第000話「ここは異世界 ある朝の出来事:元オッサンの伝説へのプロローグ」
なんとなくプロローグを入れる事にしました。
夜も明けやらぬ早朝、一人の若い男と四つ足の小さな生き物が、街の門の横に設置された通用口から出ていく姿が遠目に見えた。
街を出た男と生き物は、街から離れる方向へと街道を歩いてゆく。
道沿いに10分程歩いた頃だろうか、山へ向かって分岐した分かれ道に差し掛かる。
男と生き物はふと一旦立ち止まり、分岐の先にある山とその手前にある雑木林を暫く見つめ、何かを考えているようだった。
意を決したのだろうか。
男と小さな生き物は山へと続く山道を歩きだす。
さらに山道を10分程んだところで、男と生き物は雑木林に差し掛かっていた。
左右に木々が増え始めた頃を見計らい、男と生き物は不意に山道を外れ、木々の間を縫って林の奥へと進んでゆく。
男の歳の頃は18歳程であろうか。
165センチ程の低めの身長で、非常に整った顔立ちに黒い目、男性としては長めの肩程まで伸びた黒髪を後ろに束ねていた。
純白のロングコートに身を包み腰には金、銀、黒の、肉厚の厚い、輪切りの筒のような物を、腰に巻いた白い帯に金具で引っ掻けてぶら下げていた。
他に剣や杖などの武器を持っているようには見えず、男は丸腰に近い様相であった。
男の着ていた純白のロングコートは、付与されている効果等は珍しい物なのだが、形や材質は似せて作成すれば手に入らないような物ではない。
しかし腰にぶら下がった3つの筒のような物は、この世界で流通している物ではなった。
そのため、同じ物を手に入れる事は難しいであろう。
その男は異世界人であった。
そしてその男から見たここは異世界なのである。
男が元居た世界の人間達からであれば、腰にある物がなんであるか、近づいて見た時に気が付くの者も居るだろう。
白い純白のロングコートは元の形状から大きく改変されていて、これは元の世界の人間であってもすぐには判別できない。
元が何であるかを言われて初めて「ああ、なるほど」と判るレベルである。
袖を細めて裾を長くし、首元周りから胸元にかけて襟を付ける事でロングコートに見えるように改造したそれは、元は空手道着の上着であった。
腰に巻かれて白い帯は空手の白帯だ。
そしてそこには金具を介してぶら下げられた金、銀、黒の3つの筒。
金、銀の二つは金属テープ、黒は布テープであった。
男が不意に黒いテープに軽く手を当てたかと思うと何かを念じたようだった。
――<粘着帯操作>《テープコントロール》――
すると、腰の黒いテープはスルスルと伸びてゆき、男の目の前に何かの形を作り出していく。
伸びたテープはウネウネと動いて黒い塊を造り、最後には両の手に嵌める手袋の形を取っていた。
その手袋は肘近くまでをカバーできる長めの物である。
――<固定>――
男がその手袋を手に取ると、手袋同士を繋いでいた部分とテープ本体に繋がっていた部分が自然にプツリと切れた。
切り離された残りのテープは、自然と本体の方へと巻き取られていった。
男は続けて金のテープ、銀のテープに手を当てる。
先程作った手袋を補強するのであろうか。
手の甲、拳、指、腕に金色の金属による補強が施されたかと思うと、銀色の金属が更にその上を覆い隠した。
――<硬化>――
その手袋は特に拳の部分への補強が目立った。
拳部分には丸まった厚い金属が付けられており、その部分を使った打撃による攻撃を想像させる形状である。
実際、男はそのつもりであったのか、自らの両の手に手袋を嵌め、拳を胸の前でガシガシと打ち合わせてその強度を確認していた。
手袋は完成を迎えたのであろう。
――<無限収納(副)>《ストレージ》――
男は手袋を外したかと思うと、まるで手品のようにその手袋を消す。
