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31話 【現在】 今再び、魂が震えた

【現在】


 リズと巨体の化け物が睨み合う。

 ここはフォルスト国立学院の校庭である。巨体の化け物を6人の教師が用心深く取り囲み、その化け物の正面には女生徒リズが立っていた。


 巨体の化け物の名前はアンディ・マッキントン。魔王軍の幹部であるようだ。

 その者が勇者カインに対する人質を作る為、単身でフォルスト国立学院に乗り込んできていたのだった。


「そうか、お前がさっきから名前が聞こえてきていたアイナか」

「…………」


 魔王軍幹部アンディが顎に手を当てながら、そう言う。リズの事を見ながら、そう言った。


 アンディは『勇者と懇意にしている者を差し出せ』と言った。その時、学内で白羽の矢が立ったのがアイナであった。

 彼女は勇者一行に取り入ろうと媚びを売っていたので、スケープゴートにされそうになっていた。


 その時、学内から飛び出したのがリズであった。


『私がアイナです』


 リズはアイナの名を名乗り、彼女を庇う様にして魔王軍幹部の前に立った。


 アンディは顎に指を当てながらアイナと名乗ったリズのことを見る。

 彼は校舎内から『アイナ』の名前が聞いていたが、その教室内で顔を青ざめ震えていたアイナの姿は見えていなかった。


 故に、今目の前に名乗り出たリズをアイナだと思い込んだ。


「自分から出てきて感心感心。まるで勇者のよう…………、ん……? お前……?」


 喋っている最中、ニタニタと笑っていた魔王軍幹部の表情が急に険しくなった。眉がしかめられ、目の前のリズの事を注意深く観察するようになった。


「まさか……、お前……? いや、違う……? 話に聞く魔力が全然感じられない……? 別人か……?」

「……?」


 魔王軍幹部アンディは独り言のようにぶつぶつと呟きながら、リズを見て何か考え事をしていた。リズにはその独り言の意味が分からない。


「……お前、我を倒すとか言っていたが?」

「……えぇ。ここは誇りあるフォルスト国立学院。そう簡単に屈服させることが出来ると思わないことです」

「無駄だ、女。お前たちは未熟故に学生なのだ。我には絶対に勝てん」


 魔王軍幹部は余裕をもってリズと相対しながら、大きなハンマーをゆっくりと肩に担いだ。小娘なんかには負けないと、巨体の大きな態度がそう言っていた。


「やってみなければ分かりませんっ……!」


 リズはそう言うと共に、瞬間的に自分の魔力を高め、不意打ち気味にアンディに魔術を放った。

 あらゆるものを切り裂く風の魔術が魔王軍幹部アンディに襲い掛かる。

 戦いの火蓋が不意に切って落とされた。


「無駄だっ!」


 リズの魔法が体に届くまでの数瞬、魔王軍幹部は大きな体を機敏に動かし、瞬時に肩に担いだ大きなハンマーを振るった。

 ハンマーには火の魔術が纏っており、炎の尾を引きながらリズの放った風の魔術を叩いた。


「ん……!?」

「…………」


 しかし、ハンマーには一切の手ごたえがなかった。アンディは目を見開く。

 リズが放った魔法はハンマーに阻まれることなくそれを透過し、そしてアンディの巨体を一切傷つけることなく通過する。


 そして、霧が晴れるようにその風の魔術は消え去った。


「幻術か……!」

「…………」


 風の魔法はリズが作った幻だった。


「はああぁぁぁっ……!」

「ぜあああぁぁぁっ……!」


 校庭に残っていた6人の教師たちが一斉にアンディに襲い掛かる。敵は幻術を誤って叩き、勢い余って態勢を崩しかけている。

 その好機に乗じて、一斉に攻撃を仕掛けようとしていた。


 しかし、


「甘いな……」


 魔王軍幹部アンディは振り過ぎたハンマーの勢いをほとんど殺さず、そのままもう1回転させた。

 襲い掛かってくる教師たちにハンマーは直撃しなかったものの、ハンマーを纏う炎の余波が周囲に撒かれ、それが教師たちに大きなダメージを与えた。


「ぐわあああぁぁぁぁっ……!」


 6人の内の2人が、その炎の余波に吹き飛ばされ戦闘不能となる。


