21話 【現在】 色街に迷い込む(3)
今日も2話分投稿。
【現在】
「カ、カイン様……!? どうしてこちらに……!?」
「バカ、おめぇ、バカ。ここで遊ぶお前を引っ張り戻しに来たに決まってんだろ」
「私、ここで遊んでなんかいませんっ!」
私達が色街に迷い込んでから早数時間、この街の独特の雰囲気に呑み込まれながらびくびくと娼館の中で過ごしていると、ずっと待ち望んでいた私達のお迎えの人が現れた。
長身で黒い短髪の青年。
迷子の私達のお迎えは、まさかの勇者様であった。
何で勇者様直々にっ……!?
何で勇者様がお使いみたいなことやってんの!?
カイン様は葉巻に火を付けて、ぷかぷかと煙を吐きだした。
「スミレさん、申し訳ねぇ。うちのバカが迷惑を掛けたようで」
「いえいえ、カイン様。全くそんな事はありませんよ」
「こいつ、何人分食いましたか? お代は俺が払うんで……」
「カイン様! 私は遊んでませんってば!」
カイン様は娼館に対して緊張するような様子を一切見せず、遊び慣れたような堂々とした態度を示している。
ここの大女将さんとも顔見知りであるようで、対外的な丁寧な口調ではなく、いつもの素の荒々しい言葉使いをしていた。
「カ、カイン様? 何故カイン様が直々にお迎えに……?」
「いや、俺はお前がいなかったから推測でここに来たんだが……」
「推測?」
「あのな? いいか、リズ? まずな、お前集合場所いなかっただろ?」
「や、やっぱり集合場所違ったんですか……」
「それでな? この近くに色街があったのを思い出したんだ」
「はい……」
「じゃあつまり、リズが集合場所すっぽかして、色街で遊んでることになるのは自明の理じゃねーか」
「何が自明の理ですかっ! カイン様は私を何だと思ってるんですか!?」
論理に恐ろしい迄の破綻が見られた。私は健全な人間なんですけどっ……!
「ゆ、ゆゆゆ、勇者様……!? どど、どうしてこちらに……!?」
「勇者様? い、いつもと雰囲気が違うっす……?」
「あぁ?」
カイン様の登場に未だ驚きが収まらないのが、私の隣に座っているルナ様とサティナ様だ。
カイン様は普段人前では丁寧で爽やかな言葉使いをしている。だからこのカイン様の荒々しい素の姿は、2人にとって驚きの素であった。
「お前らは、リズの友達の……ルナとサティナだったな」
「……! ゆ、勇者様に名前を憶えて貰えていたなんて……!」
ルナ様は胸の前で手を組んで、興奮で顔を赤くしていた。彼女は勇者様達の大ファンだった。
勇者様達の転入に対し、一番興奮して喜んでいたのが彼女であった。
「あー……、こっちが俺の素だ。他で言いふらすんじゃねーぞ? お前ら?」
「……! そ、そうだったのですか!? も、もちろん言いふらしたりはしませんわっ! 勇者様の不利益になるようなことは致しません!」
「意外っす……。勇者様って、ちょい悪だったんすか……」
「おうよ」
開き直ったかの様にカイン様は葉巻の煙を大きく吐いた。カイン様の本性を知る人がまた2人増えたのだった。
「カイン様。今私達、リズ様に相談させて頂いているんです」
「あぁ? 相談?」
「この色街の新しい商売のアイディアをリズ様に伺っているんです」
「そうなんですよっ! カイン様! 私無茶を言われているんですよ! 色街の新しい商売だなんて……そんなの思いつく訳ないじゃないですか……!」
