9話 【過去】 姫騎士シルフォニアとの出会い(2)
【過去】
「あははははっ……! どうしました、姫騎士様っ!? そんなんじゃ私には届きませんよっ……!?」
「ぐっ……!? この、化け物めぇっ……!」
ここは王国騎士団の為に作られた訓練場であった。
そこで勇者の付き人である魔法使いのリズと、新しく勇者の仲間になる姫騎士のシルフォニアが決闘を行っていた。
『シルフォニアが勝った場合、リーズリンデは一生勇者カインの傍に近づかない』という制約を交わし、この決闘は行われている。
シルフォニアは初体面にて、リズの中に存在する魔の力に気が付いてしまった。リズはサキュバスの先祖返りであり、人間にして魔族の力を宿しているという特異性があったのだ。
シルフォニアはそこまで詳しい事情が分からないものの、リズの中の魔の力を糾弾する。
リズを勇者カインから引き離す為、シルフォニアはどす黒い化け物に決闘を挑んだのだ。
しかし……、
「ざんねーん! それは幻術の外れですよー! さあさあ、もっと頑張ってくださいっ……!」
「くっそぉっ……! 私は負ける訳には、いかないのだぁっ……!」
シルフォニアはリズに向かって鋭く剣を振るうも、その剣はリズの虚影を透過する。今シルフォニアが斬ったものは、リズの形をした幻術であった。
訓練場の中にはリズが10人も20人も存在していた。
それはリズが幻術によって作り出した自分の分身であり、本体を含め、それらは高速で訓練場の中を飛び回っていた。魔法で極限まで身体強化をした者の動きであった。
リズの戦闘スタイルは魔法の中に幻術を組み込むものだった。
山ほど放たれる実体の魔法の間に、幻術で作った魔法を入れ込む。結果、魔法の炎や雷が大量に水増しされ、幻影を含めて全てを躱し切るのは至難の業だった。
リズは自分の幻影が幻術の魔法を放っている様に見せかける。
虚実を織り交ぜられた魔法の群れが四方八方から飛んできて、シルフォニアはそれらに対処できていなかった。
「まだまだいきますよっ! 姫騎士様! お覚悟をっ……!」
「うぐっ……!? ぬうううぅぅぅっ……!」
圧倒しているのはリズの方であった。シルフォニアはどんなに剣を振っても、本物のリズには届かない。
「……え? なんだ、この霧は……?」
「ふふふ……」
シルフォニアはふと周囲の異変に気が付いて、周囲を見渡す。自分の周りにごくごく薄い赤色の霧が広がっている事に気が付いた。
「それは貴女の体の自由を奪う毒の霧です。薄く薄く散布し、充満するのに時間が掛かりました……」
「なっ……!? 毒っ……!?」
「この毒は貴女の魔力に干渉し、攻撃力の低下、防御力の低下、体力の低下、魔力の低下を引き起こし、全身の自由を少しずつ奪い、意識は朦朧し、判断力は低下し、眩暈を引き起こし、そして精神に干渉し、強い恐怖心を抱かせます」
「ぐっ……!?」
シルフォニアの体に気怠さが蔓延する。手足がぶるぶると震えてくる。甘い毒は容赦なくシルフォニアの体の自由を奪っていく。
そのえげつなさにカインは顔を伏せ、大きなため息をつく。
リズの厄介さを一番知るのは、常に傍にいた彼であった。
「くっ……! これ以上長引かせられないっ! 次を最後の1撃とするっ……!」
「いいでしょう! 掛かって来なさいっ……!」
シルフォニアは最後の力を振り絞り、全力で駆け出し、飛び跳ねた。幻影で増えに増えたリズの1人に一直線に飛び掛かった。
普通ならそれが幻影である可能性の方が高い。
しかし、極限状態の彼女はリズの存在感を肌で感じ取ったのか、今シルフォニアが襲い掛かったリズは本物のリズだった。
「くらえええぇぇぇっ……! 魔女めえええぇぇぇっ……!」
「ふふふ……」
シルフォニアは大きく剣を振りかぶる。
しかし、リズは笑っていた。
「……っ!?」
