24話 【過去】 Sとは慈愛と見つけたり
【過去】
「ふん、うちの事なんてさっさと殺せばいいじゃないの」
そう言って、鎖に縛られた少女はまた口を噤んだ。
勇者カイン達は頭を抱える。諦観と自暴自棄を内にした少女をどのように扱ったらいいのか分からなくなる。
カイン達は敵の魔王軍の一員を捕える事に成功していた。
しかしその彼女は一向に魔王軍の情報について、口を割ろうとしなかった。
それは勇者カイン達が魔王軍の重要な拠点の1つ、ウォバック城を攻めようとしている時の事だった。
周囲は毒の沼に囲まれ、城には強大な結界が張られていた。勇者達はその結界の攻略に苦戦を強いられていた。
その中で、勇者達は攻略の糸口を掴みかけていた。
その城の事を詳しく知るウォバック城の防衛幹部、吸血鬼のイルマを捕縛することに成功したのだ。
「なぁ、イルマ。少しでいいんだ。あの城の結界を解く為に必要な事を教えてはくれねえか?」
カイン達はその吸血鬼のイルマから城の攻略に必要な情報を聞き出したかった。
しかし……、
「気易くうちの名前を呼ばないでくれるかしら?」
鎖に捕えられながら、イルマは強い瞳でカイン達の事を睨みつける。イルマは頑としてウォバック城の情報を話そうとしなかった。
「別に城主にも魔王にも、全く恩義なんて無いけれど……、人間の利になるような真似をするくらいなら死んだ方がマシよ。さぁ、さっさと殺せばいいじゃない! ねぇっ!」
イルマはがしゃがしゃと鎖を鳴らし、そう訴えかける。
彼女は自分を殺せと、そう言うのだ。
「うちは人間に屈したりはしないわっ! どうせもう一生逃れる事なんて出来ないんでしょ! 人間の慰み者になるくらいなら、死んだ方がマシよっ! ねぇっ……! うちを殺しなさいよっ……!」
「…………」
「人間にも、魔王軍にも利用され続けてきたっ……! もううんざりっ! さぁっ、殺しなさい! うちを殺しなさいよっ……!」
カイン達は閉口する。恐ろしい形相で彼らのことを睨みながら、自分を殺せと訴えかけるイルマを見て、とても苦しい気持ちになった。
やがてイルマは叫ぶのを止め、鎖に縛られたまま項垂れた。
「……今まで生きてきて、1つも楽しい事なんてなかった……」
そう小さな声で呟いた。
イルマを捕えている部屋から移動して、別の部屋でカインは仲間達との話し合いを始めた。
「さて、どうやったらあの子に話して貰えるようになるじゃろうかのぅ……?」
熟練魔導士のラーロがそう切り出した。
彼はある王国が誇る大魔導研究所ボーダスで数々の功績を残してきた大魔導士であった。年は50を越えていて、長い白髭が特徴的な男性であった。
「残念ながら、あのイルマ殿に喋って貰うしかウォバック城の攻略方法は分からん。他の情報の糸口は見当もついていないのが現状じゃな」
「…………」
ウォバック城の結界を解く方法はいくら探しても見つからなかった。かなり厳重に情報を規制しているようで、魔王軍が支配する周辺の街でさえ一切の手掛かりが見つからなかったくらいだった。
「可哀想じゃが……イルマ殿を拷問するしかないのかのぉ……?」
ラーロは眉を垂らし、自分の髭を擦りながらそう言った。
拷問。
彼の言葉に、仲間の皆が沈鬱な表情を見せる。
「ダメだ」
しかし、
「拷問も乱暴も無しだ。それは俺が認めねぇ。いいな?」
斬り捨てる様な言葉で、カインはそう言葉を吐いた。足を組み、椅子の背もたれに深く腰掛け、ふんぞり返るようにしながらそう言った。
自分たちのリーダーの言葉に皆が一瞬安堵の表情を見せるけれど、しかしだからと言って今の状況を打破することは出来ていない。
「カイン殿……、儂らだってやりたくはないが、しかしそれじゃあどうするのじゃ……?」
「ラーロ、黙って俺の言うことを聞け。拷問は無しだ。異論は認めねぇ」
カインはラーロの言葉を一切寄せ付けず、葉巻を取り出して火を付けた。
「情報は何とかして別の方法で見つける。分かれ」
「…………」
部屋が煙たくなってくる中で、ラーロは小さく頷いた。
「……分かった。お主はそう言って今までも結果を残し続けてきた。そう言ってくれるのなら、儂もありがたい」
「…………」
そう言って彼は皺だらけの顔で穏やかに微笑んだ。
「ラーロ、俺に期待しろ」
「うむ、いつも信じておるぞ。カイン殿」
