27話 【現在】 体育倉庫の中で、2人
【現在】
「ちっ、なんで俺がこんなことを……」
「まぁまぁ、カイン様。そうは言わずに……」
カインが面倒臭そうににチッと舌打ちをして、悪態を付く。
ここは体育倉庫の中であった。
「あー、めんどくせー、めんどくせー。なんで俺がセン公の手伝いなんてしなきゃいけねえんだよ」
「あはは、勇者という立場も難しいものですね」
「いい子ちゃんぶるのも大変だぜ」
カインとリズは学校の手伝いとして、体育の授業の後の片付けを行っていた。
カインは表面上正しく清廉な青年を演じている為、先生に頼みごとをされると断ることが出来ない。
優等生であるリズもその片付けを手伝っていた。
「お互いいい子ちゃんぶって大変だな」
「いやいや、私はいい子ちゃんぶってませんよ? 人の手伝いは嫌いじゃないです」
「……そういやそうだったな」
カインは過去を思い出す。リズはエロくて変態ではあるものの、家事や人の手伝いを率先してやる女性であった。
変態であることを除けば、基本性格の良い優しい人間だった。
……変態であることを除けば。
2人は体育倉庫の奥で作業をしていた。同時に別の頼まれ事をしていた為、2人は棚の整理をしながらてきぱきと作業をしていた。
丁度大きな跳び箱があり、体育倉庫の入り口から見てその跳び箱が2人の姿を隠していた。
そんな時、2人の学生の声がした。
「あれ? 扉開いてる?」
「誰もいないよ?」
その小さな声の後、体育倉庫の扉がガラガラと閉められた。
「ん?」
カインとリズがその声と音に疑問を覚え、小さな声を上げるももう既に時遅かった。
もう体育倉庫の扉は閉められており、そして外からガチャリと音がした。
「え?」
「まさか……」
2人は跳び箱の奥から姿を現して、扉の方へと近づく。まさかそんな訳ない、という思いがその時は強かった。
カインが扉に手を掛ける。開かない。
外から鍵が掛けられていた。
「おいおいおい、嘘だろ……?」
「ちょっ……!? す、すみませーんっ……! ま、まだ私達が中にいるんですけどー!?」
「おい、外の奴ら! 開けろー!」
中から扉をどんどんと叩きながら大声で外に呼びかけるが、外からは何の反応も無かった。
2人、薄暗い体育倉庫の中に閉じ込められた。
呆然とする。
「……ど、どど、どうしましょうっ……!? 閉じ込められちゃいましたよっ……!?」
「お、おいっ! リズ!? これはお前の仕業かっ……!?」
「ち、違いますよ!? 今の今まで一緒だったじゃないですか!」
「例の『セッ〇スしないと出られない部屋』じゃねえだろうなっ……!?」
「なんですっ!? その倒錯した部屋っ……!?」
リズは驚く。しかしカインが真っ先に仲間のリズを疑ってしまうのも無理がない程、彼らの仲間にとって『密室』と言ったら『それ』だった。
リズは否定し、カインは落ち着く為に少し深呼吸をした。
そして、扉の前に立つ。
「……よし、扉をぶっ壊そう」
「いきなりですかっ!?」
カインは即断即決、扉に向かって拳を構えた。
「そ、それは最終手段じゃないですか……!? 他に方法は無いのでしょうか……!?」
「……確かに、何か他にねぇか考えてみるか……」
いきなり学校の器材を壊すというのも憚られた。カインは握った拳を引っ込める。
2人、脱出方法について考える。
「しかし……、実際どうしましょう? 出口はこの扉だけですし……」
「……正攻法は外から開けて貰う事だろうな。おいリズ、テレパシーの魔法で俺らの仲間に連絡とってみろよ。学校内にいれば十分通話範囲内だろ」
「え……?」
カインの言葉にリズは目をきょとんとさせる。
テレパシーの魔法というのがある。離れた場所にいる人間に対して連絡を取る魔法であり、高難易度に区別される魔法だった。
あまり離れた場所にいる者には使えない魔法であるが、学校内にいる人ならば十分に通話範囲内だった。
しかし……、
「私……テレパシーの魔法なんて使えないですけど……。それに、カイン様の仲間方のテレパシーの許可なんて取っていませんし……」
「……そういえばそうだったな」
テレパシーの魔法は学生に使いこなせるようなものではない。
