7話 【現在】 姫騎士シルフォニアとの戦闘訓練(2)
【現在】
世界の英雄である姫騎士シルフォニア様と相対している。
今は学校の戦闘訓練の授業中である。その中で、どういう訳かシルフォニア様の訓練相手として、私は彼女から直々に指名を受けてしまった。
それもシルフォニア様は私を指導しようと思って声を掛けて下さったのではない。
自分の訓練の為の相手として私を指名したのだ。
なんで私!?
私に英雄的存在の相手が務まるとでも……!?
「ではよろしく頼むぞ、リズ!」
「よ、宜しくお願いします……シルフォニア姫様……」
しかし相手はこの国のお姫様である。断る事なんて出来る筈が無い。
正面にはシルフォニア様がニヤリとした笑いを浮かべながら堂々と立っていらっしゃる。
不甲斐ない結果の許されない模擬戦が始まろうとしていた。
「では始めっ……!」
審判の方が開始の合図をした。
なんでシルフォニア様は私を指名したのだろう……、ここ数日で彼女とはほとんど話なんかしなかったのに……、そう色々と頭に過ぎるけれど、まずは試合に集中しなければならない。
英雄様との戦いで気なんか抜いていては瞬殺されてしまう。
くそおおおぉぉぉっ……! こうなったら自棄ですっ……! 全力でやってやらあああぁぁぁっ……!
私は炎や雷、風、土などの魔法を連射させていく。息をつかせぬ魔法の連打が私の得意なスタイルだった。
少し自慢になってしまうが、こう見えて私は学内でも有数の実力の持ち主である。魔力保有量も高く、魔法構成速度も速い為、並みの使い手ならば寄せ付けることなく勝つことが出来る。
「甘いっ……! 甘いなっ!」
「ぐえええぇぇぇっ……!?」
しかし、シルフォニア様には通じない。
最小限の防御魔法と回避によって私の攻撃は全ていなされる。シルフォニア様の本来の戦闘スタイルは魔法剣士であると聞く。魔法と剣を併用することで幅の広い戦術を使用するのだという。
しかし今日の戦闘訓練は魔法のみの訓練だ。剣の使用は認められていない。
つまり姫様は自分の実力を十全に出せないまま、私の攻撃を完封しているのであった。
まず動きがおかしいっ!
人間の動きじゃないように見えるっ……!
速過ぎるし、鋭過ぎるし、縦横無尽過ぎるし……もう訳が分からないっ! これでもかという程の私の魔術が全て躱されるっ……!
他の学園生の体の動きが赤ん坊のよちよち歩きに見える程だっ!
「きゃっ……!?」
シルフォニア様の魔法が私に当たり、吹き飛ばされて床を転がる。
態勢を立て直そうと何とか起き上がるけれど、その時には彼女は私に詰め寄ってきており、起き上がったばかりの私の額を指でこつんと突いた。
私の完全敗北だった。
「あ、ありがとうございました」
「うむ、ありがとう。楽しかった」
「す、すみません……力不足で姫様の訓練のお力になれなかったようで……」
「いや、そんな事は無い。有意義だった」
そう声を掛けられて私は照れ臭くなる。少しの気まずさも相まって、私は自分の頭を掻いた。
「しかし……確かにリズの力は弱まっているようだな……」
「え……?」
シルフォニア様が小さな声で何かを呟いた。私はそれを聞き取れない。
「……なんでもない、気にするな」
「…………」
彼女は言葉を封じる様にゆっくりと微笑んだ。
それは、まるで傷ついた兵隊を労うような優しい笑顔で、その兵隊の傷が癒えるのをゆっくりと待つ情の深い戦友の姿の様であった。
……なんでそのような表情を向けられるのか、私には分からなかった。
「ところで、先程の戦いだが……」
「はい……?」
「なんで幻術を使わなかったんだ?」
「え……?」
シルフォニア様にそう尋ねられ、私は目を丸くする。
「なんで、と言われても……私は別に幻術使いじゃないのですが……?」
「む……?」
姫様に怪訝な顔をされる。……いや、なんでですか?
「あー……リズ、君の戦い方は多種多様な魔法を高速で放ち続ける事だ。そこに幻術を交えて虚実を入れ込んで攻撃を行うのが、とても効果的だと……思うぞ……?」
「ア、アドバイスありがとうございます……」
姫様は自分の頭を掻きながら、何故か話辛そうにアドバイスをくれる。なんというか、当然当たり前のことを改めて言葉にして説明するようなもどかしさ、みたいなものをシルフォニア様から感じた。……なんでだ?