2人で頷き合う。明確で心が痛まない指針をリーダーが打ち出したことで、仲間達にもほっと熱い息が漏れた。
しかし、反論を発したのは大峡谷の戦士レイチェルだった。
「ちょっとちょっとちょっと……! でも何にも具体案が出て無いじゃないの! 結局どうするのよ! あの城の攻略……!」
「レイチェル……」
バンバンとテーブルを叩いて、彼女は意見を口にした。紫色のツインテールを揺らしながら彼女はもっともな事を口にする。
「いや、あたしだって拷問がしたい訳じゃないのよ? でも、じゃあ具体的にどうするのよ? 何か案があるの、カイン?」
「それは……」
カインは言葉を詰まらせながら、大きく息を吐いて口から煙を吹き出す。考えるように少し上の方を向いて、部屋の天井を見た。
「……少し考える。時間をよこせ」
「……まぁ、あんたが言うのならいいけどさ。なんとかしてよ? ほんと」
「あぁ、任せろ」
レイチェルは腰に手を当てて、ふんと鼻息を鳴らした。方針に若干の不満があるものの、カインが言うのならば、まぁ仕方ないと考えていた。
カインなら何とかするのだろうと、皆がそう考えていた。
その時だった……。
「私にお任せくださいっ……!」
バンと部屋の扉が開いた。
大きな声と共に1人の女性が入ってくる。良く慣れ親しんだ声、リズの声であった。
カインははぁ、と大きなため息をつきながら後ろを振り向き、背中の方の扉に目をやった。
「……リズ、てめぇどこで遊んでた。話し合いにはちゃんと参加し…………」
参加しろ、そうまで言いかけて、カインは言葉を止めた。皆も一瞬絶句する。
リズは珍妙な格好をしていた。
革製の黒いボディスーツを身に纏い、露出度は高く、際どい格好をしていた。網タイツを着用しており、顔には大きなパピヨンマスクを付けている。
そんな彼女がしなを作りながら堂々と立っていた。手には黒い鞭が握られている。
「おい、リズ……その格好は……」
「リズじゃありません」
「は?」
リズがバシンと鞭で床を叩いた。
「今の私は変態調教師サドキングですっ……!」
「うるせぇ、黙れ」
サドキングが現れた。
「そ、その姿……! サドキング……!」
「知っておるのかの? メルヴィ?」
「いや、まぁ……。ガッズさん、ラーロさん、フリアンさん以外は全員知っているんですけど……」
メルヴィがばつの悪そうにポリポリと頬を掻く。
カイン以外の男性陣を除き、皆にとってリズのこの姿は見たことのない格好では無かった。
SM〇レイをしたがる時の彼女の格好だった。まぁ、カインは基本S気味なので、S対Sの戦いになったりするのだが。
「吸血鬼のイルマ様は私にお任せください」
「いや、ムリ」
「アッハッハッハ! 生意気だね、お仕置きだよ!」
「てめぇ、誰に口きいてんだよ」
「吸血鬼のイルマ様は私にお任せください」
「いや、だからダメだって……」
サドキングは堂々としていた。
「あのな、リズ。拷問とか乱暴はしねぇって決めたんだよ、俺が」
「大丈夫です」
「説得力ねえよ」
「では行って来るよ! 愚民ども!」
「おいちょっと待てって!」
暴走するサドキングを何とか止めようと頑張っていた。
「大丈夫です。私が注ぐのは苦しみではありません。愛です。愛と優しさを注ぎ込むんです」
「はいはい、分かったから病人は部屋で大人しくしてような?」
「この豚野郎」
「てめぇ、今なんつった?」
「ご安心下さい、イルマ様には一切の苦痛を与えないことを約束しましょう」
リズがバシンと鞭で床を叩く。周りの仲間の顔が引き攣る。
「彼女には……私が人生の優しさというものを叩きこんであげます」
リズはにやりと笑った。
* * * * *
「あああぁぁぁっ……! お姉様っ……! お姉様っ……! もっと! もっと下さいっ……!」
「だらしない子だね、お仕置きだよっ!」
「あーっ……! ありがとうございます! お姉様っ……!」
バシンと鞭の鳴る音がする。
イルマの顔は赤く、恍惚としている。体は服の上から亀甲縛りによって縛られており、しかし心は解放されていた。
カイン達は目を覆いたくなるような気持ちにさせられる。
5分で地獄絵図が完成していた。
「お姉様っ……! お姉様の為にもっと喋らせてくださいっ! あの城だけでなく魔王軍について、うちの知ってることを、全部……!」
「この豚野郎!」
「ありがとうございますっ……!」
バシンっ!
