの街が、瞬く間に再構築されていく。
赤熱したクレーターが石畳に戻り、瓦礫が建物に戻り、灰となった人々が何事もなかったかのように家の中や路上に戻っていく。
「記憶の方は『大規模な流星群の幻影を見た』程度に調整しておきました。
これならパニックも起きないでしょう。」
王慧の言葉通り、館の周囲も元通りの美しい庭園に戻っていた。
ただし、そこに横たわる二つの遺体――卓とコローデルを除いては。
「と、とーちゃん……。」
ヒナタが卓の遺体に鼻先を押し付ける。
動かない。冷たいままだ。
「王慧様! 街が治るなら、お父さんも生き返るんですよね!?」
優貴が縋るように叫ぶ。
だが、王慧は困ったような、しかし慈愛に満ちた顔で首を振った。
「残念ながら、肉体的な蘇生はできません。
スグル君が発動した<事象転嫁>は、世界の理そのものを騙す禁忌。
その対価として支払われた命は、この世界のシステム上では『完全なる消滅』として処理されています。
私の権限で無理やり戻すことも不可能ではありませんが……スグル君の魂は、既に次のステージへと昇華し始めていますからね。」
「昇華……?」
「ええ。見てご覧なさい。」
王慧が卓の遺体を指差す。
すると、遺体から金色の光の粒子が立ち上り、空中で人の形を成していった。
それは、半透明ではあるが、生前と変わらない姿をした卓の魂だった。
「……あれ? 俺、死んだよな?」
卓が自分の手を見つめて不思議そうに呟く。
「スグル君、お疲れ様でした。
君は人間としては死にましたが、神としては産声を上げたところです。」
「神……? 王慧さん、どういうことだ?」
「元々、君はこの星の創造神である恵良の伴侶……つまり『夫婦神』となるべく選ばれた魂だったんですよ。」
王慧が衝撃の事実をサラリと告げる。
「はぁ!?」
驚いたのは卓だけではない。
エラコも目を丸くしている。
「ちょっと王慧! アタシそんなの聞いてないわよ!?」
「君(黄色)の記憶が曖昧だったのは、君自身がそれを無意識に望んでいたからですよ。
元々、緑色の恵良だった頃、君は異世界のスグル君を見初めた。
『この人と一緒に世界を作りたい』とね。
ですが、君の中から生まれた論理的な側面……蒼の恵良が、その感情を『バグ』として切り離そうとした。
いや、正確には……蒼い方もスグル君に惹かれていたんですが、独占欲と論理性が暴走して『一度世界をリセットして、自分好みのスグル君だけを手元に残そう』とした……というのが真相ですね。」
「……つまり、今回の騒動の原因は、神様の痴話喧嘩と横恋慕ってことか?」
卓が呆れたように溜息をつく。
世界を滅ぼしかけた原因がそれとは、なんとも迷惑な話だ。
「まあ、結果オーライです。
コローデルさんの献身的な愛によって君の魂の格が上がり、ヒナタ君の覚醒によって神域へのパスも繋がった。
これにて君は晴れて恵良と統合……いえ、対等の夫婦神として神界へ迎えられるわけです。」
「コローデルは……どうなったんだ?」
卓が一番気になっていたことを問う。
「彼女は満足して旅立ちましたよ。
君を守り、愛を貫いたことで魂が浄化され、既に次の輪廻のサイクルに入りました。
来世では、きっと平和で幸せな人生を送るでしょう。
……呼び戻しますか? 今ならまだ、神の眷属として拾い上げることも可能ですが。」
卓は少し考え、そして首を振った。
「いや、いい。あいつは最期に『本望だ』と言って笑ったんだ。
俺のエゴでそれを汚したくはない。
……幸せになるなら、それでいい。」
「賢明な判断です。」
王慧が満足そうに頷く。
「さて、次はヒナタ君ですね。
君は私の孫神であり、恵良の子神として正式に神格化しました。
この星の枠には収まりきらない器になりましたから、これからは自分の宇宙を創造して、そこで好きに遊ぶといいでしょう。」
「自分の……宇宙……。」
ヒナタは卓の魂を見つめ、そして優貴を見た。
「とーちゃんも、にいちゃんも……一緒じゃないの?」
「スグル君は恵良と共に神界へ行きます。
ユウキ君は……どうしますか?
