第068話「絶望の始まり」
新話です。
クライマックスに向かって走る決意をしましたよ。
「――ふむ。
スキルレベルが上限突破したとはいえ、やはり基礎となる魔力容量の差はいかんともし難いかのぅ。」
「そうだな。
俺も確認してみたが、レベルが上がったからと言って急に強くなった実感はないな。
まぁ、できることの幅が広がったという認識でいいんだろう。」
卓とサロモンは、エラコの説明が一通り終わった後も、テーブルに残った紅茶を飲みながらのんびりとステータスの検証を行っていた。
優貴はヒナタを抱っこしたまま、ネテーテ達に囲まれて何やら楽しそうに談笑している。
小松は……まあ、部屋の隅で侍従達に介抱されながらまだ目を回しているようだが、平和な光景だと言えるだろう。
窓の外は既に夜の帳が下りているが、ベンデーンの街明かりが優しく輝いているのが見える。
今日という一日が、ドタバタとはしていたものの、平和に終わろうとしていた。
――ザザッ……ザザザッ――
不意に、卓の耳にノイズのような音が走った。
耳鳴りか? と思い頭を振るが、その音は止まない。
それどころか、部屋にいる全員が怪訝な顔をして周りを見回している。
「おい、今の音……。」
「スグル様、何か妙な音が聞こえませんでしたか?」
ユーリが不安そうに卓に問いかける。
次の瞬間、世界が軋むような、不快な音が脳内に直接響き渡った。
『――システム領域への不正アクセスを検知――』
『――管理者権限の強制奪取を確認――』
『――防御障壁、突破されます――』
無機質な天の声が、先ほどまでの案内とは全く違う、警告色を帯びたトーンで響く。
「なっ!? ヒナタ、これはどういう事だ!?」
卓が叫ぶのと同時に、机の上にいたヒナタが苦悶の声を上げて転げ回った。
「うぅ……ぐぅっ!! 痛い、頭が……!!」
「ヒナタ!?」
優貴が慌ててヒナタを抱きしめるが、ヒナタの体からはバチバチと赤黒いスパークのような魔力が溢れ出している。
「ダメ……乗っ取られる……! 半分……持って行かれた……!!」
「半分? ヒナタ?何の事だ!」
「星の……管理権限が……シャムに……!!」
ヒナタがそう叫んだ瞬間、部屋の窓ガラスが全て内側に向かって弾け飛んだ。
だが、飛び散った破片が床に落ちることはなかった。
破片は空中で静止し、そのまま赤黒い光に変換されて消滅していく。
そして、窓の外の風景が一変していた。
美しい夜景だったはずのベンデーンの街並みが、毒々しい紫色の空に覆われている。
月は血のように赤く染まり、星々はまるで監視する目のように瞬いている。
『ふふっ、あらあら。随分と楽しそうに過ごしていたのですね。』
空間そのものが震えるような声と共に、部屋の中央、何もなかった空間が裂け、そこから一人の少女が姿を現した。
銀髪の猫耳、愛らしい顔立ち。
つい先ほど追い返したはずの守護神、シャムだ。
だが、その身に纏う神気は先ほどとは比べ物にならないほど禍々しく、そして強大だった。
「シャム! お前、帰ったんじゃなかったのか!?」
「ええ、一度は追い出されましたよ。あの忌々しい犬っころの権限でね。
ですが、帰ったふりをしてバックドアを仕掛けておくくらい、造作もないことです。」
シャムは冷ややかな目で苦しむヒナタを見下ろす。
「この星の守護神? 笑わせないでください。
所詮は他所の宇宙から来た異物が、一時的にシステムをハックしていただけに過ぎません。
正式な管理者である"蒼の恵良"様より、正式な権限譲渡コードを受領しました。
これでこの星のシステムは半分、私のものです。」
「半分……だと?」
エラコが青ざめた顔で立ち上がる。
「マズいわスグル!
星の管理権限が半分奪われたって事は、この星の物理法則や事象の半分をあいつが自由に書き換えられるって事よ!
つまり……。」
「つまり、こういう事です。」
シャムがパチンと指を鳴らす。
ズズズズズ……ッ!!
地響きと共に、遠くから何かが崩れるような音が聞こえてくる。
卓たちが窓の外を見ると、ベンデーンの街の遥か上空、雲を突き破って"それ"が現れた。
巨大な影。
一つではない。十、百、千……いや、数え切れないほどの影が、赤い月を背景に空を埋め尽くしていく。
「な……なんだあれは……。」
サロモンが呆然と呟く。
その視線の先にあるのは、かつて彼が魔族の大陸で戦い、勝てぬと悟った絶望の象徴。
「ドラゴン……!?