鞭が鳴る。
サドキングの鞭の使い方は極上で、その刺激は絶妙にコントロールされており、吸血鬼のイルマを一瞬で快楽の天国へと連れて行った。
「楽しいかいっ!?」
「あーっ……! 楽しいですっ! 女王様ーっ……!」
「楽しんでんじゃないよっ! お仕置きだねっ!」
「ありがとうございますぅっ……!」
イルマは全ての情報をゲロった。
「あー、リズ……。もうこいつ、全部喋ったから解放していいんじゃないか……?」
「リズじゃありません! サドキングです!」
「うっせえ」
「あいた!」
カインはリズの肩にパンチした。
「や、やめて下さい……! サドキングからマゾキングに変身しちゃいます……! はぁはぁ♡」
「止まれ」
「おいっ! 止めろ、下郎! お姉様に手を出すなっ……! 手を出すのならうちをやれっ……♡ はぁはぁ♡」
「むごい……」
吸血鬼のイルマの変貌ぶりに、カインは頭を抱えるしかなかった。
「うちを解放だとか……、うちとお姉様の素晴らしい一時を終わらせようとするなんて……、鬼かお前はっ!」
「鬼はお前で、地獄はここだ」
「カイン様、やはりこの子、私の見立て通りマゾの才能が有りました!」
「いいか、リズ。才能ってのは何でも開花すればいいってもんじゃねえんだぞ?」
「お仕置きだよ! 変態イヌ野郎!」
「あぁっ……! ありがとうございますっ……!」
バシンっ! 鞭が鳴る。
「カイン様、痛めつけるというのは誰にでも出来ます」
「ん?」
「しかし一流のサドというのは、相手の望む刺激を与えてこそのサド! 真のサドこそ、相手の事をよく考え、欲望を感じ取り、鞭を振るのですっ……!」
バシンっ!
「あぁっ……♡ お姉様♡ もっと……♡ もっと、下さいっ……♡」
「サドとは……慈愛と見つけたり……」
「意味が分からん」
サドキングはパピヨンマスクの位置をくいと直し、イルマの表情はうっとりとしていた。
「今、苦しいかい!?」
「そんなことありません! お姉様!」
「生きていて、楽しい事なんて1つも無いかい!?」
「そんなことありません! お姉様!」
「良く言ったね! ご褒美だよっ!」
バシンっ!
「ありがとうございますっ……!」
「でも変態だからお仕置きだよっ!」
「あ゛ぁっ! ありがとうございますっ……!」
イルマは生きる意義を見出そうとしていた。
「……寝るか」
サドキングの仲間たちはこの地獄を放置して、部屋に戻って寝ることにした。何も出来る事なんてなかったし、もう何もかもがどうでも良くなっていた。
夜が更ける。
美しい星空の下で、一晩中嬌声が響き渡っていたのだった。
この豚野郎!
次話『25話 【現在】 アイナと一流のジャーナリスト』は明日 11/26 19時に投稿予定です。