28話 【過去】 リズとデート
【過去】
燦々とした陽気が降り注ぐ。
石造りの建物が街の顔を作っている。背の高い建物が整列し、街の形に秩序をもたらしており、至る所に露店が並んで、街には活気があふれている。
穏やかな昼下がりの事だった。
「カイン様~……!」
1人の男が待ち合わせの噴水の前にやってくると、その男性を見つけ、ある女性が大きく手を振ってその男性の名前を呼ぶ。
花が満開になるような笑みで、嬉しそうな声で男性の名を呼んだ。
呼ばれた男性カインは、手を振る女性リズにゆっくりと近づいた。
「待ったか?」
「いえいえ」
「綺麗な服だな、似合ってるぞ?」
「ふふふ、カイン様の女たらし~」
そう言ってリズははにかんだ。
リズは真っ白なワンピースを着て、頭に麦わら帽子を被っていた。彼女のふわふわとした金色の髪が白いワンピースに映え、全体的に清純な雰囲気を与えていた。
お淑やかな淑女そのものだった。
「このサキュバスに清純な服がお似合いだとか、なんです? ふふふ? 口説いてます?」
「よーし、さっさと行こうか」
「あー! 待って下さいよー! カイン様ー!」
そう言ってすたすたと歩きだすカインの腕にリズがひしとしがみ付く。
腕を抱きながら、2人男女が並んで歩く。
今日はカインとリズのデートの日だった。
「いつもの、皆と一緒……っていうのも好きなんですけどね」
カインとリズが2人でデートするのは久しぶりだった。
カインが婚約を交わしているのは大国の姫騎士であるシルファと大教会の聖女メルヴィである。リズは彼と婚約を交わしていない。
3人の女性の仲は良好であるのだが、世間的なバランスを考えるとリズはカインと婚約できる状態では無かった。
今でも当の本人たちを抜かして、大国と大教会の間でじりじりとした駆け引きが行われているのだ。
だから公式なパーティーやイベントではカインはシルファやメルヴィを横に置くことが多かった。そうすることしか出来なかった。
「わりぃな……いつも苦労を掛ける」
「全然気にしてませんよ? 誰が一番かとか、私達興味ありませんし」
彼の腕を抱きながら、リズは微笑む。
「それに苦労を掛けるって言ったら、私の方が断然苦労を掛ける方ですしねっ……!」
「でい」
「あだっ……!」
カインはリズにデコピンをした。リズが仰け反る。
「はぁはぁ……♡ カイン様……もっと……♡」
「ほら、さっさと行くぞ」
「はぁい♡」
リズがだらりと頬を弛ます。
「カイン様とのデート、楽しみです」
「……あぁ、俺もだ」
カインとリズの久しぶりの2人きりのデートが始まった。
* * * * *
「いやぁ! 今回の演劇は本当に良かったですねぇっ……!」
「ま、中々だったな」
「そんなこと言って、カイン様、食い入るように見ていたじゃないですか!」
「ふん」
リズとカインの2人は喫茶店でお茶を飲みながら語らっていた。
彼らはデートコースの始めに、今日行われた演劇を鑑賞していたのだった。その感想を喫茶店でゆっくり寛ぎながら語り合っていた。
「私はやっぱりあれですね。主人公がヒロインに愛の告白をするシーンが感動しました」
「俺は戦場での戦闘シーンが楽しかったな」
「へー、やっぱりカイン様は男の子ですねぇ……」
「お前の事前調査がかなり活きたな」
リズは恋愛物のお話が好きで、カインは英雄譚などの活劇が好みであった。
その為リズは演目の事前調査を行っていて、恋愛色のある英雄譚の演劇を探していたのだった。
狙いは見事に当てはまり、この演劇はリズとカインの両方が大満足する内容となっていた。
「お前の事前調査に感謝だな。十分に楽しめた」
「ふふふ、カイン様に楽しんで頂けて、それが一番何よりです」
「ふん」
リズはにこにこと笑ってカインを見ている。カインは少し顔を逸らして、コーヒーをぐいと飲んだ。
「……しかし私、あの演劇で1つ大きく不満な点があるんです」
「ん? なんだ……?」
リズの言葉にカインは首を傾げる。リズは公演中、うっとりと頬を染めながら演劇を熱心に見ていた。不満な点なんて一切無いのだと思っていた。
リズは言う。
「エッチなシーンがありませんでした……!」
「ドアホ」
リズは無茶を言っていた。
「いや、でも聞いてください、カイン様。物語の終盤、主人公の部屋で夜、ヒロインに愛の告白をして、そのあと2人はキスをしたじゃないですか!」
「あぁ、あったな」
「あの後絶対やってますよねっ!」
「まぁ、やってるだろうけどさ……」
リズは熱を入れて語り、カインは呆れた。一応ここは公共の場であるが、この程度の事で動揺する2人ではない。
「普通の演劇で無茶言うなよ、リズ……」
「いや、でも聞いて下さい、カイン様! 私は官能小説を読み過ぎたんです……!」
「は……?」
リズは健全な淑女として、エッチな小説をよくよく嗜んでいた。
「官能小説だったらあの後絶対エッチシーンなんですよ! で、ああいうシーンを見ると、あ! いい感じ! いい感じの雰囲気っ! ……ってこっちはついワクワクしちゃうんですよ!
