33話 エピローグ(1)
【現在】
「はい、じゃあ次の方ー!」
学院の体育館の中で、聖女メルヴィ様の声が響き渡る。
その声がした後、メルヴィ様の元に1人の怪我人がやってくる。足を痛めているようで、友達に肩を借りながらゆっくりと彼女の元に移動していた。
つい先程、国立の学院の中に魔王軍幹部が侵入し、暴れ回るという事件が発生した。
そのせいでたくさんの怪我人が出てしまった。幸い死者は出なかったものの、校舎の一部が抉れ、100人近い生徒や先生が怪我を負ってしまった。
今、この体育館には怪我人が横になって体を休めている。
メルヴィ様は強力な治療魔術の使い手であり、怪我を負った人達の治療にあたっていた。
そして、治療魔術を扱える多くの人がメルヴィ様のサポートを行っていた。怪我人に治療を施したり、彼女のアシスタントをしたりする。
その中で1人、不満を顕わにする人がいた。
「なーんで私が手伝いの方なんですかぁっ!?」
私だ。
働きながら文句を垂れていたのは、先程まで魔王軍幹部との戦いにめっちゃ巻き込まれていた私――リズであった。
「リズさーん! 右の方に治療魔術施しておいて下さーい!」
「いや、おかしいですよね!? 私怪我人の方じゃないんですか!? なんであくせくお手伝いしなきゃいけないんですか……!?」
私は先程まで魔王軍幹部と相対していた。途中から記憶がなくなっているものの、確か手酷いダメージを負って、全身がボロボロになっていたはずだった。
なのに何故、私が手伝いの方に回されるのだろうか……!?
「だってリズさん、怪我1つ無いじゃないですか」
「そ、それは自分でもよく分かってなくて……!? おかしいなぁ!? 結構重傷だったと思うんですが……!?」
私は戦いの途中で意識が途絶えている。
目が覚めると目の前にはカイン様がいて、魔王軍幹部アンディは倒れ伏せており、そして何故か私の体の傷は完全に治っていた。
「力が戻った時に、自己治癒が働いたのでしょう?」
「いや、ほんと……、全然身に覚えが無くて……。あれー? 私の傷、どこにいったんですか……?」
あははと、メルヴィ様が困ったように笑う。
とにかく、何故か怪我の無い私はベッドで休むことが許されず、手伝いに参加させられているのだった。
……なんか損した気分!
「リズお姉さま~~~……!」
そんな時、私の元に駆け寄ってくる1人の少女がいた。体に包帯を巻きながら、桃色の髪を揺らして私に近づいてくる。
「リズお姉さま、何か私にお手伝い出来る事はありますか!?」
「アイナ様……」
それはアイナ様だった。私の元に駆け寄り、従順なわんこのような目で私の事を見つめている。
昨日まで……というより今日の今日まで疎まれ、避けられている節があったというのに……一体いきなりどうしたというのだろうか?
「あー……、アイナ様? アイナ様は怪我なさっているのですから、ゆっくり休まれていたほうがいいですよ……?」
「いえ! お姉さまが働いているというのに私がおめおめ休んでいる訳にはいきませんっ! お姉さま! 何か私にお手伝いをさせて……げっほぐえっほ……!」
「吐血っ……!」
アイナ様は口から血を吐いた。
彼女の体には痛々しい包帯が巻かれている。アンディの攻撃が校舎を割ったとき、その攻撃にアイナ様は巻き込まれていたのだ。
いいから休んどけって。
「……なに? 媚び女が今度はリズに媚び始めてるのかしら?」
「これは媚びじゃありません! レイチェル様……!」
私たちの様子を呆れ顔で見ながら、レイチェル様がそう呟いた。その言葉をアイナ様は即座に否定する。
「私はお姉さまに命を救われたんです……! あの時のリズお姉さまの戦いっぶり、もう目に焼き付いて離れません! 私は命の御恩をお姉さまに返すんです! 一生お姉さまに付いていきます!」
「お、おう……」
アイナ様の熱に押され、私はたじろぐ。
どうやら皆の話によると、魔王軍幹部アンディを撃退したのは私であるというのだ。
しかし私はその時のことを覚えていない。凄まじい魔術を放ちまくって魔王軍幹部を追い詰めた、と皆は言うのだが、その時の記憶がまるでない。
うむむむ……? 一体私に何が起こったというのか……? まるで心当たりがない。
皆が口を揃えて私に嘘を言っているんじゃないかと、ちょっと思っているぐらいだ。
「お姉さま! 私に何か手伝えることはありますか……!?」
「え、えぇっと……」
だからアイナ様のこの尊敬も私には見覚えのないものであって、このキラキラした目が少しこそばゆかった。
「メルヴィよ……リズがまた女性を魅了させているぞ……?」
「そうですね、シルファさん……。流石リズさん……、最強の女たらしですね……」
「あの分では、お持ち帰りも遠くないか……」
「聞こえてますよー? シルファ様ー? メルヴィ様ー?」
顔を寄せ合ってひそひそ話をするシルファ様とメルヴィ様を諫める。
誰が女たらしじゃい、誰が。
「メルヴィ様ー! こちらの方お願いしますー!」
「あ、はーい! すみません、リズさん。こちらの方お任せしてもいいですか?」
「はい、分かりましたー」
メルヴィ様が別の場所に呼ばれ、私は今来た方を担当することになった。
「……って、サティナ様とルナ様?」
「あ、リズ様っす!」
「リズ様、お疲れ様ですわ」
やってきたのは私が学院でいつも仲良くさせて貰っているサティナ様とルナ様だった。ルナ様がサティナ様に肩を貸し、サティナ様が足を引き摺る様にしてここにやって来た。
「リズ様、さっきは凄かったっすね! リズ様があんな力を隠しているなんて知らなかったっすよ!」
「あはは……、サティナ様……。私にも何が何だか……。その時の事、まるで覚えていないんですよねぇ……」
「記憶が無いのかしら?」
「自分の内に潜むもう1人の別人格が現れたとか、そういう奴っすか!?」
ルナ様もサティナ様も目を丸くする。
別人格……。なるほど、別人格。それが出ている時は私も知らない力が発揮され、私自身の記憶も残らないという事なのだろうか。
もしかして私、二重人格……?