「ふんっ……!」


 そして1回転させたハンマーを頭上に高く掲げ、それを自分の近くの地面に叩きつけた。

 地面を叩いたハンマーには土の魔術が仕込まれており、アンディの周囲全方向の地面から尖った土の塊がせり上がった。


「うわあああぁぁぁぁっ……!」


 残った教師4人が全員吹き飛ばされ、校庭にいた教師全員が全滅した。


 一瞬でこの学院で戦闘能力に優れていた教師たちが敗れ去った。

 その様子を見ていた学院の生徒たちが顔を真っ青にして、膝から崩れ落ちる。絶望が心に湧き出していた。


 しかし戦いは終わっていなかった。


「ここですっ……!」

「むっ……!」


 瞬間の乱戦の中、リズがアンディの頭上を取っていた。炎のハンマーも土の棘も躱し、高く宙を舞ってリズは魔王軍幹部に肉薄していた。


「はああああぁぁぁぁっ……!」

「ぐっ……!」


 リズがアンディの至近距離から渾身の氷魔法を放つ。土の広範囲魔法を放ったことで、アンディの態勢は崩れている。

 避けられないことを悟ったのか、アンディの顔に初めて焦りの表情が生まれる。


 リズの放った魔法は1m程もあるような巨大な氷の塊だった。それがリズの手から勢いよく噴出され、アンディの額を強く打った。

 ズゴンという大きな音が響いた。


「おぉっ……!」

「やった……!」


 校舎の中から歓声が漏れる。

 アンディの頭に強い衝撃が襲い掛かり、彼は大きく体をのけぞらせた。顎ががくんと浮き上がり、片足が地面から離れる。


 彼の巨体が斜めに傾き、もうすぐ背中に地面がつきそうであった。

 皆が魔王軍幹部の体が倒れ伏せる光景を期待した。


 しかし、そうはならなかった。

 アンディは浮き上がった片足を即座に後ろに持っていき、力を入れ、倒れそうになる体を支えた。

 ずしんと足が地面を打つ。そして大きくのけぞった体に力を入れ、彼は体を起こした。


 アンディの体が元の態勢に戻る。

 額には傷が出来ており、そこから赤い血が幾筋か垂れている。


 しかし、それだけだった。


「見事、女……」

「…………!」

「しかし地力が足りなかった」


 アンディは即座に魔力を纏ったハンマーを振り上げる。

 地面に着地したリズはそのハンマーの間合いから逃れるために、すぐにバックステップをして魔王軍幹部アンディから距離を取った。


 しかしリズの動きに関係なく、アンディのハンマーは地面を叩いた。

 そこから、リズに向かって一直線に衝撃波が飛んでくる。


「……っ!」


 リズは息を呑んだ。

 彼女の背後には校舎がある。ここで自分が衝撃波を躱せば、衝撃波が校舎を襲うだろう。


「はああぁぁぁっ……!」


 リズは無理矢理足を止め、その場に大きな魔術の土の壁を作る。衝撃波を受け止めて学友たちに被害が出ないよう、防御の姿勢を取っていた。


「無駄だ……」


 しかし、アンディがそう呟く。

 衝撃波が土の壁にぶち当たる。リズの努力空しく、土の壁はすぐにひび割れ、ぼろぼろに崩れていく。


「ぐっ……!」

「…………」


 リズは歯を食いしばる。歯を食いしばるものの、その力みは結果には現れず、アンディの衝撃波は土の壁を破壊し、リズの体を巻き込みながら学院の校舎にぶち当たった。


「きゃああああぁぁぁっ……!?」

「うわああああぁぁぁっ……!」


 悲鳴が起こる。衝撃波は校舎を破壊し、壁の一部分に大きな爪痕が刻み込まれる。ロッカーや机など、教室の備品が吹き飛ばされ、宙に舞いバラバラと落下する。

 衝撃波に巻き込まれた学院の生徒たちは大きく傷つき、そして幾人かは校舎の外に弾き飛ばされた。


 アイナもまた外に弾き飛ばされた内の1人だった。


「う、ぐ……」


 魔王軍幹部の攻撃の余波に巻き込まれただけで、アイナは体をボロボロにしていた。体が動きそうにない。立てそうにない。

 激しい痛みが全身に襲い掛かる。


 しかし、これは大分ましな怪我であった。

 リズが防御をして、衝撃波の威力を大きく削いでいた為だった。もしリズが衝撃波を回避し、衝撃波の威力が弱まらないまま校舎を叩いていたら、アイナのクラスの人間は全員死亡していただろう。