でもキスシーンの後ぱっと場面が変わって朝になってて、すぐ次のシーン移行しちゃうんですよ。その時、あぁ、これ一般版の話だったな……って少し寂しい気持ちになるんですよ……。わかります!? この気持ちっ!」
「分からん」
リズの熱い気持ちをカインはバッサリと切り捨てた。
「エロシーンが無いことなんて始めから分かってるだろ」
「違うんですよ! もうそういう男女がイチャイチャしているシーンを見るだけで、こう……なんかそわそわしちゃうんですよ! 心が勝手に反応しちゃうんですよ! 2人の仲睦まじいエッチシーンを期待しちゃうんですよ! 分かりますっ!? この気持ち!?」
「分からん」
カインは葉巻を取り出して、どうでも良さそうに火をつけた。
「……エッチシーンが無いってだけで、ちょっと損した気分になるんですよ……」
「知るかよ」
「官能小説ってやっぱどうしてもマイナーな部類に入っちゃうんですよねー。こう、人と作品を語り合おうとしても、『すみません、私そのタイトル知りません』ってなっちゃうんですよねー。あー、もっと官能小説について、人と熱く語り合いたい……!」
「ま、そりゃどうしてもメジャーな分野から外れるからな」
「私が官能小説について熱く語り合えるのはメルヴィ様とシルファ様ぐらいですよ……。もっとたくさんの人と語り合いたいなー」
「あんま2人に迷惑ばっか掛けんなよ?」
メルヴィとシルファは布教という名の汚染に強く晒されていた。
レイチェルも拒絶しているように見えて、実は隠れてこそこそと頬を染めながら読んでいる。勿論リズはその事を正しく把握して、ニヤニヤしながら彼女の様子を眺めていたりする。
「でもでも! 官能小説の中にもストーリーがしっかりしてて、文章も綺麗で、とても感動できる作品も多々あるんですよ! 私はそれをたくさんの人と熱く語り合いたい! あれらの素晴らしい作品が、エッチシーンが入っているという理由だけでメジャーな作品になれないのは勿体無いと思います……!」
「確かにリズがめっちゃ勧めてくる官能小説は、かなり良かったよ」
「でしょうっ!?」
リズは目をキラキラさせて、顔をカインにぐっと近づけた。
官能小説について語っているという部分を除けば、今の彼女は自分の好きな作品について熱く語る純粋な少女そのものだった。
……官能小説について語っている、という部分を除けば。
「ではカイン様! これから本屋に向かいましょう! その本屋に『勇者一行おすすめエロ小説コーナー』を設置して貰うんですっ……! 爆売れ間違いなし! 布教活動大成功間違いなしですよ!」
「よっしゃ! 今日は絶対に本屋には寄らねえからな!」
「カイン様のいけずーっ!」
リズがわっと泣いた。
カインの英断によって、2人はちゃんとしたデートを送ることが出来ているのだった。
* * * * *
日が暮れて、空が暗くなる。
2人は遊び疲れて公園のベンチでゆっくりと休憩をしていた。閑散とした広い公園であり、所々に植えられた樹木の葉っぱが風でなびき、さわさわと音を立てる。
ベンチで休む2人の両脇にはたくさんの紙袋が置かれている。
今日1日で2人は様々な店を回り、たくさんの買い物をして回ったのだった。
「今日は楽しい一時、ありがとうございました。カイン様」
「そりゃ、お互い様ってもんだ」
2人は売店で買ったジュースを手に持って、それをちまちまと飲んでいた。遊び疲れた後のゆっくりとした一時だった。
「世の中が平和になったら、ずっとこんな日を送れるんでしょうかね?」
「さぁな」
今世界各地で魔王軍との戦いが勃発している。
彼ら勇者達はその魔王軍に対する切り札であった。
