29話 【現在】 学院への侵入者
【現在】
「はあぁぁ~~~……」
フォルスト国立学院の女生徒アイナは机に突っ伏し、大きなため息をついていた。彼女はある悩みを抱えていた。
それは同じクラスメイトのリーズリンデに謝罪が出来るか、ということだった。
以前、アイナはリーズリンデを音楽室に呼び出し、脅迫をしようとした。しかし傍に置いていた男子達が暴走し、激辛シュークリームという横暴を働いてリーズリンデに無理矢理言うことを聞かせようとしていた。
結果として、リーズリンデは独力でその場を切り抜ける。
乱暴を働くつもりが無かったアイナはその事をリーズリンデに謝罪しようと思っているのだが、彼女はその謝罪が出来ないままでいる。
その事が彼女の心にずっとしこりを残し続け、彼女の気持ちは晴れないままでいた。
彼女の胸に罪悪感がずっと残り続けている。
夏休みの宿題をやらなきゃと思いつつ、ずっとやっていない子供の様であった。
「という事で、カイン様達は3日ほど学校を欠席するようですよ?」
教室の少し離れた方からリーズリンデの声が聞こえる。自分が話し掛けられたわけではないが、アイナは少し顔を上げた。
リーズリンデが友達と談笑しているようだった。話題は勇者カインが今日学校に来ていない事だった。
「わたくしは勇者様達の遠征としか聞いておりませんでしたが……そうですか、近くで魔王軍の活動があったのですね?」
「ここら辺の土地は安全な筈なんすけどねぇ? 恐いっすねぇ……」
リーズリンデの親友であるルナやサティナが感心そうに頷いていた。
勇者カイン達の一行はここ数日学校を休む様であった。学校側から詳しい事情の説明は無かったのだが、リーズリンデの話によると、近くの都市に魔王軍の敵が忍び込み、悪さをしているというので、その討伐に当たるということらしい。
「しっかしリズ様、勇者様とかなり仲良しなんじゃないっすか? 勇者様から直接聞いた事なんすよね?」
「そ、そんなことないですよ、きっと。私が特別なんてこと無いと思います、サティナ様」
サティナの言葉にリズは両手をぶんぶんと振った。
「あ、ああ見えてカイン様は根が優しい方ですから……。私以外にも優しくされてると思いますよ?」
「ああ見えて、って言っている時点で、リズ様はカイン様と深くお付き合いしていると思いますわ?」
「う、うーん……?」
カインは人前では誠実で爽やかな好青年を演じている。
だからリズの言う「ああ見えて根が優しい」という感想は、素のカインと深く接している人物しか持つことの出来ない意見だった。
「そ、そんなに私、カイン様の事を深く知っている訳じゃないと思うんですけどね……。彼の体操服のパンツがロッカーの中に仕舞われているのは把握しているのですが……」
「……ん?」
「なんでそんな事を……?」
「いや、その情報いるっすか?」
「あ、いや! なんでもない! なんでもないです……! あははははっ……!」
リズは誤魔化す様に慌てて手を振った。
「私何言ってんだろ……」
そして頭を抱え、小さくそう呟いていた。
そんな彼女たちの様子をアイナは横目で眺め、はぁっとため息をついた。
リーズリンデは先日の乱暴事件の事を全く気にしていないようだ。負い目を感じているのは自分だけ。
1人相撲の様に感じられてしまう。
思ってみれば、勇者カイン達が編入してから自分は良い目を見れていない。
勇者達一行にアプローチを掛けても、何故か彼らの注目はリーズリンデの方に向かう。シルフォニアとの模擬戦も、レイチェルとの実践訓練も、色街での騒動も、自分は軽く面目を潰されたり、或いは軽くあしらわれている。
そして色街ではリーズリンデの一言によって自分は外国に売られずに済んだ。
音楽室での乱暴事件も、リーズリンデの活躍によって自分は痛い目を見ずに済んだ。
空回りしている。
敵と認識した人に反撃を喰らい、軽くあしらわれ、そして助けられている。
自分は空回りしている。自分は見向きすらされていない。どうやら舞台にすら上がれていないようだ。