「うぅ、う……」


 朦朧とする意識の中、アイナは顔を上げた。

 そして見た。


 自分たちは魔王軍幹部の攻撃を受けてボロボロだ。しかし、視線の先にはもっとボロボロになっている人がいた。


 リーズリンデだ。

 逃げず、正面から敵の攻撃を受けて立ったリーズリンデの体は悲惨なことになっていた。

 体中が傷つき、ぐったりと倒れ込んでいる。血があらゆる場所から垂れ、地面と彼女の綺麗な金髪を赤く濡らしている。


「リ、リーズリンデ……?」

「…………」


誰がどう見ても重傷で、体に力は無く、死んでいるのではないかとアイナはぞっとした。


「リーズ……リーズリンデ……?」

「…………」


 アイナの言葉に反応するかのように、リズの指がピクリと動く。そして浅い呼吸を繰り返し、ゆっくりと、本当にゆっくりと動き始めた。


「リーズ……リンデ……」

「…………」

「駄目……。動いちゃ、駄目……」


 リズはゆっくりと体を起こす。血塗れの体、誰よりも重い傷を負った体で、彼女は少しずつ立ち上がろうとしていた。

 その様子を、泣きそうになりながらアイナは見ていた。


 アイナや他の生徒たちは、痛みでまだ立てない。


「…………」


 リーズリンデは半分意識が途絶えながら、ふらふらと、立ち上がってはアンディの方に向き直った。


「……素晴らしい」

「…………」

「お前は勇敢な者だ。紛う事なき、勇者だ」


 魔王軍幹部はハンマーを肩に担いだ。それまでの余裕めいた態度は薄まり、敬意と警戒心を共にしながら、目の前のフラフラな少女に向き合う。いつでも魔法が撃てるように、アンディは自分の中の魔力をじっくりと高めていた。


「だから、お前はここで殺さなければならない」

「……っ!」


 アンディの言葉にビクリと反応したのはアイナだった。リーズリンデは反応を出来るような状態ではなかった。意識は朦朧として、立っているのがやっとの状態だった。


「逃げてっ! リーズリンデ……! リーズリンデ様っ……! 逃げて下さいっ……!」

「…………」


 魔王軍幹部アンディが1歩前に踏み出した。それに呼応して、意識が半分途絶えているにも関わらず、リズの体の中の魔力も高まり始める。


「駄目っ! 立ち向かっちゃ駄目っ……! 逃げて、リーズリンデ様っ……! 逃げて逃げて逃げてっ……!」


 泣きそうな声で叫びながら、アイナはリズの方に近づく。膝立ちで、足を擦りながら、なんとかリズに近づこうとしていた。


「逃げてーーーっ……!」


 アイナは大きく叫んだ。


 そんな時の事だった。

 風に揺られ、ふわりふわりと一枚の布……いや、一着の服が彼女たちの近くに落ちてきた。


「ん……?」

「ん?」

「…………」


 それは何でもない服だった。しかし一瞬の警戒の為、アンディの足が止まる。


 先ほど、アンディが放った衝撃波によって教室の中の備品が吹き飛ばされていた。机や椅子、ロッカーなども吹き飛ばされて、それらが宙高く舞っていた。


 その服はロッカーの中に入っていた体操服だった。ロッカーが吹き飛ばされて、中の体操服が弾き出されていた。

 他の物が地面に落下する中、その服は衝撃波と風に舞い上げられて、高く高く吹き飛ばされていた。


 そして風に乗り、今リズたちの近くに落ちようとしていた。

 リズは機敏な動きでその服を掴み取っていた。立つのもやっと、死にかけの体だったが、手だけが素早く動いて頭上に舞っていた服を素早く掴み取った。


「…………」

「…………」


 アイナとアンディが苦い顔をする。緊迫した空気に茶々を入れられたような気分になった。

 しかし、リズだけは違う。

 リズだけは今までで一番の緊張状態にあった。


「(こ、これはっ……!)」


 掴み取った服を目の前で広げて、リズは震えた。


「(カイン様のパンツっ……!)」


 掴み取った服は、カインの体操服のパンツだった。


『彼の体操服のパンツがロッカーの中に仕舞われているのは把握しているのですが……』


 先ほど教室の中で自分で言った言葉を思い出す。ロッカーの中にしまわれていたカインの体操服のパンツが敵の衝撃波によって弾き出され、風に乗ってふわふわとこちらにやってきたのだった。