あと、何故か姫様は先程から私の事を『リズ』と愛称で呼ぶ。……なんでだ?
「よし! ではそれを踏まえてもう一度模擬戦をやろう!」
「えっ!? い、いきなりですかっ……!?」
姫様は私の事を急かしてきた。
「いやいやいやっ! 私幻術なんて使い慣れて無いですから、今模擬戦やってもシルフォニア様に失礼を働くだけというか……!? いきなりぶっつけ本番で戦術に幻術を交えても機能しませんよっ!?」
「大丈夫大丈夫。リズなら絶対に上手くいくから。ほら、騙されたと思って、模擬戦! 模擬戦っ!」
「え!? えええぇぇっ!?」
やや強引に腕を引っ張られ、模擬戦の準備をせざるを得なくなる。
シルフォニア様ってこういう人だったの!? いや、なんでだろう……心のどこかで納得をしている自分がいる。
姫様はこと戦闘に関しては誰よりも熱意のある人だった。戦闘の技術の話とかになると、少し強引なところがある人だ。
……いや、私はシルフォニア様の事をほとんど知らないんだけど。
どこで私は姫様に対し、こんなイメージをつけたのだろうか?
……っていうか、なんでだろう? 何故かカイン様や、彼の仲間である聖女メルヴィ様や大戦士のガッズ様、レイチェル様が今まさに始まろうとしているこの模擬戦の様子をじっと注視している。
そ、そんなに注目されるべき戦いかなぁ? これ?
「始めっ……!」
審判の方が再度模擬戦の始まりの合図を告げる。
えぇっと……? 幻術を使用して、虚実を織り交ぜながら攻撃を仕掛けるんだっけ? 慣れない戦法ではあるけれど、やるしかないっ!
「ファイアボルトっ! アイスフリーズ! トルネードっ……!」
模擬戦内の結界の中を魔術で埋め尽くしていく。
本物の魔術を撃つよりも、幻影で魔術の形だけを取り繕った方が簡単だった。先程の戦いよりも密度の濃いように見える魔術群がシルフォニア様に襲い掛かる。
……なんだろう、なんかしっくりくる。
初めて試した戦法だというのに、自分の体から淀みなく術が流れ出ていく。どこにどう幻術を挟めばいいのか、感覚的に理解できている。
何だこの感覚?
まるで本当の自分を思い出したかのように、自由に術が飛び出ていく。体に羽が生えたようだ。まるで檻から解き放たれたかのような解放感を味わっている。
シルフォニア様は私のこの適性を一目で見抜いたというのだろうか?
知り合ってほとんど時間も経ってなく、たった1度しか模擬戦をしていないというのに、それだけでこんなにも私に合った戦法をアドバイスしてくれたのか?
凄い! 流石は勇者様のお仲間っ! 姫騎士のシルフォニア様であるっ!
「くぅっ……!」
それでもシルフォニア様はこの戦術に対応していく。
虚実織り交ぜた魔術が結界区画内を飛び交っているというのに、その虚実に対応して正しく魔術を防ぎきっている様であった。
まるでこの戦法に慣れているかのようにシルフォニア様は私に対応する。
……それもそうか。この戦術は彼女に教わったものなのだから、姫様もどこかでこの戦い方をする敵と戦ったことがあるに違いない。
「あっ……!?」
「ふんっ……!」
私の幻術を越えて、シルフォニア様の魔術が私に届く。幻術に防御性能はなく、その穴を付かれてしまった。
私は咄嗟に腕で彼女の魔法を防ぐ。
彼女の魔法が私の体を弾き、私は3歩も4歩も後ろにたたらを踏んだ。
姫様はその隙を突いてくる。
幻術の間をすり抜け、高速で私に迫ってくる。そして態勢を立て直そうとまごつく私に、至近距離から強力な魔術を叩き込んだ。
……ように見えた。
「むっ……!?」
シルフォニア様の魔術は私の体をすり抜け、区画内の端の結界の壁に衝突する。彼女の目が小さく驚きで歪んだ。
私は彼女の魔法を腕で防ぐ直前、自分の体を幻術によって作り出していた。
確かに私の態勢は崩れたのだが、その後シルフォニア様が至近距離で攻撃を放ったのは幻影の私に対してであった。
その隙を突いて、私はシルフォニア様の横に回り込む。
彼女の側面を狙い、私は高速の雷魔法を放った。
「ふふっ、流石だ」
「……っ!?」
しかし、シルフォニア様は私の策に即応する。
側面に回り込んだ私を瞬時に見つけ出し、カウンターの様に魔術を放ってくる。
お互い腕を伸ばし、その指先が触れ合うような距離感、2人の魔術が交錯する。