そして最後に一言「よし」と一人ごちっていた。
また、この場所には男以外にも四つ足の小さな生き物がいた。
その小さな生き物は四足歩行の哺乳類で、小型犬に分類されるの犬だった。
その小さな犬は、四つん這いで空に向かつて背中を丸め、前足と後ろ足をピンと地面に突っ張りブルブルと震えている。
それを見ていた男が、念話で犬へと話しかけていた。
『ヒタナ、ウンチ出たか?』
『う…ん?でたよ~』
ヒナタと呼ばれた犬の後方から、ポロリと固形の排泄物が落ちた。
この犬の名前はヒナタと言うようだ。
元の世界ではロングコートチワワと言われる種類のオスである。
『この世界にビニール袋もウェットティッシュもないからなぁ…そうだ!例の魔法でも試しておくか』
そしてそう、ブツブツと念話で呟いている男は水上 卓。
ヒナタのオマケのオマケでこの世界にやってきた、元42歳のオッサンが若返った姿なのであった。
◇◇◇◇◇
その頃の街の宿屋の一室。
まだ真っ暗な部屋の中では、一人の少年、優貴(10歳)と一体の不定形であろう筈の生き物が、まだ覚めきらぬ意識の中で念話による会話を行っていた。
『ねえ…ユウキ、あんたは散歩に行かなくってよかったの~?』
『ん~~…だって、まだ眠いし…朝の散歩は、何時もお父さんの仕事…ぐぅ…zzzzz』
『あ~…また寝たわ…まあいっか…あたしも…ふぁぁ、むにゃ…zzzz』
◇◇◇◇◇
――<ベンファーメン>――
卓がヒナタの排泄物に向かって手を翳しながら、頭の中で魔法を唱えた。
その翳した手からキラキラと弱い魔法の光が放たれ、少し離れた地面の上にある排泄物へと注がれる。
『お~、とーちゃん、なにそれまほー?』
『そそ、俺が考えたやつな。まぁ見てろって』
暫くすると、魔法の光を浴びたホカホカのソレから、更にホワホワと蒸気が上がる。
徐々にフカリとした腐葉土のような物へと状態が変化したかと思うと段々と水分を失って行き、最後には砂が崩れるようにポロポロと消えてしまった。
『おお、大成功!この魔法便利かもな』
『すごーい!くさいにおいなくなった~』
ヒナタが砂となって崩れたソレをクンクンと匂っていたが、特にそれらしい臭いはしなくなっているようだった。
<ベンファーメン>(新魔法)
スグル・ミズカミが生み出した生活魔法
生活魔法レベル3以上で使用可能
対象の発酵を時空魔法<アクセラ>の効果により急激に促進させた後、更に生活魔法<ドライ>によって水分を蒸発させる
この魔法は卓がこの世界で作り出した新たな生活魔法である。
この世界の生活魔法はなぜか五元魔法の要素を持っているのに、それらのスキルを持っていなくても使えるご都合魔法だ。
ちなみにこの世界で新魔法を創り出す事は非常に稀であると言われている。
その奇跡のような新魔法の実際の効果は、元の世界のコ〇ポストな訳だが…
まあ、生ゴミにも使えて非常に便利なのではないだろうか。
何でこんな魔法作ったのかって?
それは以前、暫く滞在した街の衛生問題として、集められた排泄物の処理について話し合っていた時の事だった…
……
◇◇◇◇◇
ガタリと椅子を押しやり、中年の男立ち上がる。
「ウ●コなんて、スライムに食わせとけばいいんだよ!」
はて?
誰が発言したのだっけ?
まあ、それは失念したのでいいのだが、それを聞いていた俺達の仲間の[定型な姿を取る不定形な筈のスライム]さんが怒っちゃった訳だ。
『何言ってんのコイツ。あたしはウ●コなんか食べないわよ?スライムは●ンコ喰うモンだと決めつけてんの?断固反対よ!スライムの人権侵害だわ!!』
だ、そうだ。
別にお前に全部喰えって言われた訳でもあるまい?
実際、お前以外のスライムで、人のウ●コを喰う奴らはいっぱい居るんだぜ?
しかも人権侵害ってな…そもそも人族じゃねぇだろ?スライムは?