馬鹿な、実体化したとは聞いておったが、まさかこれほどの数が……!」
さらに、地響きは空からだけではなかった。
大地を割り、森をなぎ倒し、巨大な狼のような獣たちが津波のように押し寄せてくるのが見える。
その一頭一頭が、小山ほどもある巨体だ。
「フェンリル……氷の獣どもまで……!!」
「さあ、始めましょうか。この星の"浄化"を。」
シャムは愉悦に歪んだ笑みを浮かべ、両手を広げた。
「不要な知的生命体、バグの温床となるイレギュラーたち。
全て消去し、美しい更地に戻しましょう。
まずは手始めに……この街から。」
『ギャオオオオオオオオオオッ!!』
『ウォオオオオオオオオオオッ!!』
シャムの号令に応えるように、空を埋め尽くすドラゴンが一斉にブレスの構えを取り、地を駆けるフェンリルたちが咆哮を上げた。
「――っ! 全員、防御態勢!!」
卓が叫ぶと同時に、新解釈である<聖属性魔法 Lv100>による広域結界を展開する。
金色の光のドームが館を包み込んだ直後、世界が真っ白に染まった。
数万のドラゴンによる一斉射撃。
それは攻撃というよりは、もはや天災そのものだった。
ベンデーンの街が、悲鳴を上げる間もなく光に飲み込まれていく。
王城も、貴族街も、貧民街も、そこに生きる人々も。
全てが等しく、圧倒的な熱量によって蒸発していく。
「くっ……おおおおおおっ!!」
卓は歯を食いしばり、結界に全魔力を注ぎ込む。
(くっそ、俺単体のマナじゃギリいけるかどうか……)
だが、衝撃は凄まじく、結界越しでも内臓が揺さぶられるほどの振動が襲う。
数秒……いや、数分にも感じられる灼熱の時間が過ぎ去った後。
そこには、何もなかった。
卓たちの居る館の敷地だけを残し、周囲一帯、地平線の彼方まで続くベンデーンの街は、赤熱するガラス質のクレーターへと変貌していたのだ。
「……嘘、っすよね……。」
小松がへたり込む。
自分の治める国、その首都が一瞬で消滅した事実に、皇帝代理としての言葉も出ないようだった。
「あら、意外と頑丈ですね。
流石は元いた宇宙のイレギュラーといったところでしょうか。」
空中に浮遊するシャムは、傷一つない様子でクスクスと笑っている。
「ですが、これはまだ"挨拶"ですよ?
世界中に展開した100万の軍勢が、今この瞬間も各地で掃除を始めています。
あなた達がここで耐えている間に、世界は終わります。」
「ふざけるな……!!」
優貴が怒りの形相で立ち上がり剣を構える。
だが、ヒナタはまだ苦しそうにうずくまり、エラコも何やらブツブツと高速で計算をしているようで動けない。
この状況を打開できるのは、ここにいる戦力だけだ。
「サマンサ、サーラ、ユーリ! 迎撃に出るぞ!」
卓の声に、三人の女性が即座に反応した。
「はいっ! サロモンお義父様、呆けている場合ではありませんよ!」
「わ、わかっておる! まったく、年寄りをこき使いおって……。
じゃが、儂の故郷を二度も奪われてたまるか!」
サロモンがマントを翻し、その背中からどす黒い、しかしどこか懐かしさを感じさせる強大な魔力を噴出させる。
元魔王としての力が、解放されようとしていた。
「スグル様、お背中はメイドの私が恙無くお守りします。」
ユーリがスカートの裾をたくし上げ、隠し持っていたナイフ――いや、それは卓が以前作ったオリハルコン製のショートソードだ――を構える。
「私も行きます! 私だってS2ランク冒険者の意地、見せてあげますよ!」
サーラが杖を掲げ、四属性の魔力を練り上げる。
「コローデル、お前はここで優貴とヒナタ、エラコを守ってくれ!
回復役が必要だ!」
「わたしも…いえ! 命に代えても!」
コローデルが悲壮な決意と共に頷く。
「行くぞ! まずはあの空に浮いてるふざけた猫耳を引きずり下ろす!」
卓の号令と共に、人類最後の希望とも言える戦力が、絶望に染まった空へと飛び出した。
世界改変、そして殲滅戦の火蓋は、唐突に、そして最悪の形で切って落とされたのである。




