26話 【現在】 パンケーキ料理対決
【現在】
「わぁ~! なにこれ、本当に美味しそう~!」
「すっごくふわふわしてますねっ!」
「流石に並んだだけあったみたいだな」
とある学校の放課後の事であった。
花や小物がきらきらと綺麗に飾られた店内の中で、私やメルヴィ様達は目の前のパンケーキに感嘆の声を上げていた。
ふわふわと膨らんだパンケーキの生地に、美味しそうなホイップクリームと蜂蜜がふんだんに掛けられている。
今日、私はメルヴィ様とシルファ様とレイチェル様で市街の美味しいと有名なパンケーキ屋に来ていた。
このパンケーキは独自の流通経路を使って新鮮な果物や材料を仕入れているということで、少し値段は張るものの、とても甘くて美味しいと有名な店であった。特に学院の女生徒に人気で、店の前で1時間も並んで待ったくらいであった。
一緒にこの場にいる姫騎士シルファ様、聖女メルヴィ様、大戦士レイチェル様といえば、勇者カイン様を支える有名なお方達である。
何となく誘われて来たのだが、何故私がそのような凄い方々の集まりに混ざっているのかが分からない。
……分からないのだが、彼女達と一緒にいると何故か何となく安心するので、まぁいいかなと思っている。
これもパンケーキの魔力なのだろうか?
「じゃあ、頂きまーす!」
パンケーキにナイフを入れる。
生地に弾力があり、パンがナイフを押し返してくるような確かな手ごたえを感じる。ナイフを入れた後に、その境目に上に乗っていた蜂蜜がとろりと垂れ、パンケーキの断面を濡らした。
ごくりと唾を吞む。
フォークにパンを刺し、ホイップクリームをたくさん上に乗せ、それを口の中に運んだ。
「ん~~~~~っ……!」
口の中に上品な甘さがふわっと広がる。甘く、しかしくどくない。新鮮な卵で作られたというパンがホイップや蜂蜜の旨味を存分に引き出していた。
頬っぺたが蕩けそうになる。
「これは……凄く美味しいですねっ……!」
メルヴィ様からも意見が漏れる。彼女は目をキラキラさせながら一口食べたパンケーキを見ていた。
「いやはや、城を出ていつも驚かされるのは、市街の料理店のクオリティというのは本当にバカに出来ないという事だ。城の外にも、美味しいものはこんなにも溢れているのだな」
「あ、それ分かります、シルファさん! わたしも教会で良いものを頂いていたのですが、外の世界にはまだ見ぬ美味しいもので一杯でした!」
流石は姫騎士のシルファ様と聖女のメルヴィ様である。感想も一味違う。
「ふ、ふんっ……! あたしは戦士だ。こんな女子供の菓子如きに心を奪われたりはしないぞっ……!」
大戦士のレイチェル様はそう言って、ぱくっとパンケーキを一口食べた。
「ん~~~っ! おいしぃ~~~っ……!」
彼女は目をきらきらさせながら、頬っぺたを蕩けさせた。
即堕ちであった。
「あっ、ダメ! 止まらないっ……!」
レイチェル様はまるで手と口が自動化されたかのように、パンケーキを凄い勢いでぱくぱくと食べ続けた。
「あ~~~っ! もうなくなっちゃったぁ~~~っ……!」
すぐにレイチェル様の皿は空になった。彼女は項垂れ、泣く。
苦笑しつつ、もう1皿注文すると、レイチェル様はぱあぁっと目をキラキラさせた。
……ちょろい。
「しかし、本当に美味しいな……。なぁリズ、この味って再現できないのか……?」
「あ、それいいですね。リズさんならお菓子作りも得意ですし、美味しいパンケーキも作れますよ、きっと!」
「えぇと……、どうでしょう? どうやらここは他よりも新鮮な材料を仕入れて作っているようなので、市販の材料でこの味が再現できるかどうか……。というより、なんでシルファ様とメルヴィ様は私がお菓子作り出来るって知っているのですか?」
「おっと……」
「あ、あはは……」
シルファ様は慌てたように口で手を塞ぎ、メルヴィ様は白い髪を揺らしながら苦笑いをしていた。
……? ……なんだろう?