それに、テレパシーの魔法を使う為には使われる側にも高い技術が要求されるし、そもそも事前にお互いの魔力を重ねて2人の魔力を通じさせていなければいけなかった。
記憶を失くしたリズにはテレパシーの魔法は使えなかったし、カインの仲間とテレパシーの許可が取れていないものだと勘違いしていた。
「……分かった。テレパシーは苦手だが、俺が連絡とってみる」
「わっ、流石勇者様。よろしくお願いします」
カインはゆっくりと目を閉じ、テレパシーの魔法を使う。リズはその様子を心配そうに眺めていた。
体育倉庫の中、長い沈黙がその場に佇んだ。
「……連絡とれた」
「おぉ……」
「今の用事が片付いてからでいいのならと言っていたが、メルヴィが来る。ラーロは今、職員会議で駄目だった」
「おおぉ……」
高難易度の魔法をあっさり使うカインに、リズは尊敬の眼差しを向けた。
カインの仲間である熟練魔導士のラーロは今、学院で教師をやっていた。彼の年は50代で、カイン達が学院に編入する際、教師という立場で迎えられた人物だった。
その人は来ないで、聖女のメルヴィが来るようだった。
「じゃあもう安心ですね。待っていれば体育倉庫から出れるんですから」
「そうだな。あー、無駄に焦った」
息を吐きながらカインは体育倉庫の中にあったマットに腰を掛ける。問題が解決しそうで安心し、リズも彼の隣に座る。
「しかし、凄いですねカイン様! 魔法の専門家でもないのにテレパシーの魔法が使えるなんて!」
「あー……前にな、便利だから習得しとけって程度の軽さで習わされたんだよ。……ある仲間からさ」
「テ、テレパシーの魔法を便利だから程度で……。そ、それはスパルタですね……」
リズの口元がひくつく。そんな気軽に習得できる難易度の魔法では無かった。
「ま、確かに戦場で混戦になった時とか超便利なんだけどさ。だからうちの仲間は皆テレパシーを使える」
「……ちなみにそんな荒々しい仲間って言うのは誰なんですか? ラーロ先生? それともまさか、メルヴィ様?」
「……いいや」
「シルファ様? レイチェル様? いや、レイチェル様は魔法の専門じゃありませんし……。同様にガッズ様やフリアン様とも考えにくい……?」
「おらっ」
「ぎゃっ……!?」
カインはリズにデコピンをした。べちんといういい音がして、リズの額が赤くなる。
「え……? なんで今私にデコピンしたんですか……?」
「さぁなー」
頭にハテナマークを浮かべながらリズは自分の額を手で押さえて涙目になる。カインはぐいとリズに近づき、今度は頬を柔らかく引っ張った。
「全く、心配かけさせやがって。いつになったらお前は完全回復するんだ? みんな心配してるんだぞ?」
「ひゃ、ひゃい……? にゃ、にゃんのことでふか……?」
頬を引っ張られながら、リズは答える。カインの言っている言葉の意味がよく分からず、頬をぐにんぐにんと伸ばされながら首を傾げた。
「ちゃんと飯食ってるか? 夜はしっかり寝てるか? 体調とか崩すことはないのか?」
「だ、大丈夫れふよ……。わたひは元々元気れふよ……?」
「全く、このこのっ……、心配かけさせやがって……」
「ひゃいひゃい……」
カインはリズの柔らかい頬っぺたをむにむにと引っ張っていた。リズはされるがままになっている。
2人の顔は近い。
それは端から見ればいちゃついている男女の姿であった。
「…………」
「…………」
2人は今体操服である。動き易さの為に半袖、ハーフパンツであり、腕や足の肌が露出されている。
1枚の簡素な服はリズの胸の大きさを強調させており、服は体育の授業の時に掻いた汗でほんの少し湿っていた。
カインの動きがぴたりと止まる。
ここは他に誰もいない薄暗い体育倉庫である。彼の胸の内側がざわりとざわついてしまう。
2人の顔は近かった。
「……ふん、悪いな。少し調子に乗った」
「え? あ、いえ……」
そう言ってカインはリズの頬から指を離し、少し大げさに彼女から距離を取った。
リズの頬は赤くなっている。それはカインとの距離の近いスキンシップが原因で、頬を引っ張られた以上の意味がそこにあった。
「…………」
「…………」
2人の間に無言が流れる。カインはそっぽを向いて、リズはもじもじとしていた。
実は見た目以上にカインは堪えていた。