突如、シルフォニアの傍で大きな爆発が巻き起こる。
何の前触れもない爆発に、シルフォニアは対処することが出来ず巻き込まれる。彼女の体は吹き飛ばされ、訓練場の端まで飛ばされてしまった。
「幻術は、偽物を作り出すだけでなく……本物を隠すことも出来ますので……」
リズは笑う。
つまり、リズは本物の爆発魔法を幻術によって覆い隠し、シルフォニアには見えない様に透明にしていたのだった。
それまでリズは幻術を偽物の自分や魔法をかさ増しする為に使っていた。
それまで使っていなかった幻術の使用の仕方に、シルフォニアは意識の隙を突かれた。何の防御もすることが出来ず、シルフォニアは爆発魔法をもろに喰らってしまった。
大きな爆発の音はゆっくりと消えていく。
訓練場に静寂が訪れ、それと共にシルフォニアの意識は途絶えた。
完膚なきまでのリズの勝利であった。
* * * * *
そうして姫騎士シルフォニアは勇者たちに仲間に加わり、新たな旅が始まった。
リズとの決闘に無残に負けたシルフォニアは最初、自分の不甲斐なさからカインの仲間になることを辞退しようとしていたのだが、リズの「私が負けたらカイン様の元を去る、という約束はしましたが、貴女は負けてもカイン様には近づかない、なんて約束はしていません」という理論の元、シルフォニアは恥を承知で彼らの仲間に加わった。
しかし、気まずい旅が始まりを告げる。
リズとシルフォニアの間にはぎすぎすとした空気が漂っていたのだ。
リズはシルフォニアに対して特に敵愾心を抱いていない。しかし、シルフォニアの方には強いしこりが残っていた。
カインはリズの事情を彼女に説明するも、シルフォニアがリズに抱いている疑念を解消しきる事は出来なかったし、理屈を抜きにして、たくさんの人の前であれだけ無残にぼこぼこにされてしまってはどうしても嫌悪感が纏わりついてしまうものであった。
「どうしたらいいでしょうねぇ……」
「ほんと、無駄に足を取られちまいそうな要因は無くしてくれよ?」
リズとカインは2人で作戦会議をしていた。
仲間内でのギスギス感は早急に解消したい問題だった。勇者カインは少し胃を痛めていたのだ。
「てゆーか、少なくとも彼女をからかって遊ぶのはやめろよ、リズ」
「えー? でもあのキリっとしているけど無垢な感じの子を見てると、ついついからかいたくなっちゃいませんか? なりますよね?」
「分からん分からん」
このギスギス感に対し、リズに悪い点はない、という訳ではない。彼女はシルフォニアをからかってよく遊んでいたのだった。
純朴な彼女をからかって遊ぶリズの姿がよく発見されていた。
「……要するに、私は人間側にとって無害で、カイン様達に一切危害を加えない従順な人間である事を証明できればいいんですよね?」
「まぁ、そうだな……」
リズはぴんと人差し指を上げた。
「分かりました。では私がペットの様に従順である姿をシルフォニア様に見せましょう」
「……は?」
「カイン様、私に首輪を付けて鎖を持って歩いて下さい。私はその傍を四つん這いになって犬のように歩きましょう……! そうすれば! 私が従順なペットの様に無害な存在だって示せるでしょうっ……!」
「有害でしかねーよ、ドアホ」
「やん♡ もっと罵ってください……♡」
リズは身をくねらせた。
カインはリズが淹れた紅茶を飲んでため息をつく。彼女の奇行に対し、カインはもう大分慣れていた。毒されているとも言う。
「分かりました……こうなれば最終手段です……」
「ん……?」
リズはがたりと音を立てて席を立った。
「シルフォニア様と……仲良くなってきます……!」
「は……?」
その場にはカインだけが取り残された。
「こんばんは、シルフォニア様。今日は私の用意したお茶会に参加して下さり感謝致します」
「……まぁ、正直乗り気はしなかったのですが」
