22話 【過去】 色街のお師匠様
【過去】
「成っ敗……!」
「きゃああああぁぁぁぁっ……!」
1つの部屋の中、ある女性の絶叫が響き渡る。
眠らない街の夜の下で、2人の女性がある死闘を繰り広げていたのだった。
それがある女性の叫び声と共に、今終わった。
「なんだぁ? 終わったのかぁ?」
「あ、カイン様」
その部屋の扉をがらがらと開けたのは勇者カインであった。口に葉巻を咥えながらだるそうな顔をして、部屋の中を覗き込む。
「勝ったのか?」
「そりゃ、勿論勝ちましたとも。私の様な達人が、下級サキュバスとのセッ〇スバトルに負ける訳ないじゃないですか!」
「心底どうでもいいけどな」
カインに返事をするのは彼の仲間である魔法使いのリズであった。裸の姿を隠そうともせず、彼に胸を張ってそう答えた。
カインは面倒くさそうに口から大きく煙を吐く。
部屋の中には2人の女性がいた。1人はリズで、元気よくカインに返事を返している。
もう1人は魔族のサキュバスであり、リズに精を吸い尽くされて布団の上でぐったりと項垂れている。荒い呼吸と共に胸を上下させていた。
ここはとある寂れた色街だった。
命の消える色街、という不穏な噂が広まった街であり、ここの客は不審な衰弱死をする者が多く、この色街を利用する者は徐々に減っていった。
その噂を聞いた勇者カイン達はまず魔族の存在が関わっている事を疑った。
皆が仲間であるリズに視線を集める。
「分っかりました! 私がこの事件を解決しましょう!」
自分の胸を叩いたのは仲間のサキュバスだ。
まぁ、まずサキュバスの仕業だろうな、とサキュバスに対して深い知識のある仲間たちはそう思った。
そしてやっぱり原因はサキュバスだった。色街に1人のサキュバスが紛れ込んでいた。
リズはそれを見つけ出し、お仕置きセック〇を敢行した。
敵のサキュバスはリズに精を吸われ尽くし、1歩たりとも動けない状況になってしまったのだった。
「ありがとうございました。この街を救って下さったご恩は一生忘れません」
「気にすんなよ、大女将。多分、うちのリズは楽しんでやったことだしよ」
「むふふ……」
この街を仕切る大女将のスミレが綺麗な所作で頭を下げ、リズはおやつをつまんだ子供の様にぺろりと舌で唇を舐めた。
「この街に潜むサキュバスは倒したが……、この寂れようで街は元に戻せんのか?」
「それは……無理でしょう。私達はこれから債務を整理して、奴隷に身をやつします。行き場のない娘たちはそれしか道はありません」
「それは……悲惨だな」
カインは口から煙を吐き、眉を顰めたが、彼らにも彼女らにもどうすることも出来ない事であった。
「分っかりました!」
「……ん?」
「私が何とか致しましょう!」
しかし、1人だけ胸を叩いて自慢げな声を発したのは魔法使いのリズだった。
「何とかするって……お前……」
「どうせそこで寝ているサキュバスに吸精のコントロールを無理矢理叩きこんでやらないといけなかったですしね。荒療治ですが、はい、事はついでです」
「ヴァネッサ……」
リズに打ち倒されたサキュバスはヴァネッサという名前だった。彼女はこの色街一の遊女であり、街の存続に大きな貢献をしていたのだが、その破壊の原因の大元でもあった。
「今から体力に自信のある方を5人お集め下さい! 私が7日7晩、手ずからたっぷりご指導しましょう!」
「……はい?」
「私の『108の絶技』を特別に伝授してあげましょう! 『ドキドキ! 7日7晩ぶっ続け! 気力も精も尽き果てる地獄ベットの大武者修行大会!』の開幕です……!」
リズは大声を発し、そう宣言した。
「この技を身に付ければ、お客殺到間違いなし! 顧客満足度堂々1位ですよ!」
「はぁ……?」
「何言ってんだ、こいつ」
自信満々に胸を張るリズとは対照的に、周りの反応はいまいちピンと来ていない様だった。
ただ、聖女メルヴィだけが驚愕の声を発した。
「ひゃっ……『108の絶技』をたった7日間で……!?」
「……知っているのか? メルヴィ?」
「わ、わたしですら全てを教えて貰いきったのはついこの間だというのに……。5人いるとはいえ、たった7日間で全て一通り教えてしまおうなんて……、これは地獄ですよ。ごくり」
「悪いが緊張感全然伝わらねぇよ」
メルヴィは息を呑み、カインは呆れた。
「メルヴィ様は今度から『36の奥義』の伝承に入りますから、覚悟しててくださいね?」
「くっ……、耐えられるでしょうか、わたしの体……」
「だからその葛藤伝わらねえって」
性女メルヴィは上級者だった。
「待ちなっ!」
そんな時、その部屋の扉が荒々しく開かれた。
乱入者だ。リズの事を快く思っていない1人の遊女がこの部屋に入って来て、リズの事を見下した。
「ふん、わたしはあんたの事なんか認めちゃいないよ。勇者のパーティーかなんかは知らないけどねぇ、あんたらみたいな偉そうな奴に、遊女の誇りも苦しさも分かる訳が…………、きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんっ……!」