私は姫様の裏を掛けたことに満足してしまったのか、彼女の即応に面を喰らってもろにシルフォニア様の炎魔法を喰らってしまった。
「ふべっ……!」
少し品のない呻き声を上げながら、私は姫様の魔法に吹き飛ばされ、ごろごろと闘技場の床を転がる。
シルフォニア様は私の魔法を回避したようで、魔術を放った位置から1歩も動いていなかった。
でも……、
「あっ!? 見て……!?」
「んっ……!?」
「シルフォニア様の頬に傷がっ……!」
シルフォニア様の頬から一筋の血がつぅっと垂れる。
シルフォニア様はその頬の血を指で拭う。結界内に掛けられている治癒魔法がすぐにその傷を癒してしまうが、確かに私の攻撃はシルフォニア様に掠っていた。
「…………」
「…………」
シルフォニア様が私に近づいてくる。
私は尻餅をついたまま、見上げる様にして彼女が近づいてくるのをじっと見ていた。
周囲がざわつく。
「お、おい……これ、どうなるんだ……?」
「リーズリンデ様……シルフォニア様に認められたのか……?」
「バカっ! この国の姫様に傷を付けてしまったんだぞ!? 何があるか分かったもんじゃねぇっ!?」
周りでは様々な憶測が飛び交っていた。
シルフォニア様が私の前で立ち止まる。周囲に妙な緊張感が広がった。
「多分、騎士としての誇りを傷つけちまっただろうからなぁ……」
「勇者の仲間である騎士が、一学生に傷つけられたのは恥だってか……?」
「姫様の顔に泥を塗ったことになるんじゃねえか……? もしかしたら、不甲斐ないって、勇者カイン様怒ってるかも……」
周囲は色々と言っていた。
シルフォニア様は尻もちをついたままの私に対し言葉を投げる。
「……良い戦いだった」
「…………」
「後で私の部屋に来てくれ。話がある」
そうとだけ言って彼女は踵を返し、この場から離れていった。
私は唖然とし、その場は騒然となる。
「ど、どうなんだ? リーズリンデ様は認められ、勇者の仲間にスカウトされるのか?」
「いや、誇りを傷つけた為に不興を買って、国外追放もあり得るぞ……?」
「リーズリンデ様……どうなってしまうの……?」
周囲は勝手にざわざわとざわついていた。
「ふ、ふん……! バカな女! 姫騎士様に恥を掻かせて……! あの女はもう駄目ね……!」
ただ1人、アイナ様だけが腕を組みながら胸を張り、そう大声を出していた。
* * * * *
「し、失礼します……」
「あぁ、リズ。よく来てくれた」
放課後、私はシルフォニア様に言われた通りに彼女の部屋を訪れた。学園領の中でも一際立派な、彼女の為に拵えられた部屋であった。
「まぁ、腰かけて楽にしてくれ」
「し、失礼します……」
私は結構緊張をしている。当然だ。シルフォニア様がどんな話をするのかは分からないが、その話は私の人生を変えてしまう可能性が高い。
仲間へのスカウトだろうと、国外追放だろうと、私の人生は大きく変わってしまうのだ。
シルフォニア様が机越しに私の対面に座る。
「話というのは他でもない。少し相談があってな……」
「…………」
姫様のメイドの方が2つ紅茶をテーブルに置いた。
私は紅茶ではなく生唾をごくりと飲んだ。
シルフォニア様がゆっくりと口を開く。
「……カイン殿との夜の情事についてなのだが……」
「…………」
……ん?
「最近、まんねり気味なのが否めなくてな……。カイン殿はああ見えて優しいから、そういう事を言わないでいてくれるが……私も彼の事を喜ばせたいからな……」
「……はい?」
「なんていうか……こう、いつもとは違う夜の交わり方というのは無いものかと思ってな……。少し新しい嗜み方があれば、それをカイン殿と試してみたいのだが……」
「…………」
シルフォニア様は少し顔を赤らめながらもじもじと喋る。
唖然とさせられる。
何故か、そのまま何事も無いように姫様はぺらぺらと続ける。
「なぁ、リズ。何かいいアドバイスをくれないか? 少し変わった夜の遊び方とかを教えて欲しいんだ」
「…………」
「…………」
私は大きく息を吸い込む。
「知りませんよっ!?」
「……ッ!?」
私は大声を出した。
「いや!? なんでですかっ!? なんでそんな事を私に聞くんですか……!?」
「そ、そりゃ、こんなことを相談できるのはリズしか……」
「いやなんで私なんですかっ!? そんな事を相談されても困りますよっ……!」
「バカなっ……!?」
バカなっ、じゃないっ……!?