「適任じゃねーか。答えてやれよ、リズ」
「なんでですか! 適任じゃねーですよ……!」
カイン様がさも当然かの様にそう言って、ヴァネッサさんにお酌して貰い、酒をぐいと一気飲みした。
てきとーである。私の扱いがてきとーであった。
「大体まず、私とか一般人は色街に縁が無いんですよ……! そりゃ、そうでしょう!? 色街に出入りしているなんて外聞が悪いですし……何より色街って、こう、恥ずかしいし……近づき難い……! ……あ」
「ん?」
「うん?」
私の頭の中でちょっとした引っ掛かりを覚えた。
口に手を当てて考える。皆が目をぱちくりさせ、私に視線を集める。
「色街に訪れること自体が難しいのなら……手紙かなんかで依頼を出せて……女性がその人の家にまで出向くような、デリバリーの様なシステムを……作り出せれば……」
「…………」
「…………」
「な、なーんて! そんなの無理ですよね……! はい、素人意見ですので、ど、どうか笑って無視して下さい。あははは……!」
「…………」
「…………」
私は大きく手を振って誤魔化す。
沈黙が痛い。この街のプロのヴァネッサさんとスミレさんが口を閉ざして、私の事をじっと見ている。
私は否定の意味で手を振るのだけれど、2人の反応はない。……なんだろう。変な事を言って怒らせたりしたのだろうか……。
「て……」
「……ん?」
「てて……」
「……んん?」
「……天才だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「はいぃっ……!?」
ヴァネッサさんとスミレさんがひっくり返って倒れた。椅子もひっくり返って、お茶も零れる。
「さ、さささ、流石お師匠様……! 流石はお師匠様ですっ……!」
「天才っ……! お師匠様天才ですっ……! 流石はスケベの大魔神!」
「やめてっ! やめて下さいっ……!」
2人が私に詰め寄って、抱き着いてくる。顔は赤く、興奮しきっている。
私は慌てて2人を引き剥がそうとするけれど、興奮によるパワーは凄まじく、びくともしなかった。
「やはり常人には出来ない発想……! 1000年は先を行く、完璧な発想です! 流石はお師匠様!」
「流石です! やはりお師匠様はどんなになってもお師匠様ですー!」
「えぇいっ……! さっき私は人違いだって結論が出たじゃないですか……!」
「お師匠様ーーーっ!」
そうこうしていると、部屋の扉がまたがらりと開いて、3人の新しい女性が入ってきた。
「お師匠様ぁっ……! 一生ついて行きます!」
「えぇっ!? 誰!?」
「流石はお師匠様です! 流石はお師匠様です……!」
「またわたしを2秒でイカせて下さい……! わたし達を鍛え直して下さい……!」
「お師匠様ぁ……! またあたしに夜のスコーピオン・デスロックを掛けて下さぁいっ……!」
「お師匠様ーーーっ!」
「お師匠様ーーーっ!」
「お師匠様ーーーっ!」
「あ゛ーーー! もうっ、なんなんですかあ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ……!」
私は5人の遊女の方に囲まれ、抱き着かれていた。意味の分からない興奮がこの部屋の中で渦巻いていた。
だからなんでこの人たちは私の事をこんなにも敬ってくるのか……!?
本当に今日の夜は訳が分からないっ……!
ルナ様やサティナ様の顔ももう大分引き攣っている……!