リズに呼ばれ、シルフォニアは宿で取っているリズの部屋を訪れていた。
2人でのお茶会という事らしく、テーブルの上には紅茶とクッキーなどのお菓子が並んでいた。
「……私も、リーズリンデさんとの不仲によってパーティー内に気まずい空気が流れているのは問題だと思っております。なので、こうして貴女の誘いに乗りました」
「ふふふ、ありがとうございます。今日はゆっくり2人でお話しましょ? 仲良くなるためにはまず対話です」
「……正直対話如きで貴女との仲が深まるとは思えないんですけどね」
当のシルフォニアは少しむすっとした態度を取っていた。どうしてもリズに対し嫌悪感が先に出てしまっていた。
椅子に座るシルフォニアに、リズは紅茶を淹れ、お菓子を並べた。
「……あ、このおクッキー美味しいですね……」
「そうですか? ありがとうございます。実はこれ、私の手作りなんです」
「え? そ、そうなんですか?」
「はい。こう見えて料理やお菓子作り、紅茶の淹れ方など、得意な分野は多いんですよ、私」
「……確かに……悔しいけれど、紅茶も美味しい……」
「ふふふ、別に悔しがらなくてもいいじゃないですか」
「ふ、ふんっ……! いくらお菓子が美味しいからって、貴女が魔女である事には変わりありませんっ! リーズリンデさん、この程度で貴女への疑念が払拭されるなんて思わない事ですよっ……!」
「ふふふ、肝に銘じておきます」
2人は話す。
「どうすれば私とシルフォニア様は仲良くなれると思います?」
「そんな事聞かれても……想像も出来ないですよ、貴女と私が仲良くなるなんて……」
「まぁまぁ、そう仰らず。このまま不仲なままだとカイン様に迷惑かけてばかりになってしまいますよ?」
「うっ……それは、そうなんですが……」
「少し真剣に考えてみませんか?」
「そうなのですが……そんな方法なんて思いつきませんよ。貴女とのこれまでのいざこざを全て水に流して、貴女に纏わりつく疑念を全て払拭して……それでやっとまだスタートラインなのでしょう? 無理ですよ、そんなの……」
「もー、すぐ諦めるんですから」
「む……。そう言うリーズリンデさんはどうなのですか? 私と貴女が劇的に仲良くなる方法があるとでも? 無いでしょう? そんなの……」
「私は思いつきますよ?」
「え……?」
「結構簡単な事だと思うんですけどね?」
「簡単な事って……な、なんなんですか? 私は本当に思いつかないのですけど……そんなに簡単に人と仲良くなれる方法があるのですか?」
「ほら……シルフォニア様……」
「……?」
「……そろそろ体が痺れてきませんか?」
「…………え?」
シルフォニアが指で摘まんでいたクッキーが床にぽとりと落ちる。
彼女の指先が……いや体全体が痺れて熱くなってきた。
「な、なな……何をしたっ……!?」
「言ったじゃないですか、このお菓子、私の手作りだって……」
「あ、熱い……!? 体が……!? あ、熱いっ……!?」
リズがニヤリと笑う。シルフォニアは体の奥から熱い何かが疼いているのを感じていた。
「き、貴様……!? 私に何をした……!?」
「ふふふ……」
リズは椅子から立ち上がり、テーブルの向かい側にいるシルフォニアにゆっくりと近づいた。
「や、やめろっ……! 来るな、魔女めっ……!」
「ふふふ……、大丈夫……。怖い事なんて、1つもありはしませんよ……?」
「ひゃんっ……!?」
リズがシルフォニアの太ももにゆっくりと触れ、シルフォニアは思わず高い声を発してしまう。
リズは彼女の太ももに服の上から触っただけである。ただそれだけだというのに、シルフォニアは体をびくりと震わせた。
「ふふふ……」
リズは妖艶な笑みを口元に浮かべながら、ゆっくりとシルフォニアの太ももを優しく撫でた。シルフォニアの体が火照る。