アイナはそう考えていた。
「はぁ~~~……」
そうして彼女はまた大きくため息をついた。
「……ん?」
そうして項垂れていたのだが、そこまで考えてアイナはやっと教室の異変に気付く。
「……あれ?」
「なんだ?」
「なになに? なんか騒がしいの……?」
教室の中が騒がしくなっている。ざわざわとした声が飛び交い、クラスメイト達が何か不安そうな声を発していた。
アイナは机から顔を上げる。ぐるぐると悩み事が頭の中で回っていた為、教室の様子に気が付くのが少し遅れてしまっていた。
「誰あれ、校庭に誰かいる……」
教室の皆は窓の方に張り付いて、校庭を見下ろしていた。
アイナも皆の背中越しに校庭を見下ろした。
「……?」
校庭の中心に黒いフードを被った男性がいた。
そして黒いフードの男を取り囲むように学院の先生たちが校庭に散らばっている。
どうやらこの黒いフードの男は学院への侵入者の様だった。
「何あの黒フードの奴……」
「先生たちがすぐにとっ捕まえるよ」
教室の窓から学生たちが不安そうに眺めていた。
「そこのお前……!」
「一体何の用だ!」
「手を地面に置いて投降の意志を見せろ! さもないと攻撃を開始する……!」
校庭から先生達の張りつめた声がする。先生たちは黒フードの男を取り囲み、武器を向けたいた。
「…………」
しかし、黒フードの男は反応を示さない。投降の意志を示そうとせずゆっくりと周りを見渡し、先生たちを値踏みしているようだった。
「であああぁぁぁっ……!」
「……!」
校庭にいる先生の1人が武器を構えてその侵入者に襲い掛かる。それに呼応するように、もう3人の先生が黒フードの男の背後、側面から一斉に襲い掛かった。
四方からの一斉攻撃。黒フードはすぐに倒されるものだと、学生たちは思い込んだ。
「え……?」
しかし、黒フードの男は小さく動いて悠々と先生たちを迎撃した。
正面の先生を電撃の魔法で打ち倒し、背後からの攻撃をすんなり避けて痛烈な蹴りを食らわし、側面2人の先生に炎の魔法を浴びせかけた。
「あっ……!?」
4人の先生が一瞬の内に一度に打ち倒される。校庭の地面に横たわり、気絶をする。
「嘘っ……!?」
「そんなっ……!?」
「先生が4人、同時にっ……!?」
校庭でその男を取り囲んでいる先生たちだけではない。学院中に大きな動揺が走った。
先程までは緊張感が薄かった。侵入者はいれど、もう既に10人の先生たちがその男を取り囲んでおり、すぐに侵入者は捕まるものだと思っていた。
学院の生徒たちはどちらかというと捕り物劇を楽しみにしていた節もあった。
しかし状況は大きく変わる。4人の先生が一度に打ち倒され、校庭には6人の先生しかいなくなる。
勝てないかもしれない、自分達にも被害が来るのではないかと思い始めていた。
ざわざわと皆の不安と混乱の声が学院中に木霊した。
「よく聞けっ! 学院という鳥かごに守られ、平和によって堕落しきった愚かな学生どもよっ……!」
びりびりと張り裂ける様な大声が響き渡る。
黒フードの男が初めて声を発した。
「我はその偽りの平和を打ち破り、お前たちに刺激を与える者だっ……!」
そう大声を上げながら、黒フードの男に異変が生じ始めた。
その男の体が膨らんでいく。元々1m80cm程の大きさの体が横にも縦にもどんどん大きくなっていき、3m、4mと大きくなっていく。
肉はブヨブヨに弛んでいる。皮膚の色は薄い緑色であり、どう考えても人間の肌の色をしていない。
4m程の大きな巨体に見合うような大きな手には、いつの間にか2m程のハンマーが握られている。
「な、なんだあれ……」
「化け物……」
平和な学院の校庭に、人ならざる巨体が出現した。
「我が名はアンディ・マッキントン……」
低く、唸るような声に学院の生徒たちが戦慄する。
「我は魔王軍の幹部であるっ!」
巨体の化け物はそう高らかに宣言する。
勇者不在での戦いが幕を開けようとしていた。
次話『30話 【現在】 私がアイナです』は1時間後に投稿予定です。