「別人格……?」
「本人格の間違いだろう?」
「あっちの方がメインであることは間違いないですよね?」
「別人格というか……エロに目覚めているか、目覚めてないかだけの違いだろう?」
「メルヴィ様ー? シルファ様ー? 何か言いましたー?」
「いえ、何もー?」
少し離れた場所でメルヴィ様とシルファ様がひそひそ話をしていた。あまり聞こえなかったが、何か馬鹿にされていることだけは分かった。
「と、取り敢えず怪我を見させてもらいますね? サティナ様?」
「よろしくっす、リズ様」
そう言ってサティナ様は椅子に座り、太ももの傷口を私の方に見せた。
「……ってこれ、かなり傷が深いじゃないですか!? 何平然としているんですか!?」
「え? そうっすか……? 最初かなり痛かったんすけど、今はそんなでも無いっすよ?」
「痛みが麻痺してるんですよ! 早めの処置が出来てよかった……」
私は自分の手に力限りの治療魔法を宿した。
「これは力いっぱいの治療が必要ですね……。少しくすぐったいと思いますが、動かないでくださいね?」
「りょ、了解っす……」
サティナ様が小さく息を呑み、私は手に治療魔法を仕込みながら、彼女の傷口近くに手を当てた。
「ひゃっ!? ひゃんっ……!?」
「…………?」
いきなりサティナ様が艶めかしい声を出し、体をびくっと震えさせた。
「いや、ちょっと待……ひゃあんっ! リズ様、ちょっと待っ……ひゃ、ひゃいんっ!?」
「ど、どうしたんですか、サティナ様……? ただの治療魔法ですよ……?」
「いや、これ絶対ただの治療魔法じゃ……やああぁぁぁんっ……!?」
何かサティナ様の様子がおかしい。私は治療魔法を掛けているだけだというのに、色っぽい声を上げながら、体をもじもじとくねらせている。
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい、サティナ様……? し、深呼吸、深呼吸……?」
「だ、だめだめっ……! ひゃ、ひゃいんっ……!? だ、だめっす! うち、変になっちゃうっす……!? や、やあああぁぁぁぁんっ……!?」
「サティナ様、本当にどうしたんですか……!?」
サティナ様はどういう訳か興奮状態にあるようだった。
顔は赤く火照っており、目はとろんと蕩けながら軽く焦点を失っている。私の治療魔法によってサティナ様は少し正気を失っているようだった。
私は治療魔法を発している自分の手の魔力の流れをじっと感じ取る。
確かにいつもの治療魔法とは、何か感覚が違う……? こう、少し……違和感があるような……ないような……?
「おい、リズが淫魔流治療魔法を思い出したようだぞ?」
「あれ、体の内側から効くんですよねぇ。わたしも参考にさせて貰ってます」
「やっぱりリズの力は順調に戻っているようだな?」
「何か言いましたかー!? シルファ様ー? メルヴィ様ー?」
「いえ、何もー?」
少し離れた場所でシルファ様とメルヴィ様がひそひそ話をしているが、ほとんど何も聞こえないし、今はそれどころじゃない。
「リズ様!」
「えっ!?」
サティナ様は急に腕を動かし、私の手を取った。
「リズ様! うちと結婚して下さい……!」
「えっ!? えええぇぇぇっ……!?」
サティナ様は妙なことを叫んでいた。彼女の頬は赤く、そして息は荒かった。
「こんなに体の内側めちゃくちゃにされて、はい、何も無い、なんてありえないっす! これはもう……結婚なんじゃないっすか……!?」
「なに訳の分からないことを言っているんですかっ!?」
サティナ様は完全に混乱をしていた。隣のルナ様もびっくり驚いている。
「あ、サティナ様ずるいっ! 私にもその治療をして下さい! お姉さま!」
「えぇいっ! アイナ様まで何言ってるんですか……!?」
「リズ様! 一緒に温泉旅行に行かないっすか……!? ルナ様とかも誘って、皆で温泉旅行に行きましょう……!?」
「えぇいっ! ストップ! 皆まともに戻ってくださいっ!」
混乱が混乱を呼んでいた。
「流石リズ……。最強の女たらし……」
「記憶と力がまた戻るのも、そう遠くないみたいですね……」
「えぇいっ! シルファ様、メルヴィ様! また何かこそこそ言ってるんですか!?」
「いえ、何もー」
遠くからは、英雄のお2人がなにかひそひそと話をしていた。
「リズ様……! いつ旅行に行くっすか……!?」
「お姉さまお姉さま! 私! 私にもその治療魔法掛けてみてください……!」
「あーーーーーー!? もうううううぅぅぅぅぅぅぅっ……!?」
どうして私がこんな目にいいいぃぃぃ……!?
清楚で健全で清純で裏表のない私は、なんだかよく分からない何かに、ほとほと振り回されるのであった。
日がゆっくりと暮れようとしている頃の事だった。
サティナはこの後正気に戻って、自分の部屋で死にそうな程悶絶しました。
次話『34話 エピローグ(2)』は1時間後に投稿予定です。