 体操服のパンツは下着のパンツとは違い、言い換えればズボンだ。彼の大事な部分と直には接しない。でも、それは確かにパンツとも呼ばれていた。


 すっごくドキドキしていた。

 彼女は全身から血を垂れ流していることを忘れて、すっごくドキドキしていた。


「(え……!? こ、これはっ……! ど、どうすれば!? わ、私……どうすれば……!? いいのっ!? これ、いいのっ……!? えっ? えっ!? えっ……!?)」


 この場にカインはいない。今都合よく出払っている。自分を止める者は誰もいない。

 リズは奇跡の瞬間が起きたように感じた。


「お、おい……? お前、どうした……?」

「リ、リーズリンデ様……?」


 パンツを凝視しながらわなわなと震えるリズに対し、アンディとアイナは怪訝そうに声を掛ける。しかし、リズに反応するだけの余裕はない。

 彼女は今それどころではなかった。


「(ダ、ダメですっ……!)」


 リズの内の良心が自分の衝動を制しようとしている。彼女は自分を戒めるように首を振る。


「(で、でも……今カイン様いないし……ラッキーな状態だし……)」


 すぐに邪念が滲み出てくる。はぁはぁっと、彼女の息が荒くなる。

 リズの脈拍が高くなっていた。さっきまでより傷口から血が多く噴き出るが、そんな事今の彼女にとってみれば些細な問題だった。


「(や、やっぱりダメっ……!)」


 やっぱりぶんぶんと首を振り、リズは目の前のパンツから目を逸らした。


「(私はそんな変態な子じゃないんだっ……! 誠実で清廉な貴族の人間なんだっ……!)」


 そう心の中で叫んで、自分を律する。


「(最近の私が少し変なだけなんだっ……! 本当の私はこんなんじゃないっ! カイン様のパンツを見て、興奮するような人じゃないんだっ……!)」


 自分に強く言い聞かせる。


「(そうだっ……! 私はそんな人間じゃないっ! 私は変態なんかじゃないんだっ……!)」


 そう考えて、リズは手に持ったパンツを捨てようとした。


『別にいいじゃねえか、変態でも』


 頭の中にそんな言葉が過ぎる。リズの動きがピタッと止まった。


 それは少し前、体育倉庫に閉じ込められた時にカインに言われた言葉だった。それをただ、頭の中で思い出した。


『俺は今のお前が少し心配だよ。お前のその情念が高ぶって、どうしようもなくなって、コントロールが出来なくなったら……そしたらまたお前は辛い思いをするんじゃねえかって』

「…………」

『いいんだ。お前はもっと、自分に素直になっていい』

「…………」


 カインの言葉がどんどん頭の中に浮かんでくる。

 少し、涙が出そうになる。身に覚えのない心配の言葉もあった。


 でも何故だろう。記憶にない感情がカインの言葉によって温められたような気持になった。

 彼の言葉を思い出して、ただ胸の内が熱くなる。


『いいんだよ、欲望に流されても、淫乱でも、卑猥でも、変態でも……お前は素の自分を出していいんだ。自分に素直になっていい。誰かに何か言われても、鼻で笑ってやれ』

「…………」

『そうしてたら、きっといつか、誰か素のお前を受け止めてくれる奴がいるさ』


 記憶に無い言葉までもが頭の中に蘇る。彼の言葉1つ1つに救われた。彼の言葉に抱きしめられ、頭を撫でられた。


 そして、この言葉を言った彼が一番素の自分を受け止めてくれた。

 彼は自分の世界で一番大切な人となった。


『お前はもっと自分を肯定してやれ、リズ』


 そう言って彼は笑った。昔も、少し前も、同じように……。


 思い出して、魂が震えた。


 リズは手に持っているパンツに目をやった。それを見るだけで、自分が一番したいこと、自分が欲している情念が胸の内で燃え上がる。


 彼女は自分に素直になった。

 ぺたんと地面に座り込む。カインの服を両手で持ち、それを広げる。そして自分の口と鼻に、大切な人の大事なものを近づけた。


「くんかくんかくんかくんかすーはーすーはーすーはーすーはー! くんかくんか! すーはーすーはー! くんかくんかすーはーすーはーくんかくんかすーはーくんか! ふしゅううううぅぅぅぅっ……、くんかくんかくんかくんかすーはーすーはーすーはーすーはーくんかくんかすーはーすーはー……っ!」