それは今この場、というだけではなく、学園生活中ずっともやもやとした気分を抱えていた。
仲間の1人が大きな怪我を負い、記憶も力も失って、自分たちの事を忘れ、何とかして生活をしている。
リズの事を一番心配していたのは、他でもないカインであった。
彼にとって、彼女は大切な女性であった。
気を抜けば、思わずその体をぐいと引っ張り抱き寄せたくなる。以前からしていたように寄り添い合い、ぎゅっと抱き締めたくなる。
そうやって、ゆっくりとした時間を過ごしたくなる。
カインはそれを態度には出さず、我慢していた。
「あの……」
そっぽを向いていたカインはリズに呼びかけられ、ゆっくりと振り向いた。
「その……変なお願いなのですが……」
「…………」
リズの顔は赤かった。上目遣いで気恥ずかしそうにカインの事を見ている。
カインは小さく息を呑む。ここは薄暗い体育倉庫の中で、それだけで彼女が煽情的に見えた。
リズは恥ずかしそうに、小さな声で言った。
「その……さっきのデコピン、もう一回して貰ってもいいですか……?」
「しまった、スイッチ押しちまったか……」
リズがしたのはお仕置きの要望だった。
「……はっ!? わ、私ったらまた変な事をっ……!? す、すみませんっ! わ、忘れて下さいっ……!」
「ま、いいけどな。慣れてる」
「ち、違うんですっ……! 最近私変で……! あぁっ! ほんと何言ってるんだろう、私っ……!」
リズは更にもっと真っ赤になって、あたふたと慌てた。その動作はまるで子供の様で、煽情的な空気はぱっと散っていった。
カインは内心で少し安堵し、慌てる仲間の姿をゆっくりと見ていた。
「そんな慌てんなよ。お前が変態だってことはもう知ってる」
「違うんです! 私はそんな変態な子じゃないんですっ……! 違うんです! 違うんですからぁっ……!」
「…………」
「わ、私はちゃんと正しくて誠実な貴族なんですっ……! ち、違うんですっ……! さ、最近少し変で……こんな私は本当の私じゃないんですっ……!」
「…………」
リズはぐるぐると目を回しながら、混乱を始めていた。彼女はさっきとは違う意味合いの涙目を浮かべる。
その彼女をカインはじっと見つめる。
「……なぁ」
「は、はいっ……!」
「別にいいじゃねえか、変態でも」
「……え?」
はぁっと大きな息をついてから、カインはリズと正面から向き合った。
「俺は今のお前が少し心配だよ。お前のその情念が高ぶって、どうしようもなくなって、コントロールが出来なくなったら……そしたらまたお前は辛い思いをするんじゃねえかって」
「え? え……?」
「お前は自分の事を淫乱で下劣だと否定しているかもしれない。良識や倫理観が壊れかけ、清廉で真面目な貴族の人間としてこつこつ積み上げてきたものが壊れることを恐れているのかもしれねぇ」
「…………」
「でも、いいんだ。お前はもっと、自分に素直になっていい」
「…………」
それは以前カインがリズに贈った言葉だった。
突然のカインの真面目な言葉に、リズは戸惑う。しかし、心当たりがない訳じゃなかった。
そして、何故か胸の内が熱くなった。
「俺はお前が凄えと思う」
「え?」
「素の自分を出す難しさって、勇者として生活してきてから痛い程分かるようになった。丁寧な態度で、自分を取り繕って人と付き合う方がどれだけ楽か。
素の乱暴な自分のまま、体当たりで1人1人とぶつかっていく事の難しさっていうのが、俺にはよく分かる」
「…………」
「だから俺はお前が凄えと思う」
カインの仲間として行動している時のリズは、常にありのままの自分で他人と向き合ってきた。
そのせいで色々と面倒が起こったり、他者から罵倒されることもあったけれど、そのおかげで彼女は素の自分を認めてくれる仲間を持つことが出来た。
自分に素直になったから、素の自分を受け止めてくれる人が出てきた。
自分が彼女にアドバイスした事ではあるのだが、それを本気で頑張っていたから、だからカインはリズの事を尊敬していた。
少し暗い部屋の中、カインは自分の大切な女性に思っていた事を語っていた。
「どうしようもなくなって暴走したくなったら、俺に襲い掛かって来い。受け止めてやる」
「え……?」
「だからお前はもっと自分に素直になっていいんだ」
2人見つめ合う。