それはこっちの台詞だよっ……!
なんで姫様はショックを受けた顔をしているのっ……!?
「ま、待ってくれ! 私を突き放さないでくれ……! 意地悪をしないで教えてくれっ……!」
「意地悪なんてしてませんよっ……! 夜の情事とか、そんなの私全然知りませんからっ……!」
「バカなっ……!?」
「バカなっ……じゃないですっ……!」
「そんなことある筈が無いっ! エロ師匠! どうか私にアドバイスをくれっ! エロ師匠っ……!」
「だーれがエロ師匠じゃいっ……!?」
そんな呼ばれ方、誰からもされた事無いわいっ!
シルフォニア様は私の裾を掴みながら、上目遣いで訴えかけてくる。
……ていうか、この姫様を止めてくれっ! お付きのメイドの方っ!
「くっ……! まさか記憶を失って性格まで変わってしまうとは……。力を失ってもリズはエロいままだと思っていたのに……」
「え? 今なんて言いました?」
「いや、なんでもない……」
シルフォニア様が悔しそうに小声で何かを言っていた。私は聞き取れない。
「も、申し訳ありませんが、そういう事は本当、別の誰かにお聞きくださいっ! 私は一切力になれそうにありませんよ、シルフォニア様っ!」
「『シルフォニア』なんて堅苦しい。『シルファ』と呼んでくれ、『シルファ』と。私とリズの仲じゃないか!」
「私は一体何を認められているんですかっ……!?」
『シルファ』はシルフォニア様の愛称であり、そう呼んで良いのは彼女が認めた者だけ……と先程、本人が語っていたというのに。
一体私の中の何が姫様に認められてしまっているというのか……!?
「頼むっ! この通りだから私にアドバイスをくれ、リズ! お前だけが頼りなのだっ……!」
「あー、もう本当に知りませんよ! そんな事! 私に聞かれても困りますよっ、ほんと!」
「なんでもいい! なんでもいいから、ちょっと一風変わった情事を教えてくれっ……!」
「知らないですって! カイン様のお尻に何か適当に突っ込んどけばいいじゃないですか! ……って私は何を言わされているんですかっ……!?」
投げやりになって適当な事を言う。何だこの相談。本当に困る。
しかし、シルファ様の顔がぱぁっと晴れ渡った。
「……ッ!? カイン殿のお尻にっ……!? なるほど! その発想はなかった! 流石はリズだ!」
「え……?」
「ありがとう! 相談して良かった! やっぱりリズは頼りになるなっ!」
「え? ちょ、ちょっと待って下さい……? シルファ様!?」
シルファ様はテーブルの上の熱い紅茶を男らしく、ぐいと一気に飲み干した。
「よし! では早速行って来る! ありがとう、リズ! また明日、学園で!」
「あ、ちょ、ちょっと……?」
そうしてシルファ様は嵐の様に飛び出していった。
私は目が点にならざるを得なかった。
私はメイドさんと2人、取り残されていた。
次の日。
「リズーーーーーっ!」
カイン様が顔を真っ赤にしながら私に詰め寄ってきた。
「お前、シルファに何を吹き込みやがったぁっ……!? 昨日の夜、い、いきなりシルファの奴がっ……! お、お前が1枚噛んでいるんだろうっ!? そうに決まっているっ!」
「わ、わぁっ……!? ち、違うんですっ! カイン様っ! 私だって何が何だかっ!?」
恐らく昨日の夜、お尻に何かを突き刺されてしまったカイン様が顔を真っ赤にしながら私の胸ぐらを掴んでいた。
「お前という奴はっ……! いつになっても困った奴だっ!」
「誤解! 誤解ですっ……!」
「少しは自粛という言葉を覚えやがれっ……!」
「誤解ですう゛う゛う゛う゛う゛ぅぅぅぅぅっ……!」
その日、妙につやつやとしたシルファ様と疲れ切ったカイン様に囲まれ、私は災難に見舞われることとなったのだった。
私はげんなりと肩を落とす。
……何が悪くて、どうしてこうなってしまったのか。
誰か教えて下さい……。
日頃の行い。