 彼女はカインのパンツで自分に素直になった。


「くんかくんかすーはーすーはーくんかくんかすーはーすーはー! くんかくんかすーはーすーはー……! ふぃぃぃいいいいいっ……! くんかくんかすーはーすーはー!」

「なっ……?」

「え……?」

「くんかくんかすーはーすーはー!」


 リズがカインのパンツを口と鼻に押し当て、蹲りながら思いっきり呼吸をしていた。その様子を見て、アンディとアイナはぎょっとした。

 意味が分からず、その背中に恐怖さえ覚えた。


「お、お前……? い、一体何をしている……?」

「くんかくんかすーはーすーはー! くんかくんかすーはーすーはー……!」

「こ、答えろっ……! 一体何をしている……!」


 魔王軍幹部アンディの言葉には一切反応しないで、リズは忙しそうにひたすら呼吸をしていた。

 正体不明の恐怖に出会い、魔王軍幹部は息を呑んだ。

 彼はリズの背中に迫り、手に持つ大きなハンマーを振り上げた。


「くんかくんかすーはーすーはーくんかすーはーくんかすーはー……! ふうううぅぅぅぅしゅうううぅぅぅぅ……! くんかくんかくんかくんかすーはーすーはーすーはーすーはーくんかくんかくんかすーはーすーはーすーはーっ……!」

「お前は何をしているんだあああぁぁぁぁっ……!」

「リ、リーズリンデ様っ……! 危ないいいぃぃぃぃっ……!?」


 アンディはそのハンマーをリズに向かって振り下ろし、アイナは大きな叫び声をあげて警告を発した。


 ふと、リズが振り返る。

 まるで教室の中、友達に呼びかけられたかのように自然に、ゆったりと動いた。


 そこに何の緊張もなかった。巨大なハンマーが迫りくる中、この戦場の中が日常であるかのように、何でもないように彼女は振り返った。


 リズが指をくるりと回す。

 彼女の指から膨大な魔力が溢れ出た。


「なっ……!?」

「えっ……!?」


 突如として現れたのは巨大な氷の壁であった。

 分厚く、とてつもない量の魔力が込められており、その氷の壁は魔王軍幹部アンディの巨大ハンマーを易々と防いだ。


 ハンマーと氷がぶつかり合う高く激しい音が鳴れど、氷の壁には傷1つ付いていなかった。


「こ、これはっ……!?」

「…………」


 アンディは目を見開く。

 自分のハンマーが正面から防がれるのはあまり経験のないことだった。


「ふいいいぃぃぃぃ……」


 少女が立ち上がる。口に付けていた衣服を外し、ゆっくりと立ち上がった。それまで意識を保っているのもやっとだった筈の彼女は、悠々と何の怪我も無いかの如く立ち上がり、軽く首を回す。


 彼女の傷が塞がっていく。体の内側からの魔力が自然と彼女の体を癒していく。

 血が止まる。傷口が塞がる。折れた骨がくっついていく。


 彼女はふぅと1つ深呼吸をした。


「初めまして、魔王軍幹部アンディ様」

「…………」


 少女がにやりと笑う。魔王軍幹部の額から汗がつうと垂れる。


「私がリズです」

「…………」


 少女は堂々と魔王軍幹部の前に立つ。そこにそれまでの緊張も恐怖も、挑戦者のような気概も感じられなくなる。

 寧ろ、少女は王者であった。


 アンディは1歩2歩後退る。一変した彼女の気配に不気味なものを感じ、心臓をバクバクと震わせた。


 今、狩るものと狩られる者の立場が変化した。


「私は戻ってきた……」


 少女は両手の拳をぐっと握り、それをじっと眺めた。自分の中の力の巡りをよく確かめていた。

 そして、顔を上げた。


「今再び、魂が震えたっ!」


 勇者パーティー元No.2、リーズリンデ。

 勇者のサキュバスが、再び目覚めた。


次話は1時間後に投稿予定です。

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作者の別作品
『転生者である私に挑んでくる無謀で有望な少女の話』
が書籍化されることとなりました。
発売日は11月30日、出版はヒーロー文庫です。
もし宜しかったらこちらもご覧下さい。これまでの応援、ありがとうございました。

……こっちの作品はシリアスだよ!
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