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20話 【現在】 色街に迷い込む(2)

【現在】


 アイナの立てた作戦は簡単であった。

 目障りなリーズリンデの地位を落とす為には、やはり悪評をばら撒くのが一番であった。


 彼女が色街を訪れ、そこで品無く遊んでいたという噂を流すことが出来れば、それはリーズリンデの学院での地位をガタガタに崩すことが出来るだろう。

 今回の遠征の場所を知り、アイナはその為の作戦を立てた。


 まず自分を贔屓する教師を使い、リーズリンデに嘘のプリントを配る。

 そして自分の息が掛かった騎士を使い、途中で引率を中断させる。


 そうするだけで彼女は色街に吸い込まれるように導かれ、そこでおろおろと慌てふためくだろう。

 そこで隠れて証拠の写真を撮り、リーズリンデが色街を訪れていた、学院の宿を抜け出して色街で遊んでいたと記事を書き、それを学院でばら撒けばいい。

 そこでちょっと面白おかしく脚色するのも悪くない。


 そうするだけでリーズリンデは品格のある貴族に相応しくない子女という烙印を押されるだろう。


 今アイナは色街の建物の陰に隠れて、リーズリンデ達の様子を伺っている。

 もう既にリーズリンデ達の写真は撮ってある。彼女たちがここにいた動かぬ証拠である。


 そして用心棒の男性たちに声を掛けられ、挙句の果てにここの遊女に話し掛けられている。

 アイナは写真を撮る。笑いが止まらない。


 途中で遊女の人がリーズリンデに跪いて敬意を示している姿が見えた気がしたが、そんなのは何かの見間違いだろう。そんなことある訳ないのだから。


「ん……?」


 リーズリンデが遊女に手を引っ張られ、店の中へと入っていく。

 これは大きなチャンスだ。店の中に入ったとなれば、もうどんな言い訳も通用しない。


 アイナはにやける口元を押さえながら、ゆっくりとその店に近づいていったのだった。




* * * * *


「人違いだと思います」


 私ははっきりと言った。

 ここは娼館のとある部屋。とても大きくて豪華な部屋。絵画や調度品1つを取ってもかなりのお金が費やされていると分かる贅沢な部屋の中で、何故か私達はVIP待遇を受けていた。


 いや、意味が分からない。

 なんで私がVIP待遇を受けているというのか。全く身に覚えがない。


「いやいや、何を言っているんですか、お師匠様。あなた、リズお師匠様でしょう? どこからどう見てもお師匠様じゃないですか?」


 目の前には紫色の髪を長く伸ばしたヴァネッサさんという女性が目の前にいて、そう言う。

 この色街の重鎮なのだろう、ただ座っているだけなのに気品や妖しさが醸し出され、吸い込まれてしまいそうな魅力に溢れている。


 何故かこの人は私の事を『お師匠様』と呼ぶ。

 全く身に覚えがない。意味が分からない。

 何故この人は私をここに連れ込んで、こんな良い待遇で迎え入れてくれているのだろうか?


 私の両端にはクラスメイトのルナ様とサティナ様がいて、不安で身を震わしながらも、私に対し期待を込める目を寄せている。

 いや、ほんと私も何が何だか分からないんですがっ……!?


「2年以上前、滅びかけたこの色街に『108の絶技』を伝授してくれたリズお師匠様じゃないんですか……!?」

「知りません! 知りませんっ! そんな人ぜーんぜんっ、知りません!」


 私は声を荒げる。ヴァネッサさんは驚いて目を見開く。


「あの時あたい達5人に、たった1人で『108の絶技』を伝承してくれた『ドキドキ! 7日7晩ぶっ続け! 気力も精も尽き果てる地獄ベットの大武者修行大会!』を執り行ってくれたリズお師匠様じゃないんですかぁっ……!?」

「誰だその変態っ……! 知らん知らんっ!」

「当時『ふん、わたしはあんたの事なんか認めちゃいないよ』と生意気言っていたカルメをたった2秒でイカせて、以後骨抜きにしたリズお師匠様じゃないんですかぁっ……!?」

「おかしいでしょっ! そいつ! 知らん知らんっ! そんな人一片たりとも知りませーんっ……!」


 なんでそんな変態と間違われなきゃいけないんだ!? 私……!?


「バカなっ……!」

「それはこっちの台詞ですよっ……!」


 ヴァネッサさんは頭を抱えながら項垂れた。

 頭を抱えたいのはこっちだよっ!


「も、もしかして、リズ様って凄い方だったのですかしら……!?」

「まさか、夜の街の女王だったんすか……!?」

「違う! 違いますっ……! 誤解、ただの人違いですっ……!」


 隣のクラスメイト達から驚きの声が漏れる。

 ちゃうって! ただの誤解だから!


「まさか、学校の友達には言えない裏の顔をお持ちだとか……!?」

「普段は学院の優等生! しかしその実態は、夜の街を支配し、男たちを手玉に取る伝説の遊女だったとかっすか!?」

「違いますー! 私は正真正銘清く正しく身持ちの固い貴族の娘ですー!」


 何でよりにもよって、この清廉な私がそんな疑いを掛けられなければいけないのだ!