「お前はもっと自分を肯定してやれ、リズ」
そう言ってカインは笑う。
一度離した体をまた彼女に近づけて、その頭をくしゃくしゃと撫でた。
「…………」
リズは呆然としながら、彼にされるがままに頭を撫でられていた。
彼の目を見つめながら、ただ何かが重たくて苦しいものが軽くなるように感じた。
どくんどくんと彼女の内に熱い血潮が流れる
自分の感覚がよく分からなくなる。心臓が早鐘を打つ。自分の中の何かが救われた様な、奇妙な感覚を覚える。
そして何故か、そこに懐かしさを覚えた。
その言葉が昔から好きであるかのようだった。
彼女の内側の熱が彼女の頬を紅色に染める。
「カイン様……」
「なんだ?」
「あの……、そのっ……」
もじもじとリズは身を縮こませる。照れ臭そうに顔を伏せ、何か言いにくそうにしながら彼女は顔を真っ赤にしていた。
そして、ぱっと顔を上げた。
「……パンツ下さいっ」
「……は?」
リズはがばっとカインを押し倒した。
ドンとカインがマットの上に倒れ、彼の肩をリズががっしりと掴んでいた。
「な、何しやがるっ……!?」
「す、すみませんっ! すみませんっ! なんだろうっ……! 体が、止まらなくてっ……!」
リズはカインを押し倒してカインの上に陣取り、彼の着ている服を奪い取ろうとしている。カインは必死に抵抗し、片手で彼女の手を押さえ、片手で彼女の頬を押し返していた。
「てめぇっ! 暴走早過ぎんだろっ!?」
「あぁっ! 違うんですっ……! 体が勝手に……!? 私は一体何をして……何を言って……!?」
「はーなーれーろーっ……!」
マットの上での攻防が始まる。
リズがカインのTシャツを小さくぺらりとめくる。おへそと良く鍛えられた腹筋が顔を出す。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ……! でも、カイン様も悪いんですっ……! 私の体の内側を熱くするような事を言って……! 一体私に何をしたんですか!? カイン様!?」
「てめぇが勝手に暴走してんだよっ!」
「あぁっ……!? 私は一体何をして……!? すみませんがパンツ少しクンカクンカさせて下さい……。あぁっ……!? 私は一体何を言って……!?」
「変態ー! この変態ーっ……!」
リズははぁはぁと荒い息を漏らしている。目はとろんと蕩け切っている。
まるで1年間お預けを喰らった獣のようであった。
「うおーっ……! パンツくれーっ……! 私のパンツーっ……!」
「おめえのじゃねえ! ドアホォっ!」
カインは必死でサキュバスの攻撃を防いでいた。
彼のへそがちらりと見えている中、攻撃の対象を変更したサキュバスがカインのズボンに手をかけようとした。
その時だった。
ガチャリとドアが開いた。
「カインさん、リズさん、お待たせしました。災難でした、ね……」
「あ……」
「え……?」
頼んでいたメルヴィが到着し、体育倉庫の扉を開いた。
カインとサキュバスの動きがびしっと固まる。一瞬で額から汗が垂れる。
サキュバスがカインの上に乗り、そのズボンに手を掛けている。
何が起こっていたのか言い訳が出来なく、誤解のない状況であった。
表情の固まる2人に対し、メルヴィはゆっくりと微笑んだ。
「お楽しみ中でしたか。あのあの……お邪魔しました、カインさん、エロ師匠……」
そう言ってぱたんと扉を閉めて出ていった。
「違うんですーーー! メルヴィ様ーーー! 違うんですーーー!」
「メルヴィーーー! 俺を助けろーーー!」
2人はがばっと起き出し、扉へと走り寄った。
扉をどんどんと叩く。鍵が掛けられていた。
「おいぃっ! メルヴィ! てめぇっ……! なに鍵閉めてやがんだよっ! 開けろーっ!」
「メルヴィ様ー! 違うんですー! 誤解なんですーっ……!」
扉の近くで大声を出せど、何の反応もない。お久しぶりのお楽しみを邪魔しない様、メルヴィは親切心100%でやっていたことだった。
「出せーっ! 出せーっ……!」
「違うんですー……! 違うんですー……!」
彼らが体育倉庫から出られたのは、もう少し後の事だった。
申し訳程度のラーロさんの解説、やっとできた。
次話『28話 【過去】 リズとデート』は1時間後に投稿予定です。