「か、風の噂だ……風の……」
「そうですか?」
「あ、あぁ……」
シルファ様は口元をひくつかせながらそう答えていた。
……まぁ、確かに知っていてもおかしくない事なのかな? お菓子を焼いて学校に持っていったこともあるし。
「じゃあ今度皆様にお菓子を焼きますよ? 私の家に来て下さったら焼き立てをお出し出来ますが」
「あっ、いいじゃない! それ! リズのお菓子食べたいわよ、あたしっ!」
「あ、あのあのっ……! ぜ、是非お願いします……、リズさん……!」
「おぉっ! 話に出してみるものだな! リズのお菓子なら今から楽しみにしてしまうな!」
おっと、思ったよりも食いつきが凄い。
皆目をきらきらさせながら私の事をじっと見てくる。
なんでここまで反応が良いのだろう? まるで一度食べたことのある味をまた味わいたいと思っているかのような食いつき方だ。私の手作り菓子なんて、皆さん食べたこと無い筈なのになぁ?
「……そ、そんなに楽しみにされると、緊張してしまいますね」
「いやいや、あんたなら大丈夫よ。何作ったって絶対美味しいに決まってるわ!」
「あー、本当に久しぶ……いえいえ、本当に楽しみです!」
「何がいいですかね? じゃあその日は得意のクッキーでも焼きましょうか?」
『クッキーはやめよう』
お三方が口を揃えてそう言った。急に真顔になる。
「え? ……えぇ?」
戸惑う。
「ク、クッキーだけは……手作りのクッキーだけは駄目なんだ……」
「何か入っている時は、大体がクッキーだったわ……」
「クッキーは劇物……です……」
彼女たちの体がガタガタと震えていた。どうしてだろう。何故か彼女たちは異様にクッキーを恐れていた。
何故だろう。どうして彼女たちはクッキーをそこまで恐れているのだろう?
「べ、別のにしよう! お菓子だって色々ある!」
「そ、そうね! ケーキにマフィン、スコーンと色々あるわね!」
「あ、あのあの……! リズさん……! 何もわざわざクッキーを焼く必要は無いと思いますっ……!」
「あー! はいはい! 分かりました! 分かりましたから、今はパンケーキを頂きましょう? まだまだたくさん残ってますよ?」
そう言って今日のメインであるパンケーキに話題を移そうとした。
その時だった。
「現れたなっ……! リズっ! ここで会ったが百年目っ……!」
「ん?」
店中に響き渡る程の大きな声量で、私は何者かに呼ばれた。
聞いたことのない声だな、と思う。パンケーキを咥え、椅子に座りながら振り返り、声のした方を振り返った。
店の中央にはフードを被った何者かが立っていた。声色は低いから男性、だと思う……。フードを深く被っているようで、顔が良く見えない。
……本当に誰だ?
「リズめっ! もう逃げられんぞっ! 大人しく私と勝負するがいいっ……!」
「えっ? 誰?」
「ん? なんだ、あいつ?」
レイチェル様達も眉を顰め、その男性の方を見る。
私の名前を呼んでいるが……ダメだ、声では誰だか全くわからない。
「えぇと……あなたは一体……?」
「私だっ! 忘れたとは言わせんぞっ!?」
「いや、フード取って下さいよ……」
「私だっ!」
そしてその男性はフードを取った。
「……え?」
「ん?」
「あれ……? そのお顔……」
カエルがいた。
なんて説明したらいいのか、その男性は顔がカエルだった。
「……はい?」
カエルのお面を被っているとかそういう訳ではない。フードの奥にあったのは人の頭ではなく、正真正銘カエルの頭だった。
身長は180センチ程、2足歩行の大柄のカエルがそこにいた。
きゃあああぁぁぁっ!? と、店内が騒然とする。
こんな化け物誰も見たことが無かった。
「我が名はアレクサンドラ・フォン・ルドヴェーデス・オーディン!」
「やたら名前かっこいいですね!」
「西の国トルトコの都市の熱血死闘大料理大会で貴様に敗れた者だっ……! 忘れたとは言わせんぞっ!」
「いや、それは全然知りません」
カエルさんの言う事に心当たりも無ければ、カエルさんにも見覚えが無い。
トルトコの国なんて行った事も無い。まず彼の様なインパクトの大きな人(人? カエル?)、一度見たら忘れる筈が無い。
私は絶対にこのカエルさんに出会っていない。
「あぁ、あの時の……」
「そう言えばいたな。熱血死闘大料理大会でカエルの顔した魔神組の奴が」
「あ、あの人のトルトコ料理美味しかったです!」
しかし、何故かレイチェル様方々カイン様の仲間たちはカエルさんに見覚えがある様だった。
「さぁ、リズよ! ここで会ったが100年目! 今こそこの前の雪辱を晴らす時っ! 私と料理対決をして貰おうかっ……!」
「い、嫌ですっ……! 私料理対決も貴方の事も全然知りませんっ……! 絶対に人違いですっ!」
「進化した私を見るが良い!」
「あぁっ……! 全然聞いてない!」
カエルさんはフライパンを取り出しながら、ポーズを取っていた。
「あ、あのあの、リズさん……1回くらい相手してあげたらどうでしょう? 別に悪気がある訳じゃなさそうですし……?」
「おいおい、魔神組の奴らを甘やかせるもんじゃないぞ、メルヴィ」
「でも絡まれ続けるのもめんどくさいわね。店主ー!? ちょっと厨房貸してくれるかしらー!?」
「え? ……え?」
状況がよく呑み込めないまま、話が進み始める。
え? なに? 料理勝負……? 私とこのカエルさんで……? なんで!?