君もまた、ヒナタ君の『オマケ』として規格外の力を得ています。
その気になれば、ヒナタ君の眷属として共に宇宙を旅することも、神の一柱として生きることも可能ですが。」
王慧の問いかけに、全員の視線が優貴に集まる。
神になるか。
それとも……。
優貴は、隣で心配そうに見つめるネテーテの手をギュッと握りしめた。
その温もり。
命を懸けて自分を守ってくれた、大切な人の温もり。
「……僕は、神様にはなりません。」
優貴はきっぱりと言った。
「僕は人間として、この世界で生きます。
ネテーテと一緒に、歳を取って、笑って、泣いて……普通に生きていきたいんです。
お父さんが命を懸けて守ってくれたこの命を、人間として全うしたい。」
「ユウキ……。」
ネテーテが感極まったように優貴に抱きつく。
卓も、満足そうに微笑んでいる。
「ふむ。欲のない子ですね。だが、それもまた良し。
では、ユウキ君はこの世界に残り、人ととして生きる……と。
ただ、一つ問題がありますね。」
王慧がチラリと、部屋の隅で未だに気絶している小松(皇帝代理)を見た。
「この世界は一度崩壊しかけ、各国の指導者層も混乱しています。
ユウキ君がただの人として生きるには、少々力が大きすぎますし、周りが放っておかないでしょう。」
「それならば、案がございますわ。」
ネテーテが優貴から離れ、凛とした表情で王慧に進み出た。
「私が、この世界を統べます。」
「ほう?」
「優貴が安心して暮らせる世界がないのなら、私が作れば良いのです。
アルケンダス帝国皇帝代理、カイダーン=カツラックは此度の騒動の責任を取らせて廃嫡・追放と致します。
そして私が皇位を継承し、周辺諸国を統合……いえ、併合し、世界統一政府を樹立しますわ。」
ネテーテの瞳には、狂気にも似た、しかし純粋な愛と野望が燃えていた。
「そして優貴を初代世界統一皇帝としてお迎えし、私はその唯一の正妃として生涯を捧げます。
これなら文句はございませんでしょう?」
「えっ? ええっ!? 僕が皇帝!?」
優貴が素っ頓狂な声を上げるが、ネテーテは「お任せくださいませ♡」とウインクした。
「あー……うん。まあ、ネテーテならやりかねないな。」
卓が苦笑いする。
王慧も「それは面白そうだ」とニヤリと笑った。
「良いでしょう。その野望、認めます。
ただし、ユウキ君には私が、恵良にはスグル君が、ヒナタ君には……まあ自力でなんとかしてもらうとして。
それぞれの道が決まりましたね。」
卓の魂が、徐々に上昇していく。
光が強まり、エラコの体から抜け出した黄色い光と、上空で待機していた蒼い光が混ざり合い、美しい緑色の光となって卓を包み込む。
「お父さん!」
「とーちゃん!」
優貴とヒナタが叫ぶ。
「優貴、ネテーテを大事にな。幸せになれよ!
ヒナタ、お前も元気でな! たまには遊びに来いよ!」
「うん! 絶対に行く!」
「僕も! いつか絶対に!」
卓は最後に、満面の笑みを残して光の中へと消えていった。
創造神・恵良と共に、新たな神話の1ページを紡ぐために。
部屋には、優貴とヒナタ、そして彼らを取り巻く人々が残された。
窓の外には、何もなかったかのように静かな夜空が広がっている。
だが、彼らの運命は、この夜を境に大きく動き出したのだった。
「……さて。じゃあ早速、あの役立たずの代理を叩き起こして、引退届を書かせましょうか。」
ネテーテが腕まくりをしながら、気絶している小松へと歩み寄る。
新たな伝説――「世界統一皇帝ユウキ」の物語が、ここから始まろうとしていた。