怪我とかでもしない限り、自分たちは戦いの先陣を切って戦う他なかった。前に進める限り、前に進むしかなかった。
こんなゆっくりとした時間は滅多にない事だった。
「あ……」
リズは小さな声を上げ、あるものを目で追っていた。
それは学生服を着た2人の男女だった。にこやかに笑いながら、学生服を着た男女がこの公園を通り過ぎようとしていた。
リズはその様子をじっと眺めていた。
「学校に行きたいのか……?」
「…………」
リズは自分の中のサキュバスの力が目覚め始めてから、学校を退学していた。途中で行かなくなってしまった学校に対して、少しの未練が残っていた。
「あの、カイン様……」
「なんだ?」
「世界が平和になったら、皆で学校に通いませんか……?」
「ん?」
リズがカインの顔を覗き、彼女はゆったりと笑った。
「……きっと楽しいですよ?」
「はは、そうだな。それもいいかもな」
夜になり始めの風がひゅうと吹く。
「田舎のバカガキでも学校って行けるものなのか?」
「カイン様だったらすぐに学校の人気者ですよ。すぐにたくさんの女性に囲まれますよ」
「そうか?」
「あ、でもあまり大勢の女性に手を出し過ぎちゃいけませんよ? 私の分も残しておいてくださいね?」
「よし! 学校はやめよう! リズが女生徒に迷惑を掛けまくっちまう!」
「そんな~」
そう言ってへらっと笑い、リズは出店で買ったお菓子を取り出した。クッキーでチョコレートを挟んだクッキーサンドというお菓子だった。
最近流行りのお菓子で、リズはそれを齧り、クッキーをぱきっと割った。
「こうやって放課後とかに皆でぶらぶらして、買い食いしてお菓子を食べて、それはきっと凄く平和で、凄く楽しいと思いますよ?」
「そうだな。そう思う」
カインもリズと同じ様に袋からクッキーサンドを取り出した。2人で1つずつ買ったものであった。
「未来への楽しみにしておくか」
「ふふふ、それはいいですね。とても楽しみです」
カインとリズは微笑み合った。この戦いがいつ終わるのか分からない。誰が生き残るのかも分からない。
しかし分からないからと言って、未来の話を避けることはしなかった。
未来を恐れる事はしなかった。
カインが大きく口を開け、クッキーサンドを頬張ろうとした。
「…………」
瞬間、躊躇いを感じた。カインは口を止める。
「…………」
「…………」
カインは何かほんの少しの違和感を覚えた。その正体は全く分からない。しかしこの一瞬に何かを感じ取って、カインは自分の行動を制止した。
リズがこちらの方を見ている気配がした。顔は動かさず、視線だけでちらとカインの行動を見守っている様子だった。
クッキーの色が少し濃い感じがした。
今リズが手に持っているクッキーよりも、自分が持っているクッキーの色の方がほんの僅かに濃い感じがしたのだ。カインはそんな感覚を覚える。
彼は思い返す。出店を見つけ、あれが買いたいと言い出したのはリズであった。その後リズがとととと出店に駆け寄って、2つ分買い、その1つをカインに手渡したのだった。
カインは今手に持っているクッキーサンドをじっと見て、考える。
思えばあの時、このお菓子をすり替えるチャンスはあった……。
「まさか……手作りクッキー……!?」
「ちっ」
カインがそう言うと、リズはあかるさまに舌打ちをした。
「折角下調べして、そっくりのクッキーサンドを作ったのになぁ……」
「うわっ!? あぶねぇ! あぶねぇっ……! もう少しで騙されるところだったぞっ……!?」
カインは狼狽する。リズは出店で売られているクッキーサンドを事前に下調べしており、それとそっくりのお菓子を手作りして、すり替えてカインに渡していたのだった。