「さぁ、宿命の対決へ……! いざ尋常に勝負っ! リズぅぅぅっ……!」
「えええぇぇっ……!?」
カエルさんがフライパンを構え、大声を発した。
全く身に覚えのない宿命の対決が始まろうとしていた……?
「お題はどうするのよ?」
「パンケーキだろう。ここ、パンケーキ屋だし」
パンケーキ勝負が始まった。
不躾にも厨房を借り、調理は進む。
時間が経ち、私とカエルさんの調理が終了した。
「……まず私の料理からですね」
「おぉっ……!」
「これはとっても美味しそうだっ……!」
私は旬のフルーツを使ったパンケーキを用意した。旬のフルーツでソースを作り、パンケーキの上にそのフルーツを乗せながらフルーツソースをかけて食べるものだ。
あまりパンケーキの面積は広くせず、小さなパンケーキを複数用意してそれぞれに別の種類のフルーツソースをかけた。
オーソドックスな作品ではあるものの、フルーツの味の違いを楽しめる作品となった。
「これはっ……純粋に美味しいな……!」
「フォークが止まらない……!」
「流石はリズさんです!」
審査員の方々(勇者御一行)の反応はとても良かった。メルヴィ様だけでなく、レイチェル様まで頬がとろんと蕩けながら私のパンケーキを食べていた。
「次は私の番だなっ……!」
カエルさんが意気込みながら料理を持ってきた。
「さぁっ! 存分に味わいたまえっ……!」
ラーメン(パンケーキ入り)が出てきた。
「……は?」
「まずっ」
「0点」
「デザートなんて作ったことなかったんだぁっ……!」
カエルさんが地に膝を付きながら、断末魔の叫び声を上げた。
彼は主食派の料理人だった。いや、私も主食作れるけど。
料理対決は私が勝利した。
その時だった。
「いたぞっ! 魔神組のアレクサンドラ・フォン・ルドヴェーデス・オーディンだっ!」
「であえー! であえー!」
「確保ー……!」
背中に翼の生えた警察官が店の中に雪崩れ込んできた。時々見かける天使の警察官だ。
私はぎょっとし、カエルさんは舌打ちをした。
「ちっ、天使か。ここはとんずらこくしかねぇっ……!」
「逃げるなー! 止まれー!」
カエルさんは店の窓ガラスを突き破り、ダイナミックに逃走を開始した。
バリンと激しい音がなってガラスの破片が外の道に散らばり、カエルさんを追うようにして天使の警察官さん達も窓から外へ踊り出す。
ぽつんと私達は取り残され、店の中には静寂が訪れた。
「今のは……一体……」
ぽつりと呟く。
「天使と魔神組は宿敵みたいなものだからなぁ……」
「ま、一般人は知らなくていい事ね。今のリズは一般人なんだし」
「わ、私の知らない世界で一体何が起こっているのか……」
どうも勇者様達は一般人には知らない世界でも活躍をしているらしかった。魔神組なんて聞いた事も無かったんだけど……。
なんだかどっと疲れた感じがした。
破けた窓ガラスからは少し冷たい風が吹き込んでいた。
このパンケーキ屋の店主が涙目を見せていた。
ほんと……すみません……。弁償いたします……。
エロネタ無しギャグ回。
エロネタ作品にはエロ無しギャグ回が大切だと、やっと気付いた。
次話『27話 【現在】 体育倉庫の中で、2人』は明日 11/27 19時に投稿予定です。




