8話 【過去】 姫騎士シルフォニアとの出会い(1)
【過去】
「では聖剣アンドロスに選ばれし勇者カインよ……。そなたを我が娘シルフォニアの婿とする事に決定するっ……!」
「は……はあああぁぁぁぁっ……!?」
とある王城、謁見の間においてこの国の国王が高らかにそう宣言をする。
寝耳に水と言わんばかりに勇者カインは目を丸くし、口をあんぐり開けて驚いた。
それはカインが聖剣を抜いた勇者として、世間から広く認知された頃の事であった。
彼は勇者として多くの人の命を守っていた。彼はいつものぶっきらぼうの態度で、めんどくせぇ、めんどくせぇと呟くも、なんだかんだ言って丁寧に人の命と心を守り続けていた。
人の細かい悩み事や相談事さえも次々と解決していった。
彼の旅は順調だった。
1つ問題があるとすれば、彼は1匹のサキュバスに寄生されており、ほとほと困らされている事ぐらいであった。
そんな1人の勇者と1人の魔法使いの皮を被ったサキュバスの旅は人々から認められ、今日、大国バッヘルガルンの国王に謁見が許されたのだった。
そこで国王は宣言する。
勇者を自分の娘の婿にする、と。
「ちょ、ちょっと待ちやがれ…………ま、待って下さいっ……!」
リズに敬語などを習っている最中のカインは言葉をぶらしながら、そう聞いた。
「いきなりそんな事を言われても困りますっ……!」
「わが国には古くからの決まり事がある。聖剣アンドロスに選ばれた勇者が現れたら王家に迎え入れ、自分の子供と夫婦にして子孫を作れ、と」
「マジかよっ!?」
驚愕を隠せないカインに対し、黒い三角帽を被った魔法使いのリズはきゃっきゃと騒いだ。
「やりましたね! カイン様っ! 一平民だったカイン様が王族になれるんですよ!? 大出世じゃないですか……!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、リズ……。あまりに突然の大きい事で……俺は何が何だか……」
「お姫様を自分の妻に出来るんですよ!? エロい事したい放題じゃないですかっ! 世間知らずのお姫様をたっぷりと自分色に調教したい放題ですよっ……!」
「お前ちょっと黙ってろっ……!」
サキュバスは王族を前にしても通常運転だった。
「初めまして、勇者カイン様。貴方と婚約を交わす予定となっているこの国の王女シルフォニアと言います。今後ともどうぞ宜しくお願いします」
「…………」
この国の王女であるシルフォニアがカインの前に立ち、品良くお辞儀をした。赤い髪がポニーテールにされており、芯のある強い目をしていた。
彼女の赤髪よりも濃い赤色のドレスを身に纏っており、それが彼女に良く映えている。
「は、初めましてシルフォニア様。貴女の騎士としての噂はかねがね伺っています」
「それは嬉しいですね」
シルフォニアはくすりと笑う。
彼女はこの国のお姫様でありながら、騎士としても活躍する程の高い実力の持ち主であった。その強さは大国バッヘルガルンの中でも5本の指に入る、とされる程の優秀な若手であった。
腰には銀の美しい剣を差している。堂に入っていた。
「急に婚約の話を出されて勇者様が困惑されているのは重々承知しております。なので、暫くは婚約の事は忘れ、一友人として親交を深めていければと思っております」
「そ、そういう事なら……ありがたいです……」
「いえ、これからは一緒に旅をする仲間として、お互いの事を良く知り合っていけるでしょう。ゆっくりとでいいので、私とのことを考えて下されば嬉しいです」
彼女はこの国のお姫様ではあるが、実力としては申し分が無かった。彼女の剣はこの国でも指折りの実力である。
何より彼女の正義感が、勇者の力になりたいと彼女の炎を燃やしているのだった。
「も、申し訳ない。いきなりの婚約の話はシルフォニア様も同じことで、俺と同じ……いえ、私と同じ状況にいるというのに、私だけが動揺してしまっていて。
見ず知らずの馬の骨との婚約話で、貴女の方がお嫌でしょうに……」
カインは戸惑ったように頭の後ろを掻いている。いきなりの婚約話に完全について行けてなかった。
しかし、シルフォニアは上品にくすりと笑った。
「いえ、私はカイン様との婚約の話は寧ろ嬉しいと思っておりますよ?」
「……え?」
「貴方の勇姿は良く聞こえております。たくさんの悪を討ち、勇ましく戦い続ける貴方の話はどれも私の胸に響き、勇者様と出会える今日この日を私は心待ちにしていました」