何故そんな事をしたのか。それは明白である。
手作りクッキーの中にはリズ特製の媚薬が入っているのだった。
「てめぇ、このヤロウ。随分手の込んだ真似をしてくるじゃねえか」
「いひゃいいひゃい」
カインはリズのほっぺたを引っ張った。リズの柔らかい頬が赤くなる。
「あともう少し……、あともう少しだったんですがねぇ……」
「お前といると、マジ油断ならねえ」
「うちの女性陣なら絶対引っ掛かってくれたんですが」
「鬼か、てめえ」
手を変え品を変え、女性陣たちは何度もリズに騙され、手作りクッキーを食べさせられていた。
「あーあ、今日はとっても熱い夜を過ごしたかったんですがね」
そう言ってリズはぐっと伸びをした。腕を高く上げ、胸をぐいと張って体を伸ばす。悪戯がバレた後ろめたさを誤魔化す様に彼女は体を軽く動かし、目を細めた。
少しずつ夜が深まってくる。公園に静けさと寒さが染み渡り、リズの体がぶるりと震えた。
「…………」
カインはリズが作ったクッキーサンドをじっと見た。
そして……、
「ふん」
「え……?」
カインはそのお菓子をバリっと齧った。大きく口を開け、そのお菓子を一口で半分口に含む。
ばりばりもしゃもしゃとカインの口の中から音がした。
「カ、カイン様……?」
「ふん」
「もがっ」
目を丸くするリズの口に、カインは残りの半分のクッキーサンドを突っ込んだ。
口に無理矢理ものを詰められて彼女の体はびくっと震えるが、お菓子はリズの口にすっぽりと収まり、すぐに自分手作りのクッキーサンドを食み出した。
「…………」
「…………」
2人でもぐもぐと大きく顎を動かして、お菓子を咀嚼する。リズは軽く口に手を当てて、お淑やかな少女の様な仕草でクッキーを食べている。
カインは大きく喉を動かし、口の中のお菓子をごくんと飲み込んだ。
「……ほら、さっさと近場のホテルを探すぞ。これ食べちまったら、もう後戻りは出来ねぇんだからな」
「…………」
リズはこくんとお菓子を呑み込んで、こくりと小さく頷いた。
カインはてきぱきと荷物を整理し、ベンチから立ち上がってリズの手を取る。淑女をエスコートする紳士の姿だった。
カインの手を借り立ち上がり、リズは彼に嫋やかな笑みを向けた。
それは花のように淑やかに、可憐な笑顔であった。
「私をここまで受け入れて下さるのはカイン様だけです」
「けっ」
カインは照れ隠しの為に顔を背けて嫌そうにする。そんな彼の腕をリズは両腕で抱き、彼と腕を組む。
2人の頬が少し赤く染まる。彼女の胸が彼の腕に当たる。白いワンピース越しにその柔らかい感触が彼の腕に伝わる。
彼は落ち着いた動作で葉巻を取り出し、片手で火を付ける。彼女はくすりと笑った。
そしてそのまま仲睦まじく寄り添いながら歩き出した。
「おめぇから誘ったんだからな。今日は思いっきり乱暴に抱いてやる」
「ふふふ、それは楽しみです。私、中途半端では満足できませんよ?」
「ふん、言ってろ。今に泣きっ面かかせてやる」
「返り討ちにあわれないことを心より願っております♡」
そう言って2人、身を寄せ合いながら夜の中を歩く。
公園は静かで空に星が煌めき始めている。冷たい風とは対照的に、2人の心と体の内側は熱がこもり始めている。
身を寄せながら段々と赤くなっていくお互いの肌を感じて、2人は色の含んだ笑みを零した。
そうして2人は夜の街へと消えていくのだった。
この後めちゃくちゃセッ〇スした。(ガチ)
次話『29話 【現在】 学院への侵入者』は明日 11/28 19時投稿予定です。
残り6話!