「大女将さんっ! 姐さん方々っ……! 店の前で不審者を発見しやしたぁっ……!」
「今度は何なんですかぁっ……!」
またまたがらりと扉が開き、今度はガタイの良い用心棒の方々が入ってくる。
「今大事な用で取り込み中だよっ! 一体何なんだい! 騒々しいっ!」
「すいやせんっ! お店の前で写映機を持ってうろついている怪しい女を見つけまして……、捕らえておきやしたっ!」
「ん?」
「あれは……?」
用心棒の方は1人の女性を肩に担いでこの部屋に入ってきた。その女性は縄でぐるぐるに縛られ、蓑虫の様に身動きが取れなくなっている。
はぁっ? と遊女の方々は眉を顰めるのだけれど、私達フォルスト国立学院の生徒としては、彼女の顔に見覚えがあった。
「な、なんなんですかぁ~……! ち、ちがいますぅ~! わ、私怪しい者じゃないんですぅ~! 誤解ですぅ~! 離して下さぁ~い~……!」
「あれは……アイナ様……?」
媚びを売る様な甘ったるい声がする。
縄で縛られ用心棒の方に捕まっているのは、私達のクラスメイトのアイナ様だった。
「げっ……!? リーズリンデ……!?」
「いや、アイナ様? なんでここにいるんですか……?」
「う、うう、うっさいわねっ……! あんたには関係ないでしょっ……!」
なんだかアイナ様に敵対視されている? でも今はそれ以上に困っていてテンパっている感じだった。いつもの猫かぶりの様子がぱっと消え去っている。
「大女将、この娘の処罰はどうしましょう?」
「いや~! 処罰だなんてぇ~! アイナ何にも悪い事してないのぉ~! 信じて下さぁ~い~!」
「処罰って言ってもね……。店の前で写真撮ってるとかって言ったかい?」
「へい。その写真がこちらっす」
用心棒の方が写真を机の上に広げる。
そこには色街の店の外観、街の様子なども写されていたが……その大半は私がこの色街で慌てふためく様子が写されている写真ばかりだった。
「これは……私……?」
「お師匠様の写真? 一体どうして……。いや、何となく分かって来たねぇ……」
大女将さんや遊女の方々がギラリと鋭い目でアイナ様の事を睨む。アイナ様の表情は強張り、額から汗がだらだらと垂れ始めた。
「い、いやですぅ~! 私、別に悪い事しようとした訳じゃなくてぇ~……! リ、リーズリンデ様のファンなんですぅ~! 私ぃ~……! だから彼女の写真がたくさん欲しくてぇ~……!」
「大女将! こいつのポケットから手帳が出てきやしたっ!」
アイナ様の手帳をぱらりと開く。
『スクープ! 侯爵家リーズリンデ子女、実地訓練後に色街に遊びに出かける!? 優等生の顔の裏には淫乱で下品な女の顔があった……!?』
「……身ぐるみはがして、他国の色街に売ってやんな」
「へいっ!」
「い゛や゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛っ…………!」
大女将の鶴の一声でアイナ様の罪状は決まり、彼女は悲痛な雄叫びを上げた。
「ま、まぁまぁ。そんなに厳しくしなくても……。彼女は私の学友ですので、寛大に許してやってくださいませんか?」
「流石はお師匠様っ……! とてもとてもお優しいっ……!」
「空よりも心が広いっ!」
「『セッ〇スは優しさ』ってお師匠様のお言葉、今もしっかり胸の内に留めておりますっ!」
「あれは永遠に語り継がれるべき金言だったわねぇ……」
「だからそのお師匠と私は別人だって言ってるでしょーがーっ……!」
私は大声を上げる。
「お師匠様ー! 一生お慕いいたしますーーーっ!」
「もうやだーーーっ! この街ーーーっ!」
色街を出る頃には夜は更けに更け、遊女たちにちやほやされ続け、私の気力は死ぬ程まで削り取られているのだった。
この色街を出るまでずっと、私は身に覚えのない敬意を一心に受け続けていた。
縄を解かれると同時にアイナ様がぱっと逃げるようにしてこの場を後にした。その時、「こんなんで勝ったと思わない事よ! リーズリンデ!」って彼女は叫んでいたけれど、彼女のそんな言葉がどうでもよくなる程、私の体力は尽き果てていた。
色街。それは男性のお金も精も食い尽くす魔窟。
私は何故か女性であるのに、この魔窟の中で疲れ果ててしまっていた。
帰る道すがら、空には綺麗な月が浮かんでいたのだった。
まさかこんな話で3話も使う事になるとは……!(屈辱)
次話『22話 【過去】 色街のお師匠様』は1時間後に投稿予定です。