シルフォニアは自分の胸に手を当て、一歩カインに近づいた。
「もし、良ければ……婚約の話は前向きに考えて頂けると……とても嬉しいです」
「…………」
「宜しく……お願いします……」
お姫様は顔を赤らめながらカインにそう伝える。
恋の華が咲くか咲かないか、心揺れ動く時期の彼女であった。
「……しかし、今日貴方にお会いしたことで、私には疑問が生まれてしまいました……」
「ん……?」
シルフォニアがそう言う。それまで勇者を見ていた熱い目がキッと鋭くなり、その傍にいたとある女性の方に向けられる。
「……貴女は一体何者なのですか? 勇者様の付き人、リーズリンデ様っ……!」
「ん? 私ですか?」
シルフォニアが睨んだのはリズであった。魔法使いはきょとんとする。
「私は貴女様の勇姿もよく聞いていました。しかし……申し訳ないのですが……今貴女と面と向かって相対し、評価を変えざるをえなくなりました……」
「はい……?」
シルフォニアは険しい口調でリズに喋りかける。その厳しい目付きからは、明らかに敵意が漏れ出している。
「貴女と相対して私は感じてしまいました……。貴女の中にはどす黒い何かがあるっ……! 魔族の様に卑しく、悪意ある闇が……貴女の中には潜んでいる……!」
「…………」
「勇者様! この者は危険ですっ! 仲間に置いておくべき人ではないっ……! カイン様の為を思い、はっきりと述べさせて貰いますっ! この者は人の皮を被った化け物だっ……!」
シルフォニアはリズの中にある魔族の力を本能的に見抜いていた。
リズはサキュバスの先祖返りである。その淫魔の力は人間の持つ力ではなく、それは世界の敵である魔王軍の力に限りなく近いものであった。
その邪悪な魔の力をシルフォニアは感じ取っていたのだ。
「シ、シルフォニア……! お前、勇者のお仲間になんてことをっ……!」
「お父様! 申し訳ありませんが黙っていて下さいっ……! 世界の希望である勇者様の味方に悪意あるものが紛れているかもしれないのですっ!」
「あ、あー……? シ、シルフォニア様? こいつには少し事情があって……確かに少し……かなり面倒なところはありますが、無害であることは私が保証しますよ?」
「カイン様! 騙されてはいけませんっ! この者の邪悪さを感じ取れないのですか!?」
場は騒然とする。
シルフォニアは大きな声を上げ、事態の緊急性を主張する。周りの者達は姫様の言う事の信憑性が分からず困惑する。
カインは上手く否定しきることが出来ない。シルフォニアの言う事には歴とした事実が混ざっていたからだ。
笑っているのはリズだけだった。
「それで……? 姫騎士様……? 私をどうしたいのでしょうか?」
「お前を勇者様には近づけさせないっ……!」
「うふふ……? 私と勇者様を引き裂くと……? 幾重の夜を抱き合って過ごした私たちを引き裂いて、遠くに置くと……? それでは精力豊富な勇者様を一体誰が慰めればいいのでしょうかねぇ……?」
「なっ……!?」
「あ、てめぇ! このやろっ!」
シルフォニアの顔が真っ赤になる。夜の事情を公の場でバラされて、カインは怒る。
それでもまぁ、リズは通常運転だった。
「お姫様が勇者様を慰めてくれるのなら、私はそれでいいのですが……、失礼ですがシルフォニア様はご経験がおありですか? カイン様を満足させることは出来るでしょうか?」
「な、なな……ななな……」
シルフォニアは全身が真っ赤になりながら、1歩2歩と後退る。リズはくすくすと笑いながら、彼女を追う様にゆっくりと距離を詰めていく。
「どうでしょう? 経験は豊富ですか? お姫様はベットの上で、ご上手ですか?」
「わ、わわわ……わわ……」
言えるわけがない。ここは王城の謁見の間であり、周りには有力な貴族達もたくさんいる。
そんな場でこんな話が出来る筈が無かった。
リズは楽しそうに笑う。カインは自分の手で顔を覆い、困ったように大きなため息をついた。
全てはリズのペースだった。
「け、けけ、け……」
「ん……?」
シルフォニアはわなわなと震えながら、大声で叫んだ。
「決闘だっ!」
シルフォニアは腰に下げられた剣を抜き、その切っ先をリズに向ける。
顔が真っ赤のシルフォニアは逃れるようにして、リズに対し決闘を挑んだのだった。
リズは笑う。
勇者を巡る戦いが火蓋を切ったのだった。