……
◇◇◇◇◇
……
…結局、その時は焼却やら、肥料化について検討するっていう話で終わっていたと思う。
俺は最後の方、ちょっと船を漕いでたので自信はないがな。
まあその後、俺が試行錯誤してみたら出来上がったのが<ベンファーメン>っていう生活魔法って訳だ。
折角の新魔法だし流行るといいんだけどな~。
…
後の話になるが、卓は一大ムーブメントを引き起こす新たな生活魔法<ムベーン>を作り出す事になる。
<ムベーン>
スグル・ミズカミが生み出した生活魔法
生活魔法レベル5以上で使用可能
自身の体内の排泄物(大・小)を時空魔法<ケース>で一時的に作られた仮の空間へ格納
生活魔法<ベンファーメン>により処理の後、手を翳した対象へ生成物を放出し<ケース>を開放する
時空魔法<ケース>はレベル2から使える1リットル程の容量の亜空間を作りだす魔法だ。
<ムベーン>の効果を簡単に言うと、まだ体外に出ていないアレやソレを砂にして袋とかに入れられる魔法である。
<ベンファーメン>は都市や街の汚物処理や農村の肥料作成等で確かに重宝されていたが、一般庶民に大きな広がりを見せる程ではなかった。
しかし<ムベーン>の方は空前絶後の爆発的な流行を生む事になったのである。
最初は野営、ダンジョンでの探索等で、突発的な状況が命に関わってくる冒険者達であった。
冒険者ギルドの告知板に案内が出されるや否や、物凄い勢いで問合せの冒険者たちが殺到し、ギルド前にさながら人気ラーメン店のような列を作っていたのは衝撃的であった。
続いては婦女子、夢見る乙女達である。
そう、<ムベーン>は「女の子は"ピーーー"も"プーーー"もしないのよ!」が実現できるだけでなく、宿便の宿命に抗う乙女達にとっても夢の魔法だったのだ。
なお、余談ではあるが宿便については一般薬学の範囲で改善可能であり、レベル3程度の神聖魔法<ヒール>でも腸が正常化されて通りは良くはなる筈なのだが…
そうして夢見る乙女達や冒険者の間において生活魔法レベル5と<ムベーン>は必須習得スキルの一つとなり、率先的な生活魔法による家事手伝いによりレベル上げに勤しむ若き女性たちや、掃除洗濯のアルバイトで汗を流す冒険者達の姿がそこかしこで見られるようになったのであった。
そして卓はこの魔法<ムベーン>を作成した功績を大きく…いや、ほぼ世界中からあり得ない程に認められる。
なんと叙爵の話にまで至っていた程だ。
各国の王やお偉いさん、指導者達なんかが共通名誉公爵とかいうトンデモない爵位を作り出し、卓にその爵位を叙爵しようとしていたのである。
そんな物を受けてしまおうものなら、ウ●コ共通名誉公爵と呼ばれかねない事から、叙爵については丁寧にお断りする事になった。
代わりに生活魔法特別顧問と言う大陸内共通の肩書と、専用の仰々しいコートを貰ったのだが、卓はそのコートを<無限収納(副)>《ストレージ》から出す事はなかった。
その裏で、一般の人達からは「汚物の救世主」や「排泄聖者」等の誇れぬ二つ名で呼ばれていたのは本人の与り知らぬ所である。
たった一つの生活魔法により大変な事態に陥ってしまうなど、この時の卓が知る由はまだ無かったのであった。
この話の詳細については、また別の機会に語られることであろう。
……
…
『あ、ヒナタ。お尻キレイにしような~』
――<ウォッシュ>、<ドライ>――
『とーちゃん、ありがと~。さっきのてぶくろ、かっこよかったね~』
『だろ?黒竜布ベースに硬質オリハルコンの補強したし、聖銀コーティングで破魔効果もついたから、魔鋼ゴーレムでもレイスでも、ぶん殴ったら砕けるんじゃないか?あんなもん、作ってみたけど俺は使わないからお蔵入りだけどな~』
薄っすらと明るくなって来た朝靄の中、卓とヒナタの二人?は仲良く街へと戻っていくのだった。
◇◇◇◇◇
さて、そんなこんなで異世界を満喫している彼らであったが、そんな彼らの冒険は、朝のとある出来事を切っ掛けにして始まるのである。
なんか変な話なんですが、そうなんだ~って思って貰えれば幸いです。