6話 【現在】 姫騎士シルフォニアとの戦闘訓練(1)
【現在】
これだけははっきりと言っておく!
私は清楚で健全な人間なのだっ!
勇者様が来てからというもの、私は謎の奇行に及んでしまうことがほんの少しあったのだが、それは本来の私の姿ではないのである。
私は生まれてこの方18年、高貴な貴族として模範的な生活と努力を送ってきた。勉学や礼儀作法の練習を重ね、立派な貴族として努力を積み上げてきたのだ。
……どうやら私は1年前、魔王軍に襲われて重傷を負い、2年間ほどの記憶がおぼろげになってしまったらしい。
記憶喪失なのだから当然なのだが、私はその時の事をよく覚えていない。
お父様もお母様も少し涙ぐみながら『特に変わった事は無かったよ』『普通の貴族として生活をしてたよ』と言ってくれたので、多分その通りなのだろう。
つまり私は18年間一時も怠らず貴族としての品性を保ってきたという事なのだ。
確かにちょっとエッチで不健全な考え事をしたりする時はあったが、その程度の事は誰にだってある事だ。
だからもう一度言う!
私は清楚で健全な人間なのだっ!
……という訳で私は今日も清廉に、勤勉に、学校の授業に精を出すのであった。
「せいっ……!」
「はぁっ……!」
学園内の闘技場の中で魔法が乱れ飛ぶ。
今日の授業は戦闘訓練であった。
広い闘技場の中で1対1となり、魔法の撃ち合いの模擬戦を行う。たくさんの生徒たちが気合の入った掛け声を発し、次から次へと魔法を放っていく。
火の魔法、氷の魔法、雷の魔法と色とりどりの光が闘技場内を埋め尽くす。闘技場の中でもたくさんの区分けがされていて、その区分けごとに結界が貼られている為、流れ弾が飛んで来るような事は無かった。
この授業を怠けていてはいざという時に魔王軍や魔物に殺されてしまうかもしれない。皆、真剣に授業に取り組んでいた。
「ぜあぁっ……!」
「負けるかぁっ……!」
更に、今日は勇者様達が学園を訪れて初めての戦闘訓練の授業だった。皆の気合はいつもより一段と高い。
カイン様や彼の仲間の人たちが学友たちの戦いぶりをじっと見ている。
実はある噂があった。
勇者様達はこの学園で戦力になりそうな人を探していて、有望な人は魔王討伐の度にスカウトされるのではないか、という噂だった。
勇者様達に認められたら、自分も誇り高い彼らの仲間になれるのかもしれない。
そのような期待もあって、今日飛び交う魔法はいつもより大きく、華やかであった。
「きゃあんっ……!」
1人の女生徒が甘い声を上げながら尻餅をつく。1組の魔法戦闘訓練が終わったのだった。
「いや~ん! シルフォニア様おつよい~! アイナ、本当におどろいちゃいました~っ!」
「…………」
尻餅をついているのは先日、カイン様に色目を使っていたアイナ様だ。
そして、その彼女と模擬戦を行っていたのは勇者様の強力な仲間であるこの国の姫騎士シルフォニア様であった。
力強い鋭い目をしており、赤い長い髪をポニーテールにしてきっちりと纏めている。その立ち振る舞いだけで、気品や誇り高さを体現している女性であった。
「シルフォニア様もう凄すぎです~! アイナ、感動しちゃいました~! もう素晴らし過ぎです~、シルフォニア様~!」
「……そうか?」
「はい~! 本当に~! これだけお強いのなら魔王なんて目じゃないですよ~! もぅ~! シルフォニア様最高です~!」
アイナ様はシルフォニア様の手を借りて起き上がる。その時に勢い余ったように身を前に出し、シルフォニア様の手を握ったまま彼女は自分の体を姫様にぴとりと付けた。
誰がどう見ても距離が近く、アイナ様は上目遣いをしながらシルフォニア様を見た。
「本当にかっこいいです、シルフォニア様~。アイナ、シルフォニア様のかっこいい姿、もっともっとずっと間近で見ていたいっな!」
媚びるような甘い声でアイナ様はシルフォニア様に囁いた。
「……ちっ」
「あの女、今度はシルフォニア様に媚びてるよ」
「本気で勇者様達の一行に取り入ろうとしているわ」
周りから悪態が漏れる。戦闘の実力ではなく、勇者様達の機嫌を取って彼らに認められようとしているのは端から見て明らかだった。
まぁ、別に悪い事ではないと思うけど……周りからの心象はあまり良いものではなかった。
「シルフォニア様、もっともっとアイナに手取り足取り教えて下さいなっ?」
アイナ様はシルフォニア様に華やかな笑顔を向けた。
しかし……、
「いや、私はそろそろ自分の鍛錬をしたい。他を当たってくれ」
「え……?」
シルフォニア様は他所の方に視線を向け、彼女に興味がなさそうに呟いた。
「そ、そんな事仰らずに……! アイナ、もっともっとシルフォニア様と交流を深めたいですぅ~! さっきのシルフォニア様の戦う姿がとてもとても美しくて……アイナ、シルフォニア様に教わりたいなっ!」
「…………」
少し額に汗を掻きながら、アイナ様はシルフォニア様にもっと身を寄せた。
「もっと貴女のかっこいい姿が見たいです~! ダメですかぁ~? シルファ様~?」
「……っ!」
その時、シルフォニア様が反応を見せた。
アイナ様が言った『シルファ様』というのはシルフォニア様の愛称だった。カイン様など、彼女の仲間たちが親しみを込めて彼女をそう呼んでいるのを何度も聞いていた。
だから、親しみを込めてアイナ様もシルフォニア様の事を『シルファ様』と呼んだのだろう。
しかし、当のシルフォニア様がそれを聞いて目を見開いた。
「……済まないが、アイナとやら」
「はい……?」
「……私の事を『シルファ』と呼んでいいのは、私が認めた者達だけだ。悪いが、気安くその名で呼ばないでくれ」
「え……?」
そう言われ、アイナ様はぴたりと固まってしまう。
そして力強く乱暴に振りほどく、なんてことはなかったのだが、拒絶され身を強張らせたアイナ様の腕を軽く振りほどき、シルフォニア様はアイナ様から離れていった。
そしてどこかに向かって歩き出す。
「リズ……!」
「え……?」
ん? 私……?
シルフォニア様が向かっている方向は私の方だった。
彼女の凛とした声が私の名前を呼ぶ。
「私と模擬戦をしようっ! 良いなっ!」
「え……?」
シルフォニア様が私に模擬戦の誘いを持ち掛けてくる。
今さっき姫様は言っていた。「私はそろそろ自分の鍛錬をしたい」と。
その相手が私……?
周囲の注目が私達に集まる。姫様自らが指名した? と、周囲はざわつき始める。
アイナ様は恨みを込めた目で私の事を見てきた。
「ええぇっ……!?」
何故かはさっぱり分からないのだが、世界の英雄の訓練相手に指名されてしまう。
不甲斐ない結果の許されない模擬戦が始まろうとしていた。