「ひゃ……ひゃっ……! や、やめっ……!? なんで、撫でられただけで……こんな……!」
「大丈夫、大丈夫ですよ、シルフォニア様……。私は誓って無理矢理は致しません。私はあなたの腕や足をゆっくりと撫でるだけ。嫌がる貴女を強引に襲う、なんてことは絶対に無いでしょう」
「…………」
「ですが、あなたはすぐに自分から仰るでしょう……」
リズは自分の口をシルフォニアの耳元の近づけ、そっと囁いた。
「……『もっと下さい』と」
「~~~~~っ……!」
リズの声をすぐ近くで聞き、シルフォニアの体はぞくりと震えた。彼女の体の内側にはもどかしい程の熱が蠢いており、彼女の肌も耳も心も、すでに敏感になっていた。
「さぁ……ゆっくりゆっくりお話しして、仲良くなりましょ? シルフォニア様? 大丈夫。夜って結構長いんですよ……?」
「ひいいいぃぃぃっ……!?」
リズは艶やかに微笑み、シルフォニアは抗いがたい体の熱にぞくぞくと震えた。
「くううぅぅぅっ……! いっそ殺せええぇぇぇっ……!」
必死に理性を総員してシルフォニアがそう叫ぶも、それは虚しい抵抗である。
姫騎士の貴やかな花弁がはらりと落ちるのだった。
* * * * *
「あー……お前ら、一体何なん……?」
「はい……?」
「どうしました? カイン様?」
日差しの強い朝が来た。外では小鳥がちゅんちゅんと鳴いている。
勇者カインの一行は、宿の一階に併設されている食事処にて朝食を食べていた。
カインは眉を顰めながら、目の前のリズとシルフォニアを見ている。
「いや、だってさ……お前ら……」
「はい?」
「なんでしょう……?」
「なんでそんなに、距離が近いんだ……?」
リズとシルフォニアの女性2人は、お互いの肩をぴとっと張り付けるような距離感で朝食を食べていた。
昨日までの気まずい空気が流れていた2人からすると、あり得ない事であった。
「別にこのくらいの距離、何もおかしい事じゃないですよねー?」
「う、うむ……。同じパーティーメンバーだ。これくらい……なにも不思議ではないな……」
リズは横を見てにこっと笑いかけると、シルフォニアの頬は赤く染まっていった。
「昨日の夜の方が、もっともっと距離が近かったですもんね、私達?」
「す、すまない……、昨日の夜の話は、私……まだ恥ずかしくて……照れてしまう……」
「ふふふ……♡ シルフォニア様ってば、恥ずかしがり屋なんですから♡」
「…………」
カインの開いた口は塞がらなかった。
「シ、シルフォニアなんて他人行儀な……。『シルファ』って呼んでくれ、リズ。昨日のベットの中での様に……」
「ふふふ、これは失礼しました、シルファ様……♡」
「リズ……♡」
2人は熱い視線で見つめ合う。彼女達の間にはもう気まずい空気なんか存在していなかったが、その代わり若さゆえの情熱に満ち満ちていた。
「あーん」
「あーん」
「…………」
リズが自分のフォークで目玉焼きをすくい、シルファの口にゆっくりと運ぶ。2人はくすくすと笑い、頬を赤らめさせながら仲睦まじく朝食を食べさせ合った。
それを見て、カインは愕然とする。微笑ましい光景であるが、カインは愕然とせざるを得なかった。
「……あっ! カイン様、これは決して浮気とかではないですからねっ!」
「そ、そそ……そうだな、カイン殿! 私の貴方への愛は一切変わってはないからなっ!」
「女性同士はノーカウントですよ、ノーカウント」
リズは笑いながら手を叩き、シルファは頬を赤らめもじもじと、2人のパーティーメンバーを上目遣いで眺めていた。
「これからは3人で一緒に仲良く旅をしていきましょうっ……!」
「もうこのパーティーやだっ!」
カインは頭を抱えそう叫ぶのであった。彼の苦難はまだまだ始まったばかりである。
新しい朝の始まりには清々しい風が吹いていた。
今回のノルマは『くっころ』と定め、話を作りました(笑)。