「えぇー……ほ、本当に人違い……? どこからどう見ても容姿はお師匠様だし、声色だってお師匠様のものだし……。でも、嘘つく意味なんて……」


 目の前のヴァネッサさんは本気で困り顔をしていた。

 私だって困る。


 そのように2人で困っていると、この部屋の扉がすっと音を立てず開き、新しい女性が部屋に入ってきた。


「全く、相変わらずバカだねぇ、ヴァネッサ」

「あ、大女将……!」


 部屋に入ってきたのは黒い髪をたくし上げて纏めている背の高い女性であった。

 ヴァネッサさんよりも年上であり、顔には小さな皺が刻まれているが、立ち振る舞いは恐ろしいまでに品が良く、たった一目見ただけで彼女が遊女たちのトップ、この街の長であるのだと直感的に理解させられた。


 その人が入って来て、ヴァネッサさんはばっと椅子から立ち上がった。私達も習い、立ち上がる。


「ようこそお越し下さいました、リズ様、ルナ様、サティナ様。私はこの街を仕切らせて頂いております大女将のスミレと申します」

「は、はい……」


 大女将であるというスミレさんが私の前で深々とお辞儀をした。


「申し訳ありませんが、うちのヴァネッサを少々お借りしてもよろしいでしょうか?」

「え、あ、はい……。大丈夫です」

「失礼します」


 そう言って、スミレさんはヴァネッサさんを連れて部屋の隅に移動した。


「(全く相変わらずおっちょこちょいだね、お前さんは)」

「(で、でも! 大女将! あの人どっからどう見てもお師匠様ですよね!?)」

「(バカだね、前にカイン様がお越し下さった時言っていただろう。お師匠様は大きな傷を負って力を失っているって!)」

「(えぇっ!? それって記憶もって意味なんですか!?)」

「(そういう事もあるだろうさ。お師匠様達の力は人の域を越えているのだから……)」


 部屋の隅で2人、何か小声で話していた。私達には聞こえない。

 やがて2人で戻ってきた。


「うちのヴァネッサが人違いで失礼を働いてしまい、大変申し訳ありませんでした、リズ様」

「申し訳ありませんでした、リズ様」

「あ、いえ……、分かって貰えたのならいいのですけど……」


 でも愛称呼びはやめないんですね?


「今、お三方の学院の宿を下の者に探させております。情報が入るまで、どうぞお茶でも飲みごゆるりとお寛ぎ下さい」

「え!? い、いいんですか……!?」

「もちろんでございます」


 まさかまさかの展開だ。この街を追い出されず、そしてそれ以上に学院の宿を捜索してくれるなんて!


「し、失礼ですが……お礼は如何程ご用意すれば良いでしょうか……?」

「いえいえ、お代の方は結構でございます。リズ様方には大変ご迷惑をお掛けしてしまったようですので」


 何だこの美味すぎる話……!?


「で、ですが……」

「確かに、リズ様からすると少し気味の悪い話にも思えるでしょうね……。では、こういうのはどうでしょう? 謝礼の代わりに少し、私達の相談を聞いて頂ければ、と」

「……相談?」


 カスミさんは人差し指をぴんと立てる。


「はい、この色街は2年以上前、大きな改革と共に発展した街なのですが……それからというもの、規模は大きくなってきておりますが、根本的な変化は少々乏しく、少し飽きが混ざるようになってきてしまいました」

「…………」

「何か、新しいサービスや商法など、今までになかったアイディアはございませんか?」

「知りませんよっ……!?」


 思った以上にとんでもない相談だった。


「いやいやいや、あの! そんなこと聞かれても、私には答えられませんよ!? だって、今の色街のお仕事の内容すら全然知らないのに、その改善案とか、新しいアイディアとかが出せる訳ないじゃないですか……!」

「いえいえ、謙遜は止してください。リズ様の知恵があれば、きっと良いアイディアが出てくる筈ですので……」

「何その私に対する信頼……!?」


 ちょっと意味わからないっ……!


「ま、まさかこれに答えられなかったらこの部屋から出さないとか、そういう事だったりしますか……!?」

「いえいえ、そのような事はございませんが……、まぁ、リズ様なら大丈夫でしょう。ちょっと考えて下されば、きっと素晴らしいアイディアが湯水のように出て来ることでしょうし」

「なんなの……!? 大女将さんは私を何だと思っているんですか……!?」


 私はただの一般的な学生なのですが……!?


 そんな風に慌てている時の事だった。


「おう、邪魔するぞ」

「え……?」


 この部屋の扉が荒々しく音を立てて開かれて、1人の無作法な男性がずがずがと部屋に上がり込んでくる。

 長身で黒い短髪の青年。その人の姿を見て私達は目を丸くした。


「カ、カイン様……!?」

「…………」


 そこで現れたのは最近私達のクラスメイトになった大英雄、勇者カイン様だった。


「全く、このバカモンが……。こんなところでふらふらと遊んでいやがって……」


 カイン様が私の姿を見て、はぁっと大きくため息をついた。


 迷子の私達のお迎えは、まさかの大英雄様であったのだった。


この世界って写真あるんだ……(驚き)

……ていうか、こんな話がまだ続きます……。


次話『21話 【現在】 色街に迷い込む(3)』は明日 11/24 19時投稿予定です。

明日も2話投稿だよー。

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作者の別作品
『転生者である私に挑んでくる無謀で有望な少女の話』
が書籍化されることとなりました。
発売日は11月30日、出版はヒーロー文庫です。
もし宜しかったらこちらもご覧下さい。これまでの応援、ありがとうございました。

……こっちの作品はシリアスだよ!
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