「カルメーっ!?」
リズに喧嘩を売っている最中で、カルメと呼ばれた女性は甲高い声を発して床に転がった。その直前、リズは腕を3回ほど振って、彼女の体に触っていたようだった。
「カルメっ!? カルメ……!? どうしたの……!?」
「カルメっ! しっかりおし……!」
この街の仲間である遊女たちはカルメに近づき、彼女の体を揺すった。
「……ぶっ飛んでる……」
「そんな……嘘……」
部屋が驚愕に包まれる。カルメの顔はこの数秒で赤くなり、口から熱い吐息が漏れていた。
「お姉様……しゅごいぃぃ……」
「ふん、この程度でぶっ飛んでしまうとは、先が思いやられますね」
カルメは熱に浮かされたような声を発し、リズは指をワキワキさせた。
「……ここから先は地獄ですよ! 命を懸けて、掛かって来なさい!」
リズが強い声を発すると、この部屋に戦慄が駆け巡る。
甘く見ていると、死ぬ。それがこの部屋にいた遊女たちの共通意識となった。皆がごくりと息を呑む。
地獄の特訓が始まりを告げた。
* * * * *
「皆さま、よく7日7晩耐えられましたね」
「あ、ありがとうございました……! お師匠様……! お師匠様の教えは絶対に忘れません……!」
あれから7日が経った。
『ドキドキ! 7日7晩ぶっ続け! 気力も精も尽き果てる地獄ベットの大武者修行大会!』が終わったところだった。
この戦場を駆け抜けた5人の遊女は皆疲労困憊で、頬はやせこけ、体は震えていた。
しかし皆どこか充実感に溢れていて、自信が体の中にみなぎっていた。今の自分達なら色街を再建することも容易い、そんな感情が顔に表れている。
ここにいる5人の遊女は、最早勇敢な戦士であった。
皆疲労困憊だったが、肝心のリズはつやつやしていた。
「お、お師匠様……! 本当に……本当にありがとうございました……! こんなあたいに生まれ直すチャンスを下さって……! なんてお礼を言っていいのか……!」
誰よりも泣いていたのがこの街の崩壊の原因であったサキュバスのヴァネッサだった。
彼女はこの特訓でサキュバスの力の使い方をリズに徹底的に教え込まれ、自身の吸精を完全にコントロール出来るようになっていた。
「貴方が一番頑張りましたね、ヴァネッサ。これからは罪を償い、恩を街に返し、街の発展に尽力しないといけませんよ?」
「はい゛っ……! あ゛りがとう゛ござい゛ま゛したっ! お師゛匠様っ……! あたい……、あ゛たい罪を゛償って、頑張り゛ま゛す……!」
ヴァネッサは鼻水を垂らしながら泣いていた。
「……あなた達に最後に教えなければいけない事があります」
リズがそう言うと、皆がびくっと震える。
しかしぎゅっと口を結んでから、恐怖を吹き飛ばす様に目を輝かせ、師匠の教えを受けようとした。
「……ありがとうございます! お師匠様!」
「どんな教えでも、耐え、学び取って見せます!」
「あはは、そんな大変な事ではありませんよ。これから教えるのは1つの戦略です」
覚悟の顔の弟子たちに対し、お師匠は笑って手を振った。
「いいですか? 働き始めたら、まず学校の制服を購入しなさい」
「え……?」
「学校の制服、ですか……?」
お師匠の言葉に、弟子たちはきょとんとする。
「はい。近くのフォルスト国立学院の制服、隣国のバールベルド騎士学校の制服、南のドイル貴族学校の制服。それらを購入しなさい」
「はぁ……」
「一体何で……」
「そして、修道院の服を購入しなさい。女性騎士の戦闘服も購入しなさい。貴族の礼服も購入しなさい。それらを着て、役に徹しながらプレイするコースを作るのです!」
リズは立ち上がって、宣言した。
「中々現実的ではない状況、環境をイメージしながら服を着てプレイする……、そう! ファッションによるイメージの接客コースを作ることが出来たら……それはこの色街の一番の特色となりましょう……!」
「お師匠様ーっ……!」
「素晴らし過ぎますっ……!」
「1000年は先を行くアイディアです!」
弟子たちはお師匠に抱き着いた。感激は涙となり、お師匠は胸を張り、弟子は一生この人をお慕いしようと心に決めた。
「皆さん、頑張ってください。この色街の未来はあなた達の肩に掛かっているのです!」
「はい! お師匠様! お師匠様の期待に応えられるよう、頑張ります……!」
この色街は再建できる。この5人の勇者達はもう既に心の中で確信していた。
未来は希望で満ち溢れているのだった。
「なんだ、このテンション……」
外野で見ていた勇者カインは呆れてものが言えなかった。
こうして勇者一行は、また1つ街の平和を救った。
吟遊詩人の歌に残らない、隠された歴史の1つなのであった。
次話『23話 【現在】 激辛お菓子と甘い鞭』は明日 11/25 19時